第65話 フェレト将軍

 俺が港に到着すると、ハーマン商会の奴らが船に乗って逃げようとしていた。

 そんなに簡単に逃がすわけがない。


 地獄耳で確認したところ、人質などは乗っていないことは確認できたので、港に停泊している商船やら軍艦やらの底を全部抜いてやった。


 積荷が何なのかなんて知ったことではない。

 あっという間に、それらの船は沈み始めた。

 船に乗っていた奴らが船から陸に再びもどってきた。

 驚いたこと将軍様も乗船していたようだ。部下を見捨てて逃げ出すとは、大したことない。


 探す手間が省けたのは僥倖ぎょうこうだ。

 次々と生き残った兵士たちが港に集まってきた。

 しかし、その時、船はすべて沈没寸前だった。

 それを見て、兵士たちはパニックに陥いった。


 将軍が、腰の剣を抜いて激を飛ばした。

 あれが、紅蓮剣。


 赤い刀身に、炎のゆらめきのような文様が浮かんでいた。

 よく見れば、文様は、刀身の中で揺らめいている。まるで、炎自体を刀身に封じ込めたようだ。


 美しい。工芸品として見ても超一級品だ。


 兵士たちは、次第に動揺を収め、秩序を回復し始めた。

 逃げ出そうとしていたくせに。でも、さすが将軍様だ。


 俺は、保管数を調整しながら、追い打ちをかけるように海水が船体に流入し沈没しかけている船を全部カクホした。


 目の前で船が一瞬で消えていくさまを目の辺りにして、再び兵士たちに動揺が走った。


 逃げ道を完全に失った兵の動揺は、もう将軍様の激ぐらいでは収まりようも無かった。


 当の将軍様の顔色も蒼白だった。

 事態がここに至って、自分たちの立場が理解できたようだ。

 クーデターに参加した積極派のウルフマンたちも、次第に追い込まれ、港に集まってきた。


 俺は、港から見える一番高い建物の上に移動した。

 俺は、王子様をカイホした。

 王子様の絶叫が港にこだました。


「我は、ドナール王国第2王子カムディである。祖国に帰りたいものは、今すぐ、武器を捨て降伏せよ。我は、ドナール王国第2王子カムディである。祖国に帰りたいものは、今すぐ、武器を捨て降伏せよ」


