第48話 オールドシャッド
朝焼けを静かにたっぷり楽しんだあと、チロとデイジーをカイホした。トムにヘンゲして一緒に森の中を散歩しながら繁華街を目指した。
チロは広々とした森の中を駆け回った。
俺は、デイジーに今後の予定を伝えた。
「ここに一泊して必要な物があれば買い揃えて、川の上流を目指そう。そうすれば迷わずオンディーヌ湖につけるはずだ」
「トムくんに任せるよ。早く足が治るといいね、チロ」
デイジーはチロに話かけた。
チロは、しっぽをふりながら、デイジーのもとにやってきた。
デイジーがチロの不安定な体を支えながら頭を掻いてやる。
ここまでの旅で、デイジーとチロは親友のように仲良しになっていた。
「僕にはデイジーの必要なものなんてわからないんだから、自分で買い揃えてほしい」
俺は、地獄耳と反響定位で辺りに誰もいないことを確認してから上質な毛布をカイホした。デイジーの日用品と数枚の古銭金貨は、まとめて上質な毛布にくるんであったからだ。
「トムくん、こんなところで広げて大丈夫?」
「大丈夫。周りに誰もいない。ここまでの旅行で、足りない、不便だと思うものもあったはずだ。これからいつ補給できるかわからないんだから、ちゃんと準備しないと。僕は、あっちにいるから」
「ねえ。ハーマン商会の旗を掲げた船が停泊していたんでしょう。大丈夫かしら」
たしかに昨夜の偵察飛行で、ハーマン商会の船が港に停泊しているのを確認していた。
「中をちょっと調べたけど、僕が沈めた船じゃなかった。積荷は、たしかに違法なものも混じっていたけど、ここで問題を起こすのは得策じゃないので、そのままにしておいた」
「違法な積荷って?」
「知らないほうがいい。ルフの船が沈んだことが噂になっているかもしれないし、もしかしたら関係者がいるかもしれないから、あまり目立った行動は謹んだほうが良いのは確かだね。まあ、人口も多そうだから、喧嘩とかしなければ見つかることはないだろうけど」
俺は、デイジーが荷物の確認をしている間、少し離れた木によりかかり、ぼんやりと空を見上げた。
雲が風に流され、通り過ぎていく。森の中を吹く風は、海が近いというのに、カラッとしていて気持ち良い。
「トムくん、確認、終わった」
デイジーが、手を上げて俺を呼んだ。
「ねえ、デイジー。もっとお姉さんらしくしてくれないと。呼び捨てでいいよ。弟と旅しているという設定なんだから」
「ごめんごめん、ついついね。だって本当のことを知っていたら、とてもそんな態度をとれないじゃない」
「もう一度、設定を確認しておくよ。僕たちは、宝探しをしている父を追っている姉弟だ。大道芸人として、旅を続けている、母親は死別していない。いいね」
「はい、わかりました」
「もっとお姉さんらしくね」
「だって、弟なんて初めてなんだもん」
俺は、毛布をカクホした。
「さあ、それじゃ買い物に行こう。言葉遣いに気をつけよう」
「頑張る」
俺たちは、森を抜けて居住区を海岸に向かって進んだ。
ウルフマン族の老若男女も家の中から出てくると、同じく海岸に向かって歩いていく。
俺は、盗み見するようにウルフマンたちを観察した。
みんな紺染めの薄手の生地で作られた半袖半ズボンを着ている。絞り染めのようで独特な文様が印象的だ。どの生地をみても同じ柄は見当たらない。さらに、襟袖口にあて布や刺繍が施されていて、芸術性を感じてしまう。
お土産に、一着購入したいぐらいだ。
花火大会に浴衣の代わりに着ていったら、人気者になれそうだ。
足もとは草履を突っかけるように履いていて、これからビーチでのんびりバカンスを過ごすような雰囲気だ。
しかし、彼らの手足の筋肉は非常に発達していた。肌が日焼けしているので余計たくましく見えた。
