第53話 弟子入り
オールドシャッドでロアの名を知らないものはいないらしい。
ロアさんの道場は、どこかと道を尋ねれば、みんな笑顔で道を教えてくれた。
人気者でもあるらしい。
町道場だとばかり思って、たずねてみれば、そこは、豪邸だった。
門構えも立派で、門番が一人立っていた。
門番にロアさんの道場かと尋ねると、話が通っていたようで、案内してくれた。
敷地内に入ると、コの字型に3つの建物が立っていた。
左手の建物が道場で、反対側がロアさまの館だと説明された。
「正面が母屋ですか?」
「そう、正面の建物は、ロアさまのお兄様で、実質この街を取り仕切っているコーム様のお住まい兼政務室だ」
門番は、胸をはり、なぜか自慢げだ。
右手の建物の前で門番が犬は建物内に入れないと告げた。
俺は、チロに玄関で待てと命令した。
チロは、玄関の前で伏せの状態で俺を見上げた。
チロの頭をなで、門番にここでチロを待たせても問題ないことを確認した。
チロを残し建物内に入ると、女性の肖像画が壁に飾られている部屋に案内された。肖像画の女性は、着飾り、唇に微笑みを浮かべ、眼差しは柔和で、全体的に優しい印象をうけた。
肖像画の中の女性がロア本人だときづくのにしばらく時間がかかった。喧嘩の仲裁に入り、大の大人たちをバッタバッタと投げ飛ばす女性とのイメージのギャプが激し過ぎた。
門番は、粗相のないように、と言い残し、仕事に戻っていった。
入れ替わるように、女性が入ってきた。
彼女は、この屋敷を取り仕切る執事だと名乗った。
俺は、彼女に
部屋の前に立つと笑い声が聞こえてきた。
部屋の中に通されると、デイジーがベットで上半をおこし、腹を抱えて笑っていた。
その傍らには、ロアが椅子に座っていた。
「トム、遅かったわね。ロア様、これがあたしの愚弟、トムです」
愚弟!
設定どおり説明しているらしいが、いつから愚弟になったのか。
「トム、知っていた? ウルフマン族は、夜になるともっと強くなるんですって。そして満月の夜は、ヴァンパイアさえ恐怖するほど強いんだって。獣化というのよ」
もともとデイジーはおしゃべりだった。それが、旅の間、俺とチロでは話し相手不足だったのだろう。適当な話し相手を得て、おしゃべりしたいという欲望が爆発したようだ。
この分なら、体のほうは大丈夫だろう。
ロアが空いている椅子を俺に勧めた。
入口のドアが開き、先程案内してくれた執事が手押し車にお茶や軽食などを載せて入ってきた。
そういえば、デイジーはまだほとんど何も食べていなかった。
ロアが俺たちに頭を下げた。
「今回、事件に巻き込んでしまって申し訳無かった」
「いいえ、こちらこそ、あまりにロア様がかっこいいので、ぼんやりしていて。人が自分のほうに飛んできているのに、避けなかったあたしが悪いんです」
俺は、ドニの説明が本当かどうか確かめるためロアに尋ねた。
「推進派と慎重派ってなんですか」
「そんなことに興味があるのか」
ロアはちょっと驚いたという顔をつくった。
デイジーが俺のフォローに入った。
「トムはそういう話がスキなんですよ。あたしも聞きたいです」
「そうか。何も知らずに暮らせればいいのだが、もうそんなことは言ってられないかもしれない。少し話が長くなるが、かまわないかな」
「もちろんです。お茶もお食事もありますし。もっとロア様とお話していたいです」
そう言ってデイジーは皿の上のパンをデイジーは頬張った。ドニの厚かましさがデイジーに伝染したかのようだ。
「アーダ、私にも、同じものを」
執事は、かしこまりましたと答え、部屋を出ていった。
「そもそも人狼、ウルフマンとは古龍の森の一翼を担う部族で、外に開かれた唯一部族でもある。簡単に言うと、それを良しとしない派閥と、もっと解放すべきという派閥が争っている。今の族長ナタン様は慎重派、その息子、この街を収めているんだが、コームは積極派だ」
コーム、どっかで聞いた言葉だ。
「親子で揉めているということですか」
「そうだ。部族を2つに割ってどうするつもりなのか。あの二人を見ていると、誇り高きウルフマンというよりは、馬鹿なエンプや根暗なリザードマンのほうがマシだと思えてくる。ほんとうに部族を2つに割ってしまったら、古龍様になんと申し開きしていいものやら」
「ロアさんはどっち派なんですか」
「私は、父にも兄にもつかない」
「え、ちょっとまってください。父ってだれですか」
「説明していなかったな。私は族長の娘だ。だから、私から見たら父と兄が争っているわけだ」
「ええ、ロアさんってそんなに偉い人なんですか」
「私はえらくない。こんな屋敷に住まわせてもらっているからそう見えるだけで、私としては、もっと普通の家で暮らしたい」
「でも、羨ましいです」
話が脱線しそうなので、俺が口を挟んだ。
「ロアさん、すみません。どっちにもつかないという選択は、本当に可能なのでしょうか」
「私の考えは、いうなれば中止派ということだよ」
「何を中止するのですか?」
「そんなの決まっている。貿易自体を中止する。つまり、
「そんなことができるんですか」
「できるだろう。古龍の森の他の部族は貿易などやってないんだから。それに、度々この三角州内では、凶悪事件が起きる」
「凶悪事件とは?」
「女子供が行方不明になったり、何者によって、我々の同胞が殺されたりする」
それは貿易とは関係なさそうだが。率直に質問を投げかけてみる。
「それは、貿易とは関係ないのでは?」
「それが大アリなのだ。君たちは知らないかも知れないが、多少の傷なら、我々はすぐに治癒してしまう。もちろん切断されれば、魔法をつかうしかないが。まあ、ナイフの刺し傷ぐらいなら、傷口をなめて終わりだ。ただし、だ。銀製品でつけられた傷は、別だ。我々も、銀製品でできた傷は直せない。君たちも船で入港したとき、荷物検査を受けただろう」
しらっと嘘をつく。
「はい」
「いかなる銀製品も持ち込み禁止だ。誰でもこの都市に入っていいことになっているが、私達の天敵、ヴァンパイアと
「
「
「そんなこと僕たちに話して大丈夫なんですか」
「大丈夫だよ。公然の秘密というやつだ」
「でも、見分けられるんですか」
「
そうか、入港のときに一人ずつ小屋に入っていたのは、このためだったのか。
「ヴァンパイアは、日中は現れないし、古龍の森にはいないから、実は、そんなに問題じゃないんだ。夜中なら、私達のほうがヴァンパイアより強いしね」
自慢げだ。どっちが強いかは、ヴァンパイアの意見も聞かなければならないのだろうが、少なくとも、ロアには自信があるのだろう。
「そんな我々が、殺されて発見されるということは、誰かが銀製品を持ち込んだにちがいない。もしくは、もうすでに
ロアの眉間にシワが寄った。
デイジーは、そんなロアの憂鬱に
「道場は、何の道場なんですか」
「人狼拳の道場だ。私が師範を努めている。自分で言うのも何だが、人狼拳は究極の格闘技だ」
これが、ロアの力と自信の源泉なのだろう。
すかさずデイジーは目を輝かせてロアに尋ねた。
「だれでも教われるんですか」
「まあ、やる気があればだが。基本、ウルフマン族しか教えない。なんせ、高い身体能力を必要とするからね」
「あたし、少し身体能力に自信があるんです」
デイジーは、ロアの手をとり、頭を下げた。
「弟子にしてください」
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