第57話 ドニ復活

 俺の目論見通りに事は運んだ。

 船が沈没しそうなほどダメージを受けていることが判明し、急いで積荷を再び陸に荷揚げし始めた。


 代わりとなる船の手配はなかったようで、修理をするか、他の船を手配するか喧々諤々の議論になっていた。


 結局、別の船を手配することになったらしいが、その船を待っていいるうちにロアの使者が族長の使者を伴って戻ってきた。


 族長の命令は、長男の独断を許さぬというものであった。

 それを聞いてこんどは、長男が激怒した。

 族長に抗議するため、長男がオールドシャッドを離れた。


 ロアは、その隙きにすべての荷を没収してしまった。

 中には、貴重な動植物も生きたまま捕獲されていた。

 ロアたちは、それらを元通り森に帰すべく、数日間、奮闘した。


 それらの用事がすべて終わったあと、俺は、ロアに近づいた。


「こんにちは」

「久しぶりだな、トム」


「久しぶりですロアさん」

「トムの手品の見事さは、街で少し話題になっているぞ。こんど私にも見せてくれ」


「もちろんです」

「ところで、先日の件のお礼はまだだったな」


「先日のお礼?」


 実は、そのお礼をもらいにきたのだが、一応すっとぼける。


「先日、都合よく船に穴が開いたのは、トムの仕業なのだろう。どうやったら、あんなことができるのかわからないが」

「ああ、そのことですか。お役に立てて光栄です」


 こんどは丁寧に頭を下げた。

 周りに誰もいないことを地獄耳で確認した。


「それでは、お言葉に甘えまして、紹介してほしい人がいます」

「私にできることなら」


「治療魔法を使える人材を教えてほしいのです」

「誰か怪我したのか?」


「口の固い人をお願いします」

「なるほど、何を考えているのかわからないが、そんな小さいころからそんなことを言っていると兄貴みたいな腹黒いヤツになっちまうぞ」


 腹黒といわれてもしょうがない。これが俺が生き残る道なのだ。


 そうは言っても、俺としては随分な冒険を犯していた。

 ハーマン商会の船を同じ方法で沈めるのは、これが初めてではない。今こうして話している間にもハーマン商会から魔族のルフに話しが通じる可能性も考えられる。


 そうすれば、わずかな可能性だが、船が沈んだ原因を通して、カーバンクルの存在に気づかれる可能性だってある。


 それでも、ドニを助けようと思ったのは、密猟品とハーマン商会とドナールの将軍様がつながっているということがわかったからだ。


 ドニの出身はドナールと言っていた。きっとドニはハーマン商会に関して何かを知っているし、何らかの関係があるにちがいない。


 港で、ラッパが盛大に鳴り響いた。

 ロアはあからさまに嫌そうな顔をした。


「どうやら、将軍様が到着なされたようだ」

「将軍?」


「ドナール王国の将軍様だ」

「どうしてドナール王国の将軍がここに来るんですか」


「まあ、色々大人の理由がある。表面上は、貿易航路の視察ということになっている」

「表面上ということは」


「おっと。悪いがトム、それ以上は詮索禁止だ。私は、これからバカ兄貴に代わって将軍様のお出迎えに向かわねばならない。治療魔法師については、心当たりがあるから、午前中には見てもらえる手はずを整える。待ち合わせは、ここでいいか」

