第58話 行方不明

 デイジーをオールドシャッドに残し、俺はオンディーヌ湖を目指した。

 デイジーには申し訳ないけど、デイジーがいないほうが、旅は快適に進んだ。


 三角州を抜け、3日ほど川沿いに飛び続けた。川の東側は、基本的に低湿地帯で時々リザードマンが狩りをしている場面に出くわした。今の姿では、完全に狩られる立場なので、矢が何本か俺めがけて飛んできた。


 申し訳ないが、そんなへなちょこ弓矢では、俺に当てることなどできない。なんせ、地獄耳で周りを警戒している。リザードマンが俺を発見するよりも早く、俺がリザードマンを発見できているのだから。


 東側はウルフマン領で、ほとんど手つかずの森林地帯だった。オールドシャッドの管理された森林の美しさが懐かしい。


 多くのウルフマンたちは、昼間は農民でわずかばかりの面積の畑を耕しているが、夜になると狩人に変わる。夜中のウルフマンには特別注意を払う必要があった。はっきり言ってリザードマンたちより腕がいい。


 やがて、オンディーヌ湖が見えてきた。

 オンディーヌ湖の湖畔を時計回りに周った。

 キハジと始めた出会った場所に出るまで、一日以上かかってしまった。

 本当に、オンディーヌ湖は広い。


 まずは、キハジの家を覗いた。

 誰かに荒らさられいている様子はなく、外観上に異常はみられなかった。

 キハジ本人はまだ帰ってきていないようだ。


 キハジが保護した動物たちが暮らす小屋を見た。

 こちらも、患畜の数は減っていたが、適切な処置が別のドルイドによって続けられているようだ。


 次に、マオラの家を行った。

 ちょうどマオラが家から出てきた。

 俺は、久しぶりにカーバンクルの姿に戻り、マオラに挨拶した。


「マオラ、今、戻った」

「おお、カーバンクル様。ご無事で何よりです」

「マオラも無事戻ってきてくれて何よりだ」


 満面の笑顔だったマオラの表情が曇った。


「ここでは、目立ちますので、さあ、家の中にお入りください。ちょうど家には誰もおりません」


 オールドシャッドやロッカに比べてみれば、外で話していても誰も出会わないし問題ないだろう、とは思ったが、マオラに進められるままマオラの家に入った。

 マオラは、二つの小石をテーブルの上においた。


「これらは、エベ川とディン川の水源近くでとれた特徴的な石でございます。水源と思しき箇所をいくつか巡ってみましたが、神殿のような建物も、洞穴なども見当たりませんでした」

「そうか。そうなると後は、ラオラ川だけか。ラオラ川がだめなら、振り出しに戻るわけだ。ところで、キハジはまだ戻ってきてないようだが」


「そうなのです。少し心配しておりまして。それでなくてもラオラ川流域は紛争地域で危険ですので」


 そうか。さっきの笑顔が曇った理由は、これなのだろう。


「できれば、捜索隊を出したいところなのですが、あまり大ぴらに捜索隊を組織するわけにもいきません」

「どうして」


「エルフたちに理由を説明しなければならないでしょう。そうなりますと、エルフ王は賢明なお方ゆえ、カーバンクル様のお名前を出すより仕方がなくなるかと思われます。今は、まだ、カーバンクル様の復活をできるだけ隠しておいたほうが賢明かと」

「たしかに、そうだな。でも、キハジは心配だ。その件は、俺に任せてもらおう」


「本当でございますか」

「ああ、チロの足を治したら早速ラオラ川に向かう」


 ちらっとデイジーの顔を思い出したが、オールドシャッドで修行に打ち込んでいるようだし、問題ないだろう。


「マオラには申し訳ないんだが、ラオラ川も不発という可能性もある。あと何箇所か、オンディーヌ湖に流れこむ川の水源を探ってもらえないだろうか」

「かしこまりました」


 これも不発なら、はじめから推理をやり直すしかない。


「では、まずは、ババアに食事をごちそうして、チロの足を治してもらおう」


 料理は、手際の良さも重要だ。

 俺は、あらかじめ調理はオールドシャッドですべて完了済みにしてあった。

 オンディーヌ湖畔で道具がたりないとか、火力がたりないとか、満足いく味付けにならないなどの問題を防ぐためだ。


 できたて、揚げたての状態でカクホしておいたので後は、ババアの目の前にカイホするだけだ。


 さっそくマオラをカクホして、ババアが住むという小島に降り立った。

 マオラの案内で、小道を進むと、祠が現れた。

 簡素な木造の祠だが、毎年作り直されているそうで、大切にされている感があった。


 俺は、まず、野菜塩ラーメンをカイホした。

 祠の前においた。

 一歩離れて、様子を見る。


 昆布や干した貝が、オールドシャッドで手に入ったので、ふんだんに出汁として使うことができた。

 その他に干したキノコ類、野菜の旨味もすべて閉じ込めた。

 味付けは浜塩のみ。香りのいいごま油が離れていてもここまで香ってきた。


 できれば、煮干しなど動物性の旨味を追加したかったが、ドルイドの食習慣に合わせて、今回は使用しなかった。


 隣に立っているマオラが俺に質問した。


「美味しそうですね。なんという料理ですか」

「野菜塩ラーメンだ」


「麺料理は見たことがありますが、こんないい匂いのものは見たこともありません」

「そうだろう。これは俺のふるさとでは、ソウルフードの一つと言ってもいい」


「神界のソウルフード、ですか」

「いや、そこじゃないが、食べると魂が震えるほどうまいということだ」


 多少、大げさに語ってみた。

 旨味を発見した偉大な先達せんだつに感謝しよう。


 そのおかげで、異世界に転生しても、料理の基本を外さずに済む。

 30秒ほどたった。

 俺は我慢できなくなった。


「これ以上、待つことはできないから、マオラ食べてくれ」

「ええ、大ババ様をお待ちするのではないのですか」


「だめだ、この料理は、すぐにまずくなる。最高に美味しい状態で持ってきている。すぐ食べないのは、まずくなるのをまっているようなものだ。できたてという美味しさもあるんだよ。そんなこともわからんようでは、俺の料理を食べる資格がない」


「ほれ、マオラ、うまいうちに食べろ」

「ええ、ええと」


 マオラは、うろたえながらも、ラーメンの匂いにつられて、ラーメンに手を伸ばした。

 すると、ラーメンから煙が湧き上がり、一瞬で視界が霧で覆われた。

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