第69話 キハジ組


 キハジは、となりで寝ているロコをゆり起こした。


「ロコ、もうすぐ夜が明けるよ」


 まだあどけない顔立ちの女が、目をこすりながら目を覚ました。


「キハジさん、もうそんな時間ですか」

「そうだよ」


 明け方のこの時間が一番冷える。キハジは、ロコが体に巻いている布を首元から冷気が入り込まなようにきつく巻き直してやる。その布には特殊な油を染み込ませてあり、虫除け効果と外気の影響を受けにくくしてくれる効果がある。


 キハジに兄弟姉妹はいないが、その代わりというべきか、ロコを実の妹のようにかわいがっていた。


 今回の調査では、ロコから一緒に行きたいと嘆願してきた。


 はじめ、キハジは、ロコを一緒に連れて行くことに難色を示してたが、ロコの熱意に根負けし同行することになった。


 実際問題として、キハジと同じぐらい土遁の術を使える人材が他に余っていなかったという事情もあった。


 水源を調査に駆り出された他のドルイドたちのほとんどは、今回の任務が水源の調査だとしか聞かされていない。


 もし万が一、誰かに捕まったとしても、それ以外話ようがないように、カーバンクル様が関与しているという事は慎重に伏せられていた。


 もちろんロコも本来の目的は告げられていない。そのため、ロコはキハジに比べ、緊張感は少ない。


 どこか、土遁の術をつかった旅行ぐらいにしか感じていない。


 それでも、ラオラ川が近づいてくるにしたがい、ロコの顔色に緊張の色が増してきていることをキハジは感じとっていた。


 キハジは、携帯食を取り出し口の中に入れた。水を一口のみ、口の中で携帯食をふやかせながら、ゆっくりと咀嚼した。口の中に自然な甘みが広がっていった。


 ロコは、大きなあくびをし、一回大きく伸びをしてから、携帯食を取り出した。


 キハジは、ロコにほほえみながら、これからの予定を確認した。


「明日の朝には、ラオラ川とその支流のひとつヘイス川との合流地点に到着できると思う。ヘイス川が一応支流ということになっているけど、人によっては、こっちがラオラ川本流だって言う人もいるぐらいだから、手分けして調べましょう」


 ロコが不安そうな声で尋ねた。


「その辺りは、もうエルフ領ですよね」

「そうよ。ラオラ川とヘイス川の合流地点の東側河畔にはエルフ王国第三の都市アルクがあるわ」


 キハジは、地面に指で、川の模式図を描いた。


「ラオラ川の西側からヘイス川が合流する形にはなっていて、そこからくの字に大きくラオラ川は蛇行しているの。そして、ラオラ川とヘイス川の合流地点には、アルクがある」

「交通の要衝ということでしょうか」


「そうだと思う。アルクは少し高い場所にできていて、洪水の被害も受けないように考えられているらしい」

「さすが、キハジさん。物知りですね」


「いいえ、これは、マオラさんから聞いたことよ」

「それでね。重要なのは、アルクより南のラオラ川西岸は一応ドルイド領、東岸はエルフ領。アルク以北は、ヘイス川西岸がドルイド領、東岸がエルフ領に変わるということよ」


 ロコは、神妙な顔つきでうなずいた。


「私、この辺は初めて来るところなんですけど、一人で大丈夫でしょうか」

「大丈夫。ロコには、ヘイス川西岸から、ヘイス川をさかのぼって欲しいの。念のため川にはあまり近寄らないで。どうしてもというときは、土遁の術を使って姿をなるべく見せないように。エルフに捕まる心配は無いはずだけど、もしもの場合、面倒だから」


「はい。キハジさんは?」

「私は、ラオラ川本流を遡る」


「エルフ領ですよ。大丈夫ですか」

「まあ、なんとかなるでしょう。20日前後を目処に、ここに帰って来ることにしましょう。それを過ぎても戻ってこなかったら、マオラ様に報告することにしょう」


 キハジは、近くの枯木にナイフで印をつけた。口の中で何やら呪文を唱え、ふっとその印に息を吹きかけた。

 一瞬、その印が光って消えた。


「感じる?」

「はい、感じます」


「よし。それではこの枯木を集合場所にしましょう。20日前後を目処に、ここでまた会いましょう。私は、先に行くよ。ここから先はエルフたちの目が光っていてもおかしくないから、気をつけてね」


 キハジは、そう言うと、自分の荷物を背負い、地中に沈み消えた。


 それから10日後、キハジは両脇をエルフの騎士に挟まれ、河岸都市アルクの牢屋に運ばれていた。


 両手には、金色の腕輪がはめられていた。エルフの騎士が言うことには、これは、魔力を感知するもので、その効果は調べないほうが良いとのことだった。


 左側のエルフが薄ら笑いを浮かべ、キハジに話しかけた。


「あれほど、3日前に二度とここには来るなと行ったのに、呆れたドルイドだな。土遁の術は見事だったが、私達エルフも、最近、土遁系の術の研究に余念がなかったのだよ。2、3年ほど前だったら、見逃していたかもしれんな」


 キハジはしょんぼりと、自分の足元を見つめた。まさか、自分の土遁が見破られるとは思わなかった。


「前回は、ドルイドだから特別措置として、釈放されが、今回二回目だから、釈放はない」


 牢屋の扉が開かれ、中に押し込められた。


 去っていくエルフの騎士に向かって、キハジは予め用意しておいた言い訳を叫んだ。


「ただ単に水源を調査したいだけなんです。オンディーヌ湖に不穏な妖気が流れ込んでいるようなのです。ドルイドのマオラ様もこのことはご存知ですので、一度問い合わせください。そうすれば、私の無実が証明できるはずです」


 エルフの騎士たちは、立ち止まり、キハジを見た。


「いかなる理由があっても、アルクより北のラオラ川流域への侵入は何人も許されていない。前回のときも、そう説明したはずだ。申し開きがあるなら、王都で直接、審問官に述べるがよい」


 キハジは一瞬、気が遠のいた。王都。エルフの王都に連行されるらしい


 ロコの顔がまぶたに浮かんだ。

 もしかしたら、生きて再びロコと会うことはかなわないかもしれない。


 もし、助かる方法があるとすれば、ロコが約束の日時を過ぎても帰ってこないとマオラに報告し、マオラがエルフ王に陳謝し、さらに、エルフ王が寛大な態度をしめしてくれたときだけだ。


 その確率は、隕石が自分の手元に落ちてくるぐらい小さいものだとキハジには感じられた。

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