第72話 エルフの騎士


「ドニ、お前は、俺と一緒だ」


 ドニが、デイジーたちの後についていこうとするので、呼び止めた。


「そんな殺生な、トムさん。見つかったら死刑かもしれないじゃないですか。私も人族ですよ。入国禁止なんでしょう」

「でも、めったにお目にかかれないお宝があるかもよ。人族が入れないところで商品を買い付けられたら、とんでもない高値で売れるじゃないか」


「うううんんん。これは、痛いところを突いて来ますね」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」


「何を言っているのかわかりませんが。ううううんん。行きます」

「安心しろ、たんまり儲けさせてやる」

「ほんとですか」


 ドニは、目を細めて俺を見た。オールドシャッドの港の件で、俺は信用をだいぶ失ったらしい。


 ドニと並んで、川を北上した。

 地獄耳スキルだけは、フル回転で使用する。


 便利なスキルなのだが、集中が知らぬ間に途切れ、完全に音を聞き逃している時があるのが玉に瑕だ。


 そんなことを防ぐため今回は、少し移動しては立ち止まり、辺りを地獄耳と反響定位で警戒する方法を採用した。


 時間と手間はかかるが、慎重に進んだほうが良い。進む道も工夫した。見晴らしのいい川沿いは諦めて、あえて視界の遮られている場所を選んで進んだ。


 これなら、万が一発見されても、一瞬のスキをついてヘンゲして逃げられる自信があったからだ。


 北上を始めて二日目。千里眼スキルで川の上流を偵察した。


 エルフの都市アルクが蛇行する川の反対岸に見えた。さて、どうやってあの街に潜り込もうかと考えていると、地獄耳スキルが、生き物の気配を感じ取った。隣のドニにささやいた。


「目を瞑れ」

「はい」

 

 ドニをカクホし、ハエにヘンゲした。草むらに紛れ、様子を伺った。


 まだ、千里眼スキルで見えるほどにしか近寄っていないのに、エルフたちに捕捉されたのだろうか。それともただの野生動物の足音だろうか。


 俺は、じっと待った。


 しばらくして、三人のエルフが弓や剣を構えて現れた。


 やはり、森の中にセンサーか魔法陣やら、何かが埋まっているのだろう。でなければ、こんなに簡単にピンポイントにやって来るわけがない。

 

「どこに行った」

「確かに、ここに人族もしくはドルイドが二人いたはずだ」

 

「マンノール様、もしかしたらこの前捕まえたドルイド女の仲間でしょうか」

「私は、可能性の話しはしない」

 

「でも、あのドルイドが死刑になるとドルイド達が知って取り返しに来たのかもしれません」

「だとしたら?」

 

「ドルイドを死刑にした場合、問題となるかもしれません」

「それは、王がお決めになること。いらぬ心配はするな」

「は、失礼しました」


 マンノールと呼ばれたエルフは、腕組みをして、ドニが立っていた場所を見下ろしていた。


「マンノール様、二人分の足跡は、ここからプッツリと消えております」

「どこに行った? 我らよりも素早く森を移動し、足跡を残さず逃げられる種族がいるだろうか。ウルフマン族か?」

 

「足跡の大きさから推測するに、どうやら一つは、子供のものと思われます」

「厄介だな、かなりの魔術の使い手かもしれん。まだ、そんなに遠くには行っていないはずだ。潜伏している可能性もある。絶対に探し出せ」


「マンノール様、これは私達の手に追える相手では無いかもしれません。専門の部隊に応援を頼むべきではないでしょうか」

「たしかに、その案には一理あるかもしれん。私は、このことを上に報告しにいく。捜索を続けよ。何かあれば、すぐに連絡するように」

 

 しばらくこのマンノールというエルフに付いていこう。


 残ったエルフたちのあざけりの声が地獄耳を通して聞こえてきた。


「バカ正直は使いようだ」

 

 エルフのが森を移動する速度は、風のようだ。惚れ惚れとする重心移動と体捌たいさばきで森の中を移動していった。体重というものがないのかとさえ思えてくる。


 あっという間に川を渡り、さっき千里眼で見た街アルクに到着した。


 街の門は閉まっていた。マンノールが、門の前までくると、人一人分ほどが通れる隙間が開いた。


 マンノールが門を潜ろうとしたとき、城門から北へと伸びる小道を鎧に身を包んだエルフの騎士たちが引き上げてきた。


 マンノールが叫んだ、開門しろ。返事はどこからも無かったが、門は静かに開き始めた。


 エルフの騎士たちの多くは傷つき、疲れ果てた表情を浮かべていた。片手を失ってしまったもの、担架に載せられ、うなされているもの、片足を失いながらも槍を杖代わりに使いなんとかみんなと歩調をあわせている者。


 彼らは、マンノールと同じ意匠の鎧を身にまとってはいるが、彼らのそれは、傷つき、凹み。血が固まり、泥はついたままであった。


 マンノールは、それらの集団が通り過ぎるまで、門をくぐらなかった。最後尾を勤めるエルフに声をかけた。


「戦況はどうだ」


 呼び止められた兵士が、腰をおとし敬意をしめそうとしたが、途中でマンノールに抱えられた。


「そんなことはしなくてよい。それより戦況だ」

「戦況はあまり芳しくありません。我々の得意な森を出てわざわざ山岳地帯に陣を引いているのが災いしているように思います」


「そうか」

「それに、私達は遭遇しておりませんが、ヴァンパイア序列11位のレイナーを見たというものがおります」


「そのことは、上に報告したのか」

「はい、もちろん」


「そうか、呼び止めて済まなかったな」

「マンノール様、くれぐれも前線に出ようとは思われますな」


「ん。どうしてだ」

「ここでは少しいいにくいのですが、山岳地帯で戦うことに嫌気をさしているものがおおございます」


「そうか。すくないが、これでみんなの英気を養ってくれ」


 マンノールは、話を聞いた兵士に金貨を数枚握らせた。


「これは、いけません。マンノール様」

「良いんだ。これは、俺の小遣いだから。貴重な情報をありがとう」


 それからマンノールは、胸をはって、城門をくぐっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る