顔の彫りはトムやデイジーよりも若干深いが、外観上ほとんど人族と見分けはつかなかった。
柵が見えてきた。その先は繁華街で、海岸へと続いている。
柵を超えると昨夜は見かけなかった屋台が道沿いに並んでいた。
どの屋台にも朝飯を食べるウルフマンたちでごった返していた。
デイジーが念話で話しかけてきた。
(ウルフマンたちは、みんな朝食を外食にするのね)
(そのようだ。俺たちもどこかで朝食をとろう。デイジーが食べたいものでいいよ)
この言葉が
ハーマン商会の船を気にしていたことなど、すっかり忘れてしまったかのように、屋台を楽しそうに覗いてまわり、一向に食べるものが決まらなかった。
「ねえ、トム。どれも美味しそうで決められない」
たしかに料理のレベル、食材の豊富さ、素材の新鮮さ、どれをとってもロッカよりもレベルが上だった。
これらの屋台料理を見れば、オールドシャッドの繁栄の度合いが知れようというものだ。
ここなら、古龍の森から出ずに、小麦粉も油も手に入っただろう。
そうすれば、トムを死なせることもなかった。
「また、トム。暗い顔している」
俺の背中をデイジーが元気を出してと叩いた。
そんなに暗い顔をしていただろうか。
「そんなことは、ないよ。それよりも何を食べるか早く決めよう」
「迷うわね、トムは何か食べたいものはないの?」
「坊っちゃん、お嬢さん、こんにちは」
道の真ん中で話していた俺たちに、ずんぐりむっくりしたおじさんが話しかけてきた。
「すみません」
俺はてっきり道を空けろと言われたのかと思い、デイジーの肘を掴んで道の脇に寄った。
「随分珍しいワンちゃんをお連れで」
俺は、脊髄反射的に、カッとなり、言い返した。
「三本足で何が悪いんですか」
「三本足が珍しいんじゃないんです。すみません、言葉が足りなかったようです。私は、鼻がどうも他人よりも効くらしいんです。その私の鼻が、このお犬さまは貴重だと教えてくれているんです、ねえ、チロさん」
どうしてチロの名前を知っている?。
俺は、柵を超えてからの会話を思い返した。
俺は一度もチロと呼んだ覚えはない。デイジーもチロと呼んでいないはずだ。
この男は、どこでチロの名前を聞いたのだろうか。
考えられるのは、森を散策していたときだが、人の気配はなかった。反響定位でも人影は見当たらなかった。
俺はどこかでこのおじさんを見かけただろうか?
着ている服は、ウルフマン族のものではない。頭に麦わら帽子をかぶり、背中に大きな荷物をしょっていた。
身長は低く、短足だが、肩は張っており、頑丈そうだ。
肌は日焼けして色黒だが、小ジワなどなく張りがあり、はじめおじさんだと思ったが、以外と若いのかもしれない。
なんと言っても興味を引くのは、目と鼻だった。
目はどんぐり
鼻は鷲鼻で、他の顔のパーツに比べて非常に大きい。
一言で言えば、一度見たら忘れない顔をしていた。
この男を見忘れるわけがない。俺たちはこの男にずっとみはられていたのだろうか?
いつから?
そしてなぜ、今、接触してきたのだろうか。
俺は、思考により生じた空白を埋めようと早口で質問した。
「どうしてチロの名前をしっているの?」
「おや、当たりましたか、そんな気がしただけでして。それで、お譲りいただけましょうか」
「友達を売るわけないでしょう。馬鹿にしないでください」
この男の言葉は、いちいち気に障る。
デイジーが袖を引いた。
「トム、行くわよ」
「う、うん」
デイジーは、商売人だったころの癖だろうか男に軽く会釈すると歩き始めた。
俺とチロもその後ろに続いた。
驚いたことに、俺の後ろをこの男はついてきて、ひとりで話を始めた。
「私、ドニと言います」
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