第62話 解放

 ドニが、収容所からいなくなったことはいずれ判明してしまうから、ここからは、速やかに、手順を間違わずに事をなす必要がある。


 ドニ本人と隠し財産をカクホしたあと、まずは、ドニの情報をもとに女たちが監禁されている場所に向かった。


 そこは、通い慣れたロアの屋敷だった。


 屋敷の周りには、兵士が常駐していて、絶えず周りを警戒していた。

 俺は、小鳥にヘンゲして空から忍び込んだ。


 窓など開いていないから、窓ガラスを一枚カクホした。

 トムの家とは違いロアの実家は裕福だから、何のためらいも無かった。

 地獄耳スキルで屋敷の中の様子を伺った。


 屋敷の中には、兵士はいないようだ。

 ヒソヒソ声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だった。


 トムにヘンゲし、その扉をノックした。

 ヒソヒソ声が止んだ。

 ドアに向かって、小声で言った。


「デイジー、迎えに来た」


 扉が開いた。

 涙を浮かべたデイジーが立っていた。

 その奥にロアの姿があった。

 ロアの首にも、デイジーの首にも銀の首輪がはめられていた。


「とりあえず、ふたりとも無事で良かった」

「私を殺さなかったのは、兄の優しさとでもいうつもりなんでしょうけど」


「色々話はあるだろうけど、今は行動するときだから、話は後にしよう。まず、デイジーは、この屋敷の女たちの首輪を全部取っ払って」

「だめよ、トム。子供たちが人質にとられているの」


「大丈夫。今から、その子どもたちを助けにいくから。いいね、デイジー、夜があけるまでに、全員の首輪を外すこと。今夜一晩で形勢は逆転させる。俺が合図したら、反撃開始だ。手加減しなくていいからね」

「どんな合図?」


「そのときになればはっきりわかる合図を出すよ。そして、ロアさんは、これから子どもたちを安全な場所に移動させるのを手伝ってほしい」

「わかった」


 俺は、二人の首輪をカクホした。


「これは、どんな魔法なんだ」

「秘密です」


 ロアをカクホし、すぐさま屋敷を抜け出した。


 次は、停泊中の船だ。


 幸い子供たちを監禁していた船は出港していなかった。子供たちは5人一組で鎖に繋がれ、ご丁寧に、銀の首輪をはめられていた。よっぽどウルフマンたちの抵抗が怖いらしい。


 俺はまず、ロアさんをカイホして、子供たちに引き合わせた。女の子の何人かは、ロアさんの顔を見て安心したのか、泣き出す子もいた。


 俺は、ロアさんに子供たちへこれからの予定を説明してもらった。さすが人気者のロアさんの言うことに、子供たちの目は真剣で一言の疑念も口に登らなかった。


 これで段取りは終わりだ。本当ならこの船まるごとカクホしてしまいたいところだが、王国の兵に異常を察知されるのはまだ好ましくない。


 俺は、面倒くさいが、子供たちには目隠しをしてもらい順に個別カクホした。これで、首輪は自動的に外れる。10人をカクホしては、東側の森の中に連れて行った。ロアさんに説明してもらたように目隠しを外さず静かに待機するように念押しして急いで船に戻る。


 何度も往復して、子供たちとロアさんを東の森に逃し終えた。敵は子供たちが船からいなくなったことにまだ気づいていない。


 これで、女性と子供の準備は完了した。


 あとは強制労働させられているウルフマンの男たちの首輪を外せば、ウルフマン族の反撃の準備は終わりだ。


 でもその前に王子の件を片付けよう。まったく今夜は忙しい。


 鳥にヘンゲし、リザードマン領に向かう。

 東の空が、明るさを帯びてきていた。夜が開け始めいる。

 湿地地帯では、リザードマンたちが武装して集結していた。

 今にも、川を渡って三角州へと攻め込みそうな勢いだ。

 いたるところにテントが作られていた。


 木の枝と、粗末な布で作られたテントなのだが、どのテントからも煙が立ち上っていた。

 独特な匂いがテントの頂点から漏れ出ている。


 煮炊きする煙ではない。

 聴き香スキルを使うと、それぞれのテントでは別の香りが焚かれていることがわかった。


 薬草などをいぶしているようだ。

 中からは、呪文のような言葉が節をつけて唱えられていた。おまじないか、祈祷のたぐいなのだろう。


 テントによって、それぞれ流派や効能が違うのかもしれない。

 確かなことは、戦闘の前の準備が着々と進んでいるということだ。

 俺は、地獄耳スキルと千里眼スキルを使い、王子の行方を探しに湿地帯の奥へと向かった。


 湿地帯のなかに小高い丘が見えた。その頂上にひときわ大きな篝火が灯っていた。篝火の後ろには巨大なテントが張られていて、柵で囲まれていた。

 柵の前には、数人の警備兵が立っている。 

 そこだけ、警備が厚い。

 リザードマンたちの本陣だろう。


 矢が鼻先を掠めた。

 千里眼スキルで遠方をみていると、手元が見えなくなるのが玉に傷だ。矢が飛んできた方向に視線を戻すと、リザードマンの子供が親に怒られていた。


「ここで矢を射るんじゃない」

「見て、お父さん、僕も戦える」


「お前たちにはまだ早い」

「やだ、僕もお父さんと一緒に戦う」


「戦うことが良いことではない、今、戦わずに済む方法を村長たちが、考えている」

「でも、攻めてきたら戦うしかないでしょう」


「まあ、そうだが」

「それでも、お前達が武器を持つ必要はない。お父さん達は、勇敢で、強いからな」


 さすがに鳥の姿でうろちょろするのは危ない。ハエにヘンゲし、本陣に近づいた。


 会議している声が聞こえてきた。夜通し会議をしていたかのうように雰囲気は重く、空気は淀んでいた。


「王子を返しましょう」

「そうすれば、奴らが、俺たちをせめる口実はなくなる」

「馬鹿か。何度も言わせるな。そんなことをしても、今まで通りの関係には戻らん。余計、奴らを調子付かせるだけだ」

「ここは、徹底的に叩きのめす必要がある」

「族長の意見は、どうなのだ」

「まだ連絡はない。古龍の森の代表者会議が終わらないのだろう」

「応援は来るのか」

「これは、古龍の森全体の問題だ」

「それよりも、クーデターの責任をウルフマンたちに取らせるべきだ」


 まさしく会議は踊る、だ。

 会議の声に混じって泣き声が聞こえてきた。俺は、本陣の後ろに回った。


 いくつかの小ぶりのテントが設営されていた。そのなかの一つから泣き声は聞こえてくる。

 忍び込むと、木製の檻の中で青年が膝を抱え泣いていた。


 泣きながら、何事かつぶやいていた。

「助けて、お母さん。天使でも悪魔でもいいから僕を助けて」


 なんと愚昧な。

 自分の軽率な行為で、これから何人もの命が失われようとしているのに、自分の事しか考えていないとは。

 テントの中には、見張りはいなかった。

 俺は、トムにヘンゲして青年の前に立った。

 俺は、思いっきり冷たい言葉で言った。


「初めまして王子さま」

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