 王子は、声が枯れるまで、同じ言葉を繰り返した。

 王国兵たちは、一人、また一人と武器をその場に捨て、降伏の印として、その場に両膝をついた。


 上官とおぼしき兵士が、両膝をついた兵士たちを殴り飛ばしたが、だれも、再び立とうとはしなかった。


 ウルフマンたちの遠吠えが四方八方からこだました。

 港を取り囲んでいるのは、明らかだった。先程兵士を殴り飛ばしていた上官たちも遠吠えを聞いて、腰を抜かした。


 逃げ道はもう無い。勝敗は決した。

 そんな中、心が折れている兵士たちに暴力をもって戦うように激を飛ばすものが、二人だけいた。


 族長の長男コームと将軍フェレトだった。

降伏する兵士の眼の前にロアを先頭にデイジーとチロ、ロア派のウルフマンたちが隊列を組んで現れた。


 なんとも勇ましい。


 俺もトムの姿にヘンゲし、王子を屋根の上に残して、その隊列の後ろにたった。

 ロアがコームの前で腕組みして立った。


「コーム、お前は降伏する必要はない」


 実の兄にかける言葉とは思えないほど、その声は冷たい。


「これは、すべてお前の差し金か」

「答える必要もない。お前はここで死ぬのだから」


 ロアが獣化した。銀色の毛並みだ。

 見惚れるほど美しい。

 思わず「銀狼」と感嘆の言葉がこぼれた。


 コームも獣化したが、銀狼を目の前に、霞んで見えた。月とスッポン。銀狼と駄犬だ。


 ロアが吠えた。


 コームの体が、硬直した。俺の体も2、3秒の間、硬直するほどの迫力だ。いや、これは魔力だ。


 神獣の動きまで制御できるとは、すばらしい能力だ。そう関心している間に、コームの首が体から転がり落ちた。


 あの脅威的な戦闘能力を持つロアの目の前で、2、3秒も動きと止めるなど、自分から殺してくれと首を差し出しているに等しい。


 あっけない。誠にあっけない幕切れだった。


 俺は、突然空腹感に襲われた。素早く供物を取り出し、口の中に入れた。これまで感じたことのない空腹感だった。


 周りをみまわすと、俺が何を食べているか気にするものは、皆無だった。積極派のウルフマンや王国兵士の顔は蒼白な顔をして、ロアを見つめていた。


 硬直が解けた俺は、ロアの横に進み出た。

 残る将軍が目の前に立っていた。


 将軍も5、6秒ほど硬直していたようだ。

 紅蓮剣を構え直していた。冷や汗が流れていた。


 ロアにまかせても、遅れを取ることはないだろうが、それでは、なにかと今後、角が立つ。


「ロア様、この男は私めにお任せ下さい」


 銀狼ロアの目の前に折れは進み出た。ロアが目を細めて俺をみた。

 俺は、ロアの返事を待たず将軍たちに向かって明るい口調で言った。


「さて、僕は、古龍の森の代表からこの乱を沈めるように依頼されてやってきました。みなさん。そこのバカな将軍様以外の皆さんといういみですが」


 ここで、一呼吸おく。

 バカと言われた将軍の顔が怒りで真っ赤になっていた。


 さすがに、プライドが高く、バカではないらしい。

 口調を暗く、真剣なものに変えて続けた。


「今から10を数える間に、死にたくなければ海の見えない場所に避難しろ。これは命令ではない。忠告だ」


 ロアが逃げろと号令した。

 一斉にウルフマンたちの姿が消えた。デイジーもチロも一緒に避難してくれたようだ。


 王国兵士も積極派のウルフマンたちも我先に、港から消え去った。

 将軍が笑った。


「俺もなめられたものだ、紅蓮剣のフェレトといえば、他国にも名の知られた剣士。こんな子供が相手では、話にもならん」

「僕は、怒っているんだよ、フェレト」


 辺りには、誰もいなくなった。

 虚ろな目をしたコームの生首だけが、俺を見ていた。


 地獄耳と反響定位で辺りを伺う。近くにだれかが潜んでいる気配はない。

 慎重に相手との間合いを考える。


 フェレトから先制攻撃をされたら、一瞬で殺される可能性が高い。

 剣の間合いに入るなんて問題外だ。


 高速で飛来するファイアボールを連射されても、爆発に巻き込まれ殺される確率が高い。


 得意のカクホも、移動するものを捉えることが苦手だから動きをとめないと役に立たない。


 そもそもカーバンクルのスキルはどれも本来、戦闘には不向きなものばかりだ。


 でも、この相手だけは、許せない。怒りが沸々ふつふつと湧き上がってくる。


 自分でもなんでかわからない。多分、森を燃やされたことに起こっているんだと思う。理由は、まあ、どうでもいい。


 俺は、まずは、フェレトに背を向けて駆け出した。

 フェレトが大笑いした。


「臆病者め。逃げるのか」


 それが開始のゴングだ。

 振り返る。距離を測る。


 よし。これが俺の間合いだ。

 俺とフェレトの間、最大限高い場所から海水をたっぷり船内に溜め込んだ商船をカイホした。


 商船が地面と激突し、海水やら船体の木片やらが飛び散った。

 商船は、縦に真っ二つに切断され燃え上がった。


 さすが伝説級のアイテムを持つ剣士。

 水煙が湧き上がり、商船の残骸は火の粉を散らし粉々に砕けた。気化しなかった海水が波のように地面に広がった。


 水煙を利用し、フェレトが俺に駆け寄り紅蓮剣を突き出した。

 トムの体に深々剣が刺さった、かのようにフェレトには見えたはずだ。だが、そのトムは微動だにしなかった。


 それはそうだろう。それは、俺が見せた幻影だ。

 商船が地面に衝突した瞬間、トムの幻影を作った。船体が真っ二つに切断されたときには、鳥にヘンゲし、フェレトの上空に俺は待機していた。


 フェレットの頭上から二隻目の商船を落とした。

 フェレトの真上というわけには行かなかったが、先程よりも落下速度を増した商船は、粉々に砕けた。無数の破片がフェレトを襲い、さらに海水の塊が、フェレトを建物の壁に打ちつけた。


