第64話 覚醒デイジー

 街に戻ると、あちらこちらで衝突が始まっていた。

 反クーデター対クーデター派のウルフマン同士の戦い。

 ウルフマン対ドナール王国兵の戦い。

 

 狼の姿に獣化したウルフマンたちに、武装したドナール王国兵は苦戦していた。さらに、ドナール兵にしてみれば、だれが味方のウルフマンで、誰が敵側のウルフマンなのか即座に見分けができないようだ。これは、完全に不意を突いた俺たちの作戦勝ちだ。


 一方、ウルフマン同士の戦いは、ご角に見えた。

 強制労働に従事していた反クーデター派のウルフマンたちも刻一刻と街に集まってきていた。

 時間が経つにつれ、数で反クーデター派が圧倒できそうだ。


 ロア邸近くで、デイジーが一人の将校と戦っていた。

 トムにヘンゲし、チロをカイホして応援に駆けつけた。

 ちょうど、将校とデイジーの間合いが切れた。


「デイジー、すごいね」


 槍を構えた将校が、俺を睨んだ。


「あら、トム。これまでのところ、作戦は順調そうね」


 それなりに強そうな将校だが、デイジーは余裕の微笑みを浮かべていた。


「うん。あとは、王国兵を追い出すだけだ」

「貴様、子供ではないな。化け物め」

「確かに、子供じゃない。だが、化け物は心外だ」


 デイジーが隣で微笑んだ。


「ここは、この男を倒せばおわりだから、先に行って」

「一人で大丈夫? 手伝おうか? チロの足が治ったんだ。チロ、デイジーを手伝いなよ」


 チロがワンと吠えた。


「良かったわね、チロ。でもチロの出番は無いわよ。だって、これから本気だすから。そこで見ていて」


 再び、ワンと吠えた。

 犬は群れのリーダーに従うという。チロの中でどっちが群れのリーダーなのか、多少の不安を覚えた。


 まあ、クロエの話が本当なら、チロは子供ながら王犬。魔族を狩る者らしいから、そばにいて邪魔にはならないだろう。


「じゃあ、ここは任せたよ」

「ええ、任された」


 俺は、港に向かって駆け出した。


 +++++++++。


 デイジーは、トムの後ろ姿を見送った。

 あたしが、ついて行かなくて大丈夫かしら。


 チロがワンと吠えた。


 銀槍を持った男が突いてきた。

 紙一重で避けた。


 別に紙一重で避ける必要もないのだが、できるだけ小さい動きで避けるようにとのロアとの指導を守る。

 でもこの男の銀槍は気をつけなければならない。


 この銀槍は、とても金属とは思えないほど、よく伸び、よくしなる。いや曲がるといったほうがいい。


 いやらしことに、避けたと思った瞬間に槍先が伸び、曲がり、急所を狙ってくる。


 その穂先は、地面に刺さり街路樹を切り倒すが鈍るということがないようだ。油断ならない。


 この男が、ロアが監禁中に教えてくれた銀職人シルバーメーカーなのだろう。

 あれほど、銀の持ち込みにうるさかったオールドシャッドに、これほど大量の銀の首輪を持ち込めたのは、実兄コームの手引のためだとロアは言っていた。


 デイジーの頬に痛みが走った。

 男の銀槍が、デイジーの頬をかすめた。

 皮一枚、切れていた。


 血液が染み出すように、じんわりと漏れ出てきた。

 デイジーは、傷口に自分のつばを付けた。

 いけない、いけない。


 ちょっといい気になっていた。

 もっと集中するようにロアさんに注意されたことを思い出す。


 デイジーは、男の突き、払いを避けながら戦いの前に名乗りを上げたときの名前を思い出そうと首をかしげた。

 何という名だったか?

 ネロ、ネイ、ネ、ネ、ネオ。

 いや違う。ねび。そうだ上陸部隊隊長ネビだったはず。


「ねえ、ネビさん」


 男が間合いを切った。

 名前は正解だったようだ。


「いい加減、降参してくれない」

「お前こそ、我が槍術の前に、一度も反撃できないではないか。お前に勝ち目はない。おとなしく降参しろ」


 チロを見ると、後ろ足で、自分の耳の後ろを掻いていた。

 さすがに、チロは頭がいい。


 助太刀する必要もないと思っている。

 ここで、チロに助けを求めたら、チロは喜んで助けに入ってくれるだろうか。

 それとも、知らんぷりするだろうか。

 試してみようか?


「死ね!」


 ネビが再び、攻撃を始めた。

 ロアの突きや蹴りを毎日さばいてきたデイジーにとって、ネビが繰り出す技は癖は強いがどれも遅く感じた。


 それでもさすがに、日頃から鍛錬を怠っていないのだろう、反撃するスキは簡単にはやってこない。


 本気を出せば、なんとかなりそうだとは思う。

 でも本気を出すと、翌日は筋肉痛で体が動かなくなる。体の動きに筋肉の成長が伴っていないからだとロアから指摘された。


 あまり、ゆっくりもしてられない。誰かが助けを求めているかもしれない。デイジーは覚悟を決めて、構え直した。


 ネビも、デイジーの構えの違いに気づき、構えなおした。


「ネビさん、本気で行くから」


 言うやいなや、ネビの視界から、デイジーが消えた。

 次の瞬間、ネビの全身に電気が走り、体が硬直した。

 息が止まった。

 空が見えた。

 体が空中に浮いている? そう思った瞬間、背中から地面に叩きつけられた。


 肺の空気が一斉に体から逃げ出した。

 鳩尾に痛みが走った。


 体から一気に力が抜けていった。

 目の前が真っ白になった。

 意識が遠のく。

 目の前が真っ暗になった。

 デイジーは足元に倒れているネビを見下ろした。

 チロが尻尾を振ってやってきた。


「どうだった、あたしの導通術。だいたい今ので、人族の4倍ほどの速度だったけど」


 チロがデイジーを見上げ、尻尾を盛大に振っていた。


「そうか、よかったか」


 デイジーは、チロの頭をなでてやる。

 治療してもらったという足を触った。


「ほんと、きれいに治っている。良かったわね、チロ」


 デイジーの腹が鳴った。


「この術のもう一つの欠点は、すぐ腹が減るというところね」

「でも、今は我慢我慢。行きましょう、チロ」


 チロがトムが向かった方に頭を向けた。


「だめよ、チロ。そっちはトムが暴れる予定だから、私達は、あっちの応援に行きましょう」


 デイジーとチロは、港から離れるようにかつての森林公園に向かって走り出した。

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