第49話 行商人ドニ

 ドニと名乗った男は、こちらが無視しているのにも関わらず話をつづけた。こいつは、ストーカーか。


「私と商売をしませんか。損はさせませんよ。ああ、自己紹介が遅れましたね。私ドニ、ドナール王国出身、20歳、独身、男性、もっか花嫁募集中でございます。2日前に、この港に着きました。初めての国外での行商で少し緊張しております。グナール王国の品を元手に、商売をしていきたいと思っていたやさき。まさかこれほどの出会いがあるとは。もしかして、朝食を食べる店をお探しでしょうか」


 デイジーが立ち止まった。


「お二人とも、この街は初めてでしょうか、出来れば案内させてください」


 デイジーがドニにすごんだ。


「おじさん、ほっといてください。これ以上、つきまとうと大声で叫びますよ」


 デイジーから見ればおじさんかもしれないが、まだ20歳でおじさんと呼ぶのは、ちと気の毒だ。


「おお、それは、お互い困りますよね」


 デイジーの反応が遅れた。


「どうして。何が?」


 ドニは、デイジーに一歩近づいてひそひそ話するように口に手を添えて話した。声のトーンが低くなった。


「だって、あなた達、あまり目立ちたくないでしょう」


 何者だ、こいつ。

 俺は、地獄耳で回りの様子を確認した。ココですぐにこの男をカクホするのは無理だ。人が多すぎた。


「そのかわいいワンちゃんよりも、あなたちのほうが何十倍も興味深い。隠しても無駄です。私の鼻は、おカネになる話しを嗅ぎ分けるのが得意なんです」


 何を知っているのか。目的はなんだろう。何はともあれ、ひと目のない森へ誘いだそう。

 俺は、念話でデイジーに話しかけた。


(こいつは、何かしら知っているらしい、森へ誘い出そう)

(そうしましょう)


 デイジーは回れ右をして、森の中の公園へ向かった。


「ああ、お嬢さん。そっちは森しかないですから、食事をするなら、こっち、こっち」


 ドニが右を指差した。

 その先に、小高い丘が見えた。

 本当は視界の効かない森の中がいいが、小高い丘でも反対側に回れば街からは見えなくなる。問題ないだろう。

 あまり、おかしなこだわりを見せては、警戒される。


(デイジー、あの丘でも大丈夫だ)


 デイジーは、誰に向けるとはなしにうなずき、小高い丘に方向転換した。

 俺は、ドニに話しかけながらデイジーのあとについていった。


「僕たちおカネもってないよ。ドニさんと商売できるわけないよ」

「商売を出来る出来ないは、置いておいて、私の今持っている商品を説明いたしましょう」


「ここでお店を広げるのは無理じゃない」

「そうですね、この先、丘の手前に広場があります。そこでどうでしょうか」


 ドニはうれしそうに、俺達の後についてきた。

 居住区を過ぎ、森の中に入った。人々のざわめきも遠のき、ドニの言う通り見晴らしのいい、広場に出た。


 しかし、ひと目が無いわけではない。もう少しひと目が届かないところがいい。

 ドニは、背中にしょった荷物を下ろし始めた。


「ここいらでいいでしょうね」

「ドニさん、僕たちが買えるかどうかわからないけど」


「もちろん、もちろんです」

「おすすめは、魔法玉セットです。魔力を使わずに、魔法が使えるすぐれもの」


 まじか。MP 0の俺には夢のようなアイテムではないか。


「黒い玉は、夜のとばり玉、この玉の付近だけ、夜がやってきます。逆にこの白い玉は、夜明け玉。白玉模様は雪玉。吹雪になります。この黄色と赤の玉は、要注意です。雷玉と火玉で、甚大な被害をひこ起こします。うかつに使えませんね」


 おい、そんなの売っていいのかよと心の中で突っ込む。


「こちらの茶色玉は、土玉で、土地を隆起させ小さな山を作ります。小さな山といいましても、あの丘よりもずっと大きいですけどね」


 まるで、実物を見たかのような話しぶりだ。


「どうです、すごいでしょう。どれも特別価格、あなた達だから一個金貨20枚にまけときます」


 目利きスキルで見る限り、どれも別格品だ。

 ホラじゃない。妥当な金額、いや安すぎるとさえ感じた。


「どこでこんな物を手にいれたんですか」

「おや、さすが坊っちゃん。お目が高い。これらの品が本物だと見抜きましたか。この街の人たちにも見せたんですが、そんなホラ話を金貨20枚で買えるかって、冷たいのなんの」


 しまった、はめられたのか。

 誘導尋問だったのか?


「でも、さすが坊っちゃん。一目で本物と見抜いたからこそ、どこで手に入れたかってきかれたんですよね」

「いや、ただなんとなく」


「でもね。これらの出どころは、商売上の秘密でして。お教えできません。ですが、然るべき対価をいただければ、お話できる範囲でお話しますけど」

「いや結構です」


 これ以上こいつに関わるのは止めたほうがいい。ドツボにはまりそうだ。


「そうですか、残念です。他にも色々知りたいことがお有りでしたら、ぜひ私にお尋ねください。然るべき対価をいただきますが、お調べいたしますよ」

「どうして、この犬の名前がチロだと思ったの?」

「それは、たまたま適当に言ったら当たっただけでして」


 ドニは、もう出したアイテムをしまい始めた。

 本気で僕たちにものを売りつけるつもりはなかったらしい。


「いや、私もいきなりこれらの品が売れるとは思っておりません」

「今日は、記念すべき出会いの日、私からこのお守り袋をプレゼントさせていただきます」


 そういうと、ドニは俺に神社のお守りのような袋を手渡した。


「僕たち、おカネもってないですよ」

「これは、私からのプレゼントです。無料で差し上げます。そう言えば、まだ名前をお聞きしていませんでしたね」


 俺たちは、簡単に自己紹介をした。もちろん予め取り決めておいたストーリだが。


「もし、何か困ったことがあったら、このお守り袋に願いを告げてくださいね」


 俺は、もらったお守り袋をしまうふりをして、すぐさまカクホした。

 袋の中身も知りたかったので個別カクホにした。


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通常品

特記事項 なし。

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呪術石

希少品

特記事項 通信

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 俺は、内心ニヤリと笑った。

 これで、ドニの尻尾を掴んだと思った。

 その時、突然デイジーのお腹が鳴った。デイジーがお腹を抑えて音を消そうと体を丸めた。


「私は、2日前に来て、街中を歩き回りましたから、大体、この付近のことは把握しました。デイジーさん、私がおすすめする店が、この先にありますから、どうでしょう、案内だけでもさせてください。今回は特別価格、銅貨2枚でどうでしょう」


 デイジーの顔は、恥ずかしさなのか、怒りのためか、真っ赤になってドニを睨んでいた。

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