 俺は、再度トムの幻影をフェレトの前に立たせた。

 フェレトは、よろめきながらも立ち上がり、剣を構えた。

 フェレトは、トムの幻影に向かって、吠えた。


「こんな事をして、我が国が黙っていると思うのか?」


 俺は返事の替わりに商船の幻影をフェレトの頭上に作り出した。視界を遮り、鳥にヘンゲしている姿を見せないためだ。


「何度も同じ手が通じると思うな」


 フェレトは、今度は切らないようだ。紅蓮剣を地面に突き刺し、呪文を唱えた。


「紅蓮防御陣。あらゆる物理攻撃は、我には届かん」


 フェレトの体が、青い炎に包まれた。

 俺は、ドニから仕入れた火玉をカイホし落下させた。ついで急上昇して軍艦をできるだけ高い場所でカイホした。


 フェレトからみれば幻影に遮られ、その上で何が起こっているのか判断できなかっただろう。

 俺は、海面めがけて急降下した。


 火玉は、狙い通りフェレトの足元へ転がっていく。

 確かに、防御に徹するほうが真っ二つに切るよりはいい。しかし、これは軍艦だぞ。


 俺は、海の中に飛び込んだ。

 頭上を爆音と爆風が吹き抜けた。

 軍艦に積んでいた火薬に紅蓮防御陣の青い火と火玉の火炎地獄が反応したのだ。


 海からあがると、爆心地から約10件ほど先の建物まで同心円状にきれいに吹き飛び、地面がえぐれていた。何トンの火薬が爆発したのだろうか。


 吹き飛ばされなかった建物は、火の粉をかぶって燃えていた。

 爆心地の中央に、フェレトが剣を構えて立っていた。


 さすが伝説品の所有者だ。火炎や爆風だけでは、傷一つつけられないらしい。疲れた表情だが、顔に煤跡一つ付いていない。褒めるべきは、紅蓮防御陣の性能だ。


 しかし、まったく元気というわけでもないようだ。気力や魔力を使い疲弊していることはその立ち姿からも想像がつく。

 ゆっくりフェレトに近づいた。


「貴様、何者だ」


 また、質問には答えず、まだ、3隻ある、といった。

 こんな男のためにまともな会話などしてやるものか。

 まだまだフェレトの目を死んでいない。


 腐っても鯛だ。


 俺は、フェレトに向かって駆けた。すべては、このときのための布石。

 フェレトが剣を構えた。ニヤリと笑った。ピンチの後のチャンスがやってきた、やっと得意の剣術勝負になった、と思ったらしい。紅蓮剣の刀身が灼熱の炎をまとった。


 向こうはやる気まんまんだ。だが、わざわざ剣の間合いまで突っ込む必要などない。相手の土俵に立つなど、俺の辞書にはない。


 俺は、ノミにヘンゲした。

 フェレトは周り見回した。


「消えた?」


 頭上を見上げた。きっとまた頭上に船が現れると思ったのだろう。

 俺の次の攻撃に備えようと身構えた。

 フェレトの動きが止まった。


 そうだ。この瞬間だ。

 防御に徹し絶対に攻撃してこない瞬間。

 

 しかも、動きを止める瞬間だ。

 カクホできる32歩の間合いだ。

 レベルアップしておいて良かった。

 

 俺は、フェレトを個別カクホした。


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人族

希少品

特記事項 別名 グレン

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紅蓮剣

伝説品

特記事項 紅蓮魔術

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紅蓮鎧

別格品

特記事項 紅蓮魔防術

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