第54話 ドニの不穏な行動

 デイジーの入門は難しいと思っていたが、走りと跳躍をロアの前で見せただけで、案外あっさりと許された。

 どうしてか、とロアに尋ねると伸びしろがありそうだと感じたから、と答えが帰ってきた。


 ロアの勘は当たった。


 ロアの指導をうけ、デイジーの体の動きが俊敏になってきた。

 デイジーにコツを聞くと、実は雷獣の首輪のおかげだと言った。

 なんでも、電気を体中に行き渡らせる技を覚えたのだという。

 なるほど、人間を動かすすべての情報は電気信号で伝えられている。

 それを思う通りに制御できれば、身体能力を補うこともできるだろう。


 デイジーがロアの指導を受けている間、俺は街に出て手品師として腕を磨くことにした。


 街には、大道芸人やら演劇をする芸人たちがたくさんいて、人々を楽しませていた。


 とくに夜中の酒場はカネにもなるし、腕も磨ける絶好の場所だった。

 何件か酒場をはしごして、すべての店が閉まると決まって森へとチロと向かった。この森はお気に入りだ。


 き出しの自然より管理されている自然の方が綺麗だと思ってしまうのは俺がかつて人間で、ついつい安全な環境を求めてしまうためだろうか。


 理由はどうあれ、俺のお気に入りになった。特に、朝焼けが素晴らしい。

 デイジーは、ロアの親切で道場に寝泊まりしていたから、他に心配することもない。


 そうして過ごすうちに、気がつけば日の出の時間が遅くなり、夜が長くなった。横で寝ているチロを見て、そろそろ、旅立つ時期だと思った。少し長居し過ぎた。


 ロアがデイジーの面倒をみてくれるなら、デイジーをこの港街に置いていく手も良いかもしれない。


 デイジーの弟がいきなり消えたら、ロアが心配するだろうけど、その言い訳も考えてあるし、そのための軍資金も手に入れた。


 ただ、気になることもある。

 推進派と慎重派の争いだ。


 酒場を回って気がついたのは、店によってどの派閥なのかくっきりと別れていることだ。思いの外、根っこが深い。理屈よりも感情の問題にまで発展してしまっている。


 ここを離れる前に、もう少しこの街の情勢を調べておきたい。

 喧嘩の中、無銭飲食して消えていったドニのことを思い出した。


「困ったことがあったら、このお守り袋に声を出して願ってくださいね」


 多分、あの発言は本気だろう。


 ドニが無料でくれたお守りの中身は、通信機能をもった小石だったのを思い出し、ふっ、と鼻で笑ってしまう。只より高いものはない。


 あのときは、この街に20日ぐらいは居るといっていたが、もうどこかに移動してしまっただろうか。


 俺は、呪術石に願うか、それとも呪術石を探索スキルで探すか、迷った。

 呪術石に願いを言って、偶然を装いドニから会いに来てもらうのは、主導権を握られているようで面白くない。


 俺は、まずは探索スキルで探してみることにした。

 すぐ近くの木の下がなぜか光りだした。

 そこは、なんの変哲もない場所だ。


 回りを見回すとあちらこちらで呪術石の存在を示す光が灯っていた。これはただ事じゃない。

 俺は久しぶりに海鳥にヘンゲして、空に舞った。


 すると、驚いたことに街中、いや森の中、いたるところにドニの呪術石がばらまかれていることがわかった。

 数は数え切れない。


 ドニは、街中を盗聴しまくっているようだ。

 鼻が効くと言っていたが、なんのことはない盗聴がうまいということか。俺の手品と同じだ。ネタがバレれば不思議なことはなにもない。


 俺とデイジーが森の中で話し合っていた内容も盗聴されていた可能性がある。

 いや、盗聴していたからこそ俺たちに近づいてきに違いない。

 今となっては、デイジーと何を話したのか正確に思い出せないが、姉弟の設定の話しはしたはずだ。


 でも、なぜ?

 あの男の目的はなんだ?

 俺は、チロを急いでカクホし、動き回っている呪術石があったので、それを目指して飛んだ。


 案の定、動いていた呪術石はドニが持ち歩いていたものだった。

 今日は、荷物を背負っていない。

 代わりに手に酒瓶を持っていた。

 ドニは、波止場で一人、月夜をさかなに酒を楽しんでいるという風情だ。


 ただし、その表情から酒に酔ったようには見えなかった。

 ドニの視線の先にある船は、ハーマン商会のものだった。

 ドニは、辺りを見回し、その船に乗り込んだ。


 泥棒の割には、足音が大きい。それでは、今から行きますよと宣伝しているようなものだ。


 俺は、地獄耳で船の中を探った。

 4、5人の足音が聞こえた。それらは、ドニの足音に反応したようだ。

 だめだ、ドニ、と心の中で叫んだ。


 案の定、すぐにドニは見つかってしまった。

 驚いたことに、ハーマン商会の船に残っていた船員たちは、ドニを捉えてどこかに突き出すような素振りを一切見せなかった。


 ドニに殴る蹴るの暴行を加え、躊躇なくナイフでドニの腹を刺した。

 そして、腹を抱えうずくまるドニを抱えあげ、そのまま海に捨てた。それらの一連の行動に迷いは感じ無かった。


 俺は、船の上の人に気付かれないように海の上に降り、ついで海魚にヘンゲした。

 夜の海の中では、視界は全く効かなかった。

 そのぶん、血の匂いが濃く感じた。

 正確な位置は匂いではわからない。


 呪術石を探索した。

 海に投げ込まれたときにバラけてしまったのだろう。石は、散らばりながら落下していた。


 一体いくつ呪術石を持っていたのか。

 これでは、呪術石をたよりにドニを見つけ出すことはできない。


 俺は、慌ててアイテムブックを広げた。

 今までもこれを見て何かしらのアイデアを得てきた。

 急げ急げ、でもゆっくり急げ。


 エンプ族の宝物殿でカクホした、光る石をカイホしてみた。

 だめだ、光が足りない。

 俺は、落下する光る石を慌ててカクホした。


 血の匂いが薄まってきた。

 血の匂いに誘われて獰猛な魚がやってくるかもしれない。

 グズグズしてられない。


 だが、どうやって見つけようか。

 自分のユニークスキルを思い出す。

 探索は、できなかった。地獄耳でもドニの鼓動など聞こえない。夜目を使ってもまったく姿は見えない。


 反響転移も音が出せなければ役に立たない。まず、声がでない。この魚には声帯がないようだ。海の中で音を出す道具ももってない。


 千里眼もこの暗闇では役に立たない。

 ドニの匂いもわからないから聞香も使えない。

 だめだ。ドニ。すまん。


 俺は、救えなかった悔しさで歯ぎしりした。

 音がした。この魚は歯ぎしりは出来るらしい。

 これは、使えるかも。


 歯ぎしりしながら反響転移で辺りを探った。

 かすかに、下の方で影が浮かんで見えた。

 それは、沈んでいるというより漂っていた。

 潮の流れに乗り陸地から離れて行くようだ。


 その影がドニという保証はないが、俺はそれがドニである可能性に賭けることした。

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