第70話 旅の同行者は


 森の中で俺は、デイジーと押し問答をするはめに陥っていた。マオラは、我関せずという態度で知らぬふりを決め込んでいた。


「デイジーは、ドルイドたちとここで待機していてほしい」

「嫌よ」


 俺は、こっそりとデイジーをおいて行こうと考えていた。だが、それをチロが邪魔をした。いや、俺が油断したのがいけなかったのだ。チロのせいじゃない。


 チロは、俺がどこにいても俺の存在を感じ取れる能力を持っている。そのことは重々承知だったはずだ。


 マオラの家でふたりともぐっすりと寝ていると思い込んでいた。俺は、デイジーとチロに別れを告げず旅立つことを申し訳ないと思いながら、森の中を進んでいった。すると不意にチロが現れた。


 俺は言い聞かせるようにチロの頭をなでてやった。


「チロ。危ないから今回はお留守番だ」


 チロは、尻尾を振って喜んでいる。意味が通じてないのか、それとも俺の意見はガン無視なのか。


 すると今度は、チロの背後にある巨木の後ろから、デイジーが現れた。


「チロもトムと行きたがっているわ。もちろん、あたしもトムと一緒に行く」

「今回は、危険だからだめだ」


「あたしは、自分のためについていくの」

「ダメだ。何かあったらアズーさんになんて言い訳するつもりだ」


「ジジイは関係ない。トムがここに置いていっても私とチロは諦めませんから、ねえ。チロ」

「ワン」


 チロなら確実に俺の跡を追跡できるような気がした。


 最近、チロの体が3周りほど大きくなった。ライオンやヒョウなどの大型肉食獣より大きい。猛獣の風格まで感じる。


 ちょっとチロが戯れようとしても、もう、注意しないと俺の命に関わる。デイジーに関しも進歩というかお転婆度合いの増加が著しい。


 ロアと離れてからも、毎日稽古は一人で続けているようで、傍から見ても技のキレ、威力は、ウルフマンたちに劣らないだろう。


 さらに、雷獣の首輪の扱いにもなれてきたようで、さらなる技を覚えたと言っていた。


 つまり、チロとデイジーともに、機嫌を損ねると俺の命に直結する問題だということだ。


「それに、あたし、自分のことは自分でなんとかできるから大丈夫よ。トムにおんぶに抱っこというわけじゃない。子供じゃないの。これを見て」


 デイジーが振り向き背中を見せた。


「オールドシャッドでリュックも買ったから、トムに迷惑をかけることはありません」


 なんだか、小憎こにくたらしい言い方だ。デイジーは、背負ってきたリュックの中から、小さなリュックを取り出した。


「マオラの奥さんにチロのリュックも作ってもらったの。可愛いでしょう。お揃いよ」


 そういうと、デイジーはチロにリュックを背負わせた。俺としては、チロにはリュックより首輪をつけたい気分だが、それは、ぐっと腹の奥に飲み込んだ。

 

 俺は、一か八か苦し紛れにドニをカイホしてみた。


 デイジーが、げっと言った。ドニは周りを見回し、デイジーを見つけるとニヤリと笑った。


「トムさん、便利な術をお持ちですね」


 デイジーは、嫌そうな顔をした。


「デイジー、どうしても付いてくるというのな、ドニの面倒を見ることが条件だ」


 デイジーは、チッと舌打ちした。


 な、な、なに。舌打ちだと。俺も流石にイラッとした。いくら嫌いなドニの面倒を見させるからと言って、舌打ちするとは、どういう了見なのか。


「なんで、ドニの面倒をあたしが。それに、あんた、ほんとに付いてきたいの」


 デイジーの矛先は、ドニに向かった。デイジーのほうがだいぶ年下だが、あんた呼ばわりとは。ドニに少しだけ同情する。


「冷たいこと言わないでくださいよ。オールドシャッドの事件にまきこまれて、売るものが全部失くなってしまったんですよ。売るものがなければ、商人やってられません。ほんとにトムさんについ行かなければ商売上がったりなんです」

「それなら、ドニこそ、ここで待ってなさい。ここから先は、本当に危ないんですからね。商品の仕入れは私が適当にしてあげるから」


「本当はそうしたいところです。ところで、ここはどこでしょうか」

「あきれた、あんたそんなことも知らないの」


「オールドシャッドの町中から外にでたところから記憶がないんですよ」


 それは、そうだ。そこでカクホしたんだから。


「ああ、そうなのね。ここがどこだかも知らないんだ」


 デイジーがこちらを見てニヤリと笑った。なんだ、その笑いは。


「ここはね、古龍の森の中心部よ」

「ええ。ここは古龍の森ですか。それは、えらいところにきてしまいました」


 ドニは、そういいながら、地面に生えている草花を観察しはじめた。

「そうよ。普通の人は、命がいくつあっても足りない場所よ。だから勝手に歩きまわらないで、ここでおとなしくしてなさい」

「この草、古龍の森の草です、とか言って売れます?」


 どこまで行っても商売のことが頭からはなれないようだ。


「あんた、もしかして諦めないつもり」

「諦めたくても、売るものがなければ諦められませんし、自分の売るものは自分で品質を確かめないと、信用に関わりますし」


「ああ、わかったしょうがない。あたしにまかせなさい。なにか問題が起こったらチロの面倒も、ドニの面倒も見ます。トム。話はこれで終わりね。さあ、行きましょう」


 ここまで言ってもついてくるというならしょうがない。勝手にやってもらうしかない。俺の責任じゃない。


 それにしても、まったく、日に日にガラが悪くなる。それは俺のせいなのだろうか?

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