第68話 馬車の中の密談


 真夜中の森の中を2頭立ての馬車が進んでいく。


 正門から入ってすでに、相当な時間が経っているが、まだ主の住む建物は見えない。


 馬車に据え付けられているランプの明かりが、怪しく森を照らしていた。馬車の中には、2人の人物が座っていた。


 一人は男。もう一人は女だ。


 女が馬車に乗ってはじめて口を開いた。


「あんたの首が飛ぶかもしれないというのに、随分と冷静じゃない」


 男は、真っ暗な森を見ながら答えた。


「そういうお前の首も何時までその胴体にくっついているだろうね」

「まあ、たしかに。まさか紅蓮将軍が負けるとは予想だにしなかたよ。あたしとしては、紅蓮将軍がオールドシャッドの港に上陸した時点で勝負あったと思っていたんだけどね」


「つめが甘かったということだ」

「ふん。それは、あんたも同じじゃないか。なんでも、お気に入りの少女にうつつを抜かしたのが船を沈められた原因らしいじゃないか」


「船を沈められたのは、お前も同じだろう、エメ。お前の場合、2隻が陸上で大破。残り1隻はいまだ行方不明。この損失をどう取り返すつもりだ」

「たかが3隻。それまでにあたしがもたらした利益に比べれば、カスみたいなもんさ」


「その言い訳が、この屋敷の主に通じるととでも思っているのか。もし、そう思っているなら、金狼もただの駄犬に成り下がった訳だ」


 女の目に、殺意が宿った。


「弱いくせに、そんなに死に急ぐ必要は無いだろう」

「たしかにお前は俺より数倍強い。だが、ここで、俺を殺したら後悔することになるぞ」


「数倍じゃない、数十倍だ。それにしても、ルフ、もったいぶった言い方だね。何を隠している。まるで、あんたを生かしておけば、何か良いことがあるみたいじゃないか」

「そうだ。俺たちが一緒にここに呼ばれたのは、偶然じゃない」


「どういうことだい」

「俺たちふたりとも、突然、船体に穴を開けられて船が沈められた経験をもつということだ」


「馬鹿らしい。そんなのは自慢にもならないよ」

「俺の船が沈んだ時、まったく爆発音や衝撃は無かった。あれは、砲撃とか魔法による損傷ではない」


「じゃあ、どうして沈んだっていうんだ。整備不良か、それとも、船底にだれかが錐で穴でも空けたか」

「驚くべきことに船体の一部がまるっと消えてなくなった。そして、そこから浸水がはじまったんだ」


「よくわからないね。どうやったら、船体の一部が消えるんだ」

「その話の前にオールドシャッドで起こったことを確認したいんだが」


「何を確認したいんだ。あたしも全部を見ていたわけじゃない」

「まず、港に停泊していたすべての船が一度に沈みだしたというのは本当か?」


「そうよ。そしたら、その半分沈んだ船が消えた。ああ。なるほど、船体の一部が消えたことと船が丸々消えたことはつながっているということ」

「そうだと考えるのが自然だ。将軍が最後に戦っていたのは、少年だな」


「少年だった。古龍の森から派遣された云々と言っていた」


 ルフが自分の唇を舐めた。


「その後の戦いはあまり見えなかった。あたしもやばい立場に置かれていたし、水蒸気やら爆炎やらが立ち込めていてよく見えなかった」

「船が突然、中空にあらわれて将軍を襲ったのは確かか」


「少なくとも2隻は、わたしの目で直接確認した」

「それで十分だ。俺の計画を邪魔したのも、10歳前後の少年だった。あの少年が現れてからすべての歯車が狂い出した」


「ああ、たしかに10歳前後ぐらいだった。あれは何者なんだ。あんな魔法があるなんて聞いたこともない」

「お前達ウルフマン族には伝わっていない、もしくは失われてしまったのかもしれないが、俺たち魔族にはおぞましい記憶とともに伝わっている」


「本当?」

「そうだ、我が国には焦土と呼ばれる土地がある。かつて大きなみやことして栄えていたが、そこに憎き敵が現れて、マグマの雨を降らしたのだ」


「マグマの雨?」

「それだけではない。反撃に転じようとした軍団めがけて、無数の隕石を降らしたのだ」


「凄まじいな」

「おかげで、その土地の土は溶解し、山や谷は、降り注ぐ隕石の衝撃でその形を変えた」


「一体、何者だ」

「憎きカーバンクルだ」


「あの少年がカーバンクル? 神獣カーバンクルだというのか」

「そうだ、4000年近く探し回っても消息さえつかめなかったカーバンクルの可能性が高いと俺は踏んでいる」


「なあるほど。カーバンクルを見つけたとなれば、大手柄だ。だが、確固たる証拠が必要だ。沈没した船でも引き上げられるか」

「今は、無理だ。俺の話しを信じてくれる仲間を探し出す必要がある。だが、是が非でも確かねばならない。魔王様復活の可能性があるのだから。だから手を組まないか。お互いのために」


 それからしばらくしてやっと馬車が止まった。扉が開き、執事が丁寧に挨拶した。


「ようこそ、おいで下さいました。他の幹部の方々はすでにお待ちです」


 ルフが馬車を降りようとした時、執事を押しのけるようにして、男が現れた。


「おやおや、出来損ないの魔族がこの幹部会に何の用事があるのかな」


 ルフは無視して、馬車を降りた。男は、エスコートするつもりでエメに手を差し出した。エメは、にこやかに笑い、その手を払い除けた。


「おやおやお二人共、気が立っておいでだ。そんなに心配しなくても今夜、君たちの事は話題にもならないよ。だって、近日中に、古龍とオンディーヌの首を献上できそうだからね」


 ルフとエメは無視して歩き出した。その二人の背中に向かって男は喋り続けた。


「つまり、君たちは言い訳無用で左遷だよ」


 ルフは、立ち止まり振り返った。ヴァンパイア序列5位に位置するミハイはいけ好かないやつだが、嘘はつかない。


 もし、その話が本当なら大手柄になるだろう。だが、それは俺たちに次ぐものだということだ。エメも立ち止まり、ルフとエメはしばらくお互いの顔を見つめあった。

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