第59話 チロ復活
霧の中から、ラーメンをすする音がした。
「確かにうまい。うまい上に、繊細だ。味付けだけじゃない、素材の旨さがすべて計算しつくされている。さすが、カーバンクル様じゃな」
霧が次第に晴れてきた。そこには、赤い服、チャイナドレスといえば一番近いイメージだろう、を着た若い美女が
女が丼を俺に差し出した。
丼の中身は、すでに空だった。あんな一瞬で、スープまできれいに飲み干したようだ。
早食いすぎる。
「どちら様で?」
「これは、これは、失礼致しました。この小島の住人をしております。そうですね、名前はクロエとでもしておきましょうか。近くのドルイドたちからは、大ババ様などと呼ばれております」
どう見ても、お婆さんという雰囲気ではない。色っぽい20代後半のお姉さんだ。
噂では齢千年を超えるというから、化けているのだろうが、としても盛りすぎだ。
俺は、丼を受け取り、反対の手に別の料理一皿をカイホした。皿の上には、揚げたてのあんドーナツ、粉砂糖掛けが山盛り乗っていた。
クロエと名乗った美女は、それを一個手づかみで取ると、一口頬張った。
「うまい」
クロエが叫んだ。
そうだろう。うまいものは糖と油でできている。
厳密に言えば、あんこは作れなかったら、それらしいもので代用した。しかし、試作に試作を重ねた力作だ。うまくないわけない。
あっというまに皿の上からあんドーナツは消えた。
クロエが舌で口の周りについた粉砂糖をなめた。
「さすが、カーバンクル様じゃ。これほどのおもてなしを受け、何も返礼しないのは、さすがに気が
丁寧語がめちゃくちゃだ。偉すぎて丁寧語の使い方に慣れていないのだろう。今回は見逃してやろう。
「王犬は持っていない。グローバ犬だ」
アイテムブックには、グローバ犬で登録されていたから確かだ。
「いつか湖畔に倒れていた白い犬。足が切断されておったであろう。あれじゃ、あれ。さあ、儂の気が変わらないうちに出せ」
言葉使いが荒れてきた。
「王犬とは?」
「古の王の側にいつもいたからとか、犬族を束ねる力を持っているからとか、王の風格があるから、などと言われているが、詳細はだあれも知らぬ。ただ、古の王たちは、王犬で魔族を狩っていたという」
「魔族を狩る? イノシシやうさぎを狩るみたいに」
「そう言われておる。古龍の森でたまに目撃されるかもしれぬが野良や野生の王犬が捕まるのは非常に稀だろう。まあ、今でもエルフ王の足元には王犬が控えているがな。そんなことより、仕事はささっと済ませようぞ。早くだせ」
そうか、チロはそんな立派な犬だったのか。だから、ヘンゲしても俺を見失わないのかもしれない。
俺は、チロをカイホした。
クロエがチロに近づいても、威嚇の声をあげなかった。
どうやら、心を許しているらしい。
クロエは、チロの切断された部分に指を当てた。
そこから、霧が湧き出て、足の形となり、毛が生えた。
「これでよし」
俺は、治った足を触ってみた。
大丈夫そうだ。まったく違和感がない。
「ありがとう。助かったよ」
「それでは、カーバンクル様に儂の願いを聞いてもらいましょうかのう」
俺は、クロエの顔を見た。
「今なんて?」
「お願いを聞いてもらおうかな、と言いましたのじゃ」
「いやいや待て。俺は、あんたのために、絶品料理を作ってきたのだぞ」
「儂は、カーバンクル様に絶品料理が食べたいなんて言ったことはないでありんす」
どこの言葉だ。このクソババア
「それでも、クロエは、俺の料理を食べた」
「もちろん、その代金は払いますのじゃ」
俺は、瞬時に材料費と手間賃を考え、それに利益を乗せて計算した。
金貨6枚とはじき出したところで、タイミングよくクロエが両手を俺に差し出した。
そこには、金貨10枚が乗っていた。
「これで、カーバンクル様のご苦労に見合いましたでしょうか」
その顔は、満面の笑みだ。完全になめられている。
くやしいので、15枚と言おう思ったが、いくらなんでも15枚はボッタクリだと、町中華店主の良心が抗議してきた。
俺は、黙って金貨10枚をカクホした。
「それで、何が望みだ」
「この子は、まだまだ子犬」
チロを指差した。
「是非、王犬の王犬たる
「つまり、どういうことだ」
「つまり、カーバンクル様の共にお加えください」
どうして、こんな派手な千歳の越えた化け物みたいなババアを連れて歩かなければならない。
なんとか、断る理由がないかと、助けを求めマオラを見た。
すると、マオラは、祠の前で、ひっくり返っていた。
「どうした、マオラ」
「すみません、カーバンクル様。まさか、本当に大ババ様が現れるとは思っていなかったもので。腰が抜けました」
まったく、どいつもこいつもだ。
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