「ありがとうございます」


 俺は、もう一度深くお辞儀をした。

 それから程なくして、治療師がやってきた。

 年老いた男で、ウルフマン族の衣装を着ていた。


 俺をみるなり、患者は? と言った。

 俺は、デイジーが寝泊まりしている部屋の前に連れて行った。


 そこで、すこしまっているように伝え、ドニをカイホして、すぐさま治療師を部屋に招き入れた。


 治療師は、患者の様子を見て、一瞬驚いたように見えたが、すぐさま治療をはじめた。

 治療の間、治療師は一言も無駄話をしなかった。

 そして、治療が終わると黙って部屋を出ていった。


 確かに寡黙な男だった。

 治療終わったかどうかぐらいしゃべってもいいだろうに。

 ここまで徹底すると、寡黙というより無愛想だな、とか考えていたら、ドニがうめき声をあげた。


「命拾いしたな、ドニ」


 ドニが、かばったと跳ね起きた。中腰になり回りを見回した。


「こ、ここは、どこだ」


 俺は、笑った。

 ドニが、俺を見て幽霊でも見るかのような恐怖の表情を浮かべた。


「どうして、トム、さん、が」

「詳しい話は後にしてもらいたい。僕は、ドニさんの命を助けた。ある程度、君の秘密も知っている。でも、全てじゃない。僕は、今現在、危ない橋も渡っている。だから、質問に正直に答えてほしい」


「もし、答えなかったら?」

「はっきり言って良いのなら、そんな選択肢はない。残念ながら、ドニ。僕からは逃げられない」


「まさか、これほど恐ろしい方だとはおもいませんでした」


 ドニは、諦めたというようにバンザイして、腰を下ろした。


「何を話したらいいでしょうか」

「君の目的は?」


「ハーマン商会への復讐です」

「どうして」


「ハーマン商会の本店は、ドナール王国にあります。私の父は、王国のお抱えだったのですが、ハーマン商会の悪巧みによって、破産させられました。一家離散ならまだ、よかったのですが、父も母も、使用人たちも事故を装い殺されました。私だけ、生き残ったのです」

「それで、復讐するべき人がここにいるというわけか」


「いいえ、いないでしょう。実際、誰が犯人なのか不明なのです。国もハーマン商会とぐるなのです。今では公然の秘密ですが、貴族をはじめ、大臣にいたるまで、ハーマン商会丸抱えという有様なのです」

「では、なぜここに」


「私は商人の息子です。財力で、必ず、ハーマン商会を打ち倒します」


 ドニは、力強くガッツポーズをした。


「では、どうしてあの船に忍びこんだ」

「それは、もちろん、違法な商品を運ぶための船を沈没させハーマン商会に打撃を与えるためです」


「どうやって」

「それは、秘密です。でも、計画通りなら、船は沖に出たときに沈没させることができたはずです」


「その船なら、僕が沈没させておいた」

「ほんとうですか。ありがとうございます。しかし、どうやって」


 俺は、ニヤリと笑った。


「それは、秘密だ。それにしても、ずいぶん無茶なことをする」

「無茶でもやらなければならないこともあります。このまま、ハーマン商会とドナール王国、そして、ウルフマン族の結束が高まれば、さらにハーマン商会が肥え太り、だれも、王さえも手が出せなくなります。いやこの際だから言ってしまいましょう。ハーマン商会会長、ハーマンは王になりたいと本気で思っているはずです」


 なるほど、商人が王になり、その仲間には魔族がいる。世界の勢力地図が書き換わる可能性を秘めているわけか。


「そういえば、今日、まさにドナール王国将軍様がお見えになったぞ」

「ええ! もうそんなに日にちがたっているのですか。俺は、今までどこでどうしていたんだ」


 ドニは、突然立ち上がった。

 俺は、ドニの手を掴み、もう一度座らせた。


「今更、ドニがどうこうできる状態じゃない。実は、頼みがある」

「命の恩人の頼みとなれば、なんなりと」


「僕は、これから少し、この街の離れる」

「その間、デイジーに危害が及ばないように、石を使って情報収集をしてサポートしてほしい」


 ドルイドたちと約束した日時が迫ってきていた。一度、オンディーヌ湖畔に戻る必要がある。チロの足も直してあげたい。

 ドニが、俺の顔をじっと見た。


「そこまでバレているんですか。ほんとに、かないませんね。それでは、3日で銅貨一枚でどうでしょう」

「命の恩人から、カネをとるのかい」


「トムさんが街を離れている間、私が裏切らないとのかぎりませんが、その補償をお金で買うと思えばどうでしょうか。お金に汚いと思われるでしょうけど、逆に言えば、お金の分だけはしっかり働きますよ。それに今回は特別、後払いで対応します」


 どうやら、ドニの調子が戻ってきたようだ。

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