第66話 復興

 王子を載せた軍艦が港から遠ざかっていった。

 港の護岸や波止場を壊す作業が始まった。隣に立つロアさんが、俺に語りかけてきた。


「これで良かったのだろうか」

「和平交渉のことですか、それとも貿易のことですか?」


「どっちもだ」

「さあ、どうでしょう。王子次第ですかね。王国としては、有能な将軍や軍艦を失ったわけですから、このままでは国内が収まらない可能性高いでしょう。それに、王国の内実は、ハーマン商会の影響力が強くなりすぎているようですから、もう一度趣向を変えて攻めてくるかもしれません。なんせ、ここを押さえれば、東西の貿易を一手に抑えられる可能性がありますからね」


「それで兄は、道を誤った」

「だから、族長も、ここの守りを固めるように指示されたのでしょうし、その指揮をロアさんに託したのでしょう」


 街のほうに目を移すと、焼け残った家々は打ち壊され、地面は整地されていた。

 ロアさんの話しだと、ここに砦をつくることになるらしい。


「ロアさんが思っていた通り、貿易は一旦中止となったんです。良かったではありませんか。随分と弱気ですね」

「これまで、貿易で潤ってきたのは事実だから」


「また、誰かが貿易を再開しようと言いますよ」

「そしたら、やっぱり私は反対するだろうな」


「そうでしょうね。でも、この森が再び元の姿に戻る頃には、時代も変わって、人も変わって、考え方も変わっていると思いますよ」

「そうかもな。次の時代になったら、その人たちに未来を任せればいい」

「たしかに。そうだと思います」


 そのとき、俺が生きていたら、どう思うのだろうか。

 チロとデイジーが駆けてきた。

 俺はチロの頭をなでてやる。

 足が治ってから食欲は急増し、体が日に日に大きくなってきた。

 今ではトムの姿で、その背中に乗って移動ができるだろう。


「あのバカ王子は帰ったの」とデイジーが言った。

「なんだ、名残惜しいの」


「そんな訳ないでしょう。でもちょっとだけかわいそうとは思うよ。だって、好きだと思っていた女性がいなくなったんでしょう。どこへ消えてしまったのかしら。死んでしまったの?」

「街の者も手分けしてエメを探しているが、どこに消えてしまったのか皆目検討がつかない。もともと目立たない娘だったが」


 ロアは顎に手を当てて考え込む。


「死体も見つかってないから、どこか別の村や街に逃げているだけかもしれない」

「でも、好きな王子さまの見送りもせず、一人どこかに消えてしまうって、ちょっと白状じゃない」


「まあ、そんなもんかもしれないよ。だって、結局、悪女なわけだから。王子をそそのかしたのはあの女なんだろう。エメの件は、どっちみちロアさんに任せるしか無い。無罪というわけに行かないだろうし」

「おーい。いたいた。トムさん、探しましたよ」


 ドニが、ゆっくり歩いてやってきた。

 とても探していたとは思えない。

 どうせ、どこかに呪術石がおいてあって、こっそり俺たちの話しを聞いていたのだろう。


「まあ、トムさん、いくら紅蓮将軍相手とは言っても派手にやりましたな。船三隻分が陸地でバラバラになっていたのを見た時は肝が潰れましたよ」


 ロアが笑いをこらえてドニを見ていた。


「何のようですか、ドニさん」

「約束は、結局、空手形からてがたでしたよね」


 俺は一応とぼけてみる。


空手形からてがた?」

「またまた。手伝ったら一年間は、港の使用を独占させてやるって言いましたよ。ちゃんとこの耳で聞きましたよ」


「僕は、嘘は言ってないよ。ねえ、ロアさん。もし、貿易を再開したら、ドニに一年間独占的に港を使わせてもらえますよね」

「もちろんだ。トムくんの頼みだ。断れるわけもない」


「それなら、なんで港を壊してるんですか」

「今年一年間とは言ってないよ。街も燃えてしまったし、森も大きな損害を被った。街や森、そしてウルフマンたちの分断、それぞれ今は傷を癒やす時期なんだと思う。それにロアさんは、貿易慎重派でも推進派でもなく、中断派だったんだ。だから、辛抱強く待つことも必要だよ」

「そんな殺生な」


 ドニは、手を打った。


「そうだ、そうだ。いいことを思いつきました。紅蓮将軍の遺体と紅蓮剣。それと上陸部隊隊長ネビの遺体と銀槍が見つかってないんです。ネビの銀槍も結構有名ですから高価で取引できます。どこにあるか知ってますか」

「ああ、もちろん僕が持っている」


「どこに? 持っているなら私に紅蓮剣を譲ってください。それで、今回の件はチャラにしましょう」

「いや、だめだ。渡せない」


「それじゃ銀槍だけでも結構です」

「それもだめだ。地獄まで付いてくるって言っていたでしょう。僕についてくれば、良いものが手に入りますよ。一緒に旅に行きましょう」


「本気ですか?」

「本気です」

「本当に、地獄まで行く羽目になろうとは。トホホですよ」


 ロアもデイジーも笑い出した。

 ドニの目的がハーマン商会への復讐なら、手を結ぶ価値はある。

 ドニの商売の知識や盗み聞きの技は、俺たちを助けてくれるだろう。情報は力だ。


 仲間が増えることに不安が無いわけではない。

 それでも、仲間がいなければできないこともある。


「それでは、ロアさん、ここらへんでサヨナラです」

「トムくんたちも達者で。近くに来たら、絶対顔をだしてください」

「ええ、そうします」


 デイジーがロアさんと握手した。

「次、会うまでにロア様に一本とれるように修行します」

「それは楽しみだ」


「デイジーはここで残って修行をつづけてもいいんだよ」

「うんうん。今は、広い世界を見てみたい。修行はこれからも一人でつづけていけるから」

「そうだ。それがいい。見聞を広めるのも修行のうちだ。ドニさんも、元気でな。貿易を再開したら真っ先に連絡するから」


「ほんとですか?」

「ホントだ」

「それじゃあ。これをもっていてください」


 ドニは、足元に転がっていた小石をロアに手渡した。

「なんだ、この小石」

「それに、再開したら再開したと言ってください。すぐに飛んできますから」

「本当か?」


 俺は笑いながらうなずいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人族

希少品

特記事項 別名 銀次


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

銀槍

別格品

特記事項 なし

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る