第50話 ウルフマン
ドニに銅貨2枚を渡した。
ドニにどんな魂胆があって、俺達に近づいてきたのかわからないが、このまま返すわけには行かない。
俺たちに何か危害を加えるつもりは無いようだが、すこしでも彼から情報を引き出したいと思ったからだ。
デイジーは、念話で、不平不満をぶちまけていたが、俺はなだめすかした。
ドニは嬉しそに、登ってきた坂とは反対側の坂を下っていった。
そこは、果樹園のようだった。
植えられている果樹の種類も豊富で、小さな青い実をつけているもの、熟して食べごろになった実もなっていた。
子供たちがなだかにカーブする坂道を駆け上がってきた。
その後方から母親らしき数人のグループがゆっくり登って来た。
みんなウルフマン族の衣装に身を包んでいた。朝食でも食べ終わって、散歩にでもでてきたのだろう。
一番先頭の男の子が俺をみてニヤリと笑った。
すると、近くのりんごのような赤い木の実をつけた木に登った。
猿のような身のこなしだった。
その男の子のあまりの運動神経の良さに見惚れていると、男の子が赤い木の実をもいで、俺に投げつけるような仕草をした。
俺は反射的に両手で顔を防御した。
男の子は、弱虫、と言って笑った。
チロが威嚇のため吠えた。
こんどは男の子はチロめがけて赤い木の実を投げようと振りかぶった。
今度はマジで当てるつもりかもしれない。
俺は、チロを守るためにチロを抱きかかえ覆いかぶさった。
女性の一人が叫んだ。
「こら、」
一瞬の間があり、何かが木から落ちた。
振り返ると、男の子が背中から落ちていた。息ができないのかうめき声がもれ出た。
母親らしき女性が、先程まで男の子が立っていた木の枝から飛び降りた。
俺たちの前に立ち、頭を下げた
「うちの息子が、大変、申し訳ございません」
母親たちとこの男の子との距離を思い出そうと振り返った。
まだ、他の母親たちは、坂の途中でこちらの様子を見守っていた。
「なんと、お詫びして良いのか」
目算で、まだ200歩はあった。
男の子が木にのぼり、木の実をチロに投げようとするまで何分もかからなかったはずだ。
そんなわずかな間に、この母親は、その距離を詰めて、木の上の子供を木の下に落としたのだ。
子の運動能力もさることながら、親はさらに運動能力が高い。
これが、ウルフマン族か。
俺が、そんことで関心しているあいだにドニが母親と示談交渉を始めていた。
ウルフマン族の母子たちが遠ざかっていった。
ドニが自慢げに言った。
「よかったですね、トムさん。まさか、朝食が無料になるとはね」
お詫びの印として、ドニは、今から朝食を食べにいく店の代金3人分をせしめて見せた。
デイジーが明らかに不満げに俺を見つめて念話で話しかけてきた。
(あたし、この人と朝食を食べる気がしない)
まあ、本音を言えば俺もこれ以上関わりたくはない。
(この一食だけはがまん)
俺は、デイジーに目配せして謝った。
デイジーは、頬を膨らまし、俺を見てから、チロと共に走りだした。
「先に、お店に行っている。この先でしょう」
ドニがデイジーの後ろ姿に声をかけた。
「海岸の方ですよ」
「待って、デイジー」
俺が呼び止めるのも聞かず遠ざかっていた。
「デイジーさんは、先程の男の子以上に元気ですな」
問題の元凶は、のんきなものだ。
デイジーにドニの相手をさせている間、この呪術石について考えようと思っていたのに、こんなシチュエーションでは考え込むわけにもいかない。
坂を下り終わると、道は二手に分かれていた。
一つは、なだらかで海の見える南に向かい、もう一つは比較的急な上り坂で東に向かっていた。
ドニは、何も言わず、南に向かった。
オールドシャッドの港も遠くに見えた。
デイジーが走って行ってしまってから、ドニの口数が極端に減った。
俺は、これ幸いとばかりに千里眼スキルで港の様子を観察した。
8つある桟橋に7隻の船がすでに入港していた。
一番手前に見える船から今まさに人々が下船していた。
下船した人が、8つの小さな小屋の前に列を作っていた。
小屋は、せいぜい3人入ればいっぱいになってしまうぐらいの大きさだ。
その中に順番に一人ずつ入っていく。
しばらくすると、小屋の後ろから出てきて、港と街を分ける門をくぐり街に出ていく。
つまりは、手荷物検査、もしくわ入管手続をあの建物でしているのだろう。
船の周りにいるのは商人ばかりではなかった。
ウルフマン族ではない武装した兵士たち、どの国かはわからないが、も忙しそうに行き来していた。
そうやって観察してみると、4隻が軍艦で、残りの3隻が商業船のようだ。
貿易港にしては、軍艦の数が多くないだろうか。
「トムさん、デイジーさんが手をふっていますよ」
ドニの言葉で、俺は我に返った。
確かに、白い砂浜と真っ青な海を背に、デイジーがこちらに手を振っていた。
チロも尻尾を振っていた。
海風が吹いてきて、気持ちがいい。
エーゲ海に面したリゾート地のようだ。もちろん旅行などしたことがないから、単純なイメージなのだが。それにしてもこんなきれいな景色を見られるなんて、まるで夢のようだ。
この世界に転生してきてから何度目になるかわからないが、一眼レフ、贅沢は言わない、携帯カメラでもいいのであれば良いのにと思った。
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