第47話 真夜中の逢引き

 アズーに別れの挨拶をした後、海からウルフマンの築いたという港街を目指すことにした。

 

 海鳥にヘンゲし、海の上をゆうゆうと風にのって飛んだ。

 デイジーはカクホしていたが、ネックレスはずっと口にくわえたままだった。

 

 もと来た道を戻っても良かったのだが、海鳥のほうが小鳥や鳥に比べ体も大きくネックレスを運ぶのも楽だと判断した。

 

 もう一度、トムの村の近くを通ることに深層心理的に抵抗があったのかもしれない。

 

 羽ばたきをせず、風に乗って移動するという経験は、これまで経験したことがなかったが、たいへん面白いものだった。ハンググライダーやパラグライダーを楽しむ人の気持ちが理解できた。

 

 何日目かの夜がやってきた。

 森の闇と海の闇のはざまに、一点だけ光が灯っていた。

 

 まるで、灯台の光のように見えた。否が応でもその光に吸い寄せられていった。

 

 そのようにして、俺はウルフマン達が築いた港街オールドシャッドに到着した。

 これまでの経験を生かして、すぐには近づかなかった。

 まずは街の様子を知るために上空から観察した。

 

 街の東西を流れる2つ川と南側の海に囲まれた三角州の中にいくつかの集落が点在していた。

 オールドシャッドは、三角州の中で最大の集落だった。

 

 三角州全体は塀で囲まれていて、人の出入りを拒んでいるように見えた。

 実際、川のどこにもに橋は架かっていなかった。

 

 もし、塀を乗り越え、西側の川を渡りきったとしても、その先は湿地帯となっており、人が歩けるような土地ではなかった。一部歩けるところは大抵リザードマン達の集落に繋がっており、すぐに見つかってしまうだろう。そしてリザードマンたちは、外部の者たちに対して友好的ではない。

 

 東側はさらに難しそうで、塀を乗り越えたあと、急峻な崖を一旦降りて、川を渡り、さらにまた急峻な崖を登らないとならない。その先は道なき森、ジャングルだった。

 

 唯一、三角形の北側の頂点部分に位置する場所に、門と詰め所があり、その先に何艘かの渡舟わたしぶねが係留されていた。そこからならウルフマン領の奥へ入ることができそうであった。

 

 ただし、ここの警備は厳重で、真夜中にも関わらず、松明の明かりが周りを照らし出し、武装した男たちが多数待機していた。

 

 敵の侵入に備えるためだろうか、それとも森に入るのを防ぐためか、とにかく寝ずの番らしい。

 

 オールドシャッドに目を移すと、こちらも不夜城とも言うべき光景が広がっていた。

 

 オールドシャッドは、三角州の南側の底辺に位置する海岸線に沿って作られた町だ。若干、西側の川寄りに位置していた。

 

 あたりは静寂と漆黒の闇に包まれていたが、この集落だけは、昼間のように明るくにぎやかだった。

 

 デイジーたちが暮らしていた港街ロッカには、街の象徴のようにそびえ立つ城があったが、オールドシャッドには、そのような巨大な建物はなかった。

 

 港に船舶している船の数は、ロッカよりも多い。さらに、入港を待つ船が沖に待機していた。

 

 オールドシャッドの街は、おおよそ長方形の形をしていた。いかにも人工的に作られた街という印象だ。街は柵で大きく分けて3つの区域に分けられていた。

 

 分けられてはいるが、それぞれの区域の出入りを監視するような番人やら、出入りを制限するための門などはなかったから、自由に行き来できるようであった。

 

 海岸を含む南側の区域は、盛り場のようだ。酒に酔い、男たちの威勢のよい会話や女達の楽しそうな笑い声に包まれていた。波音もその笑いやにぎやかさに輪をかけていた。

 

 そのすぐ北側の区域は、居住区で民家が並んでいた。エンプ族の家と同じように質素な作りで、今は寝静まっていた。

 

 さらに北上すると、そこは整備された公園、森林公園のような趣の森が広がっていた。

 

 明らかに、三角州の外側の森とは違い、遊歩道や広場が所々に設置され、手入れされていることがわかった。

 手つかずの森の中よりも、静寂で、神聖な雰囲気だ。

 

 それは、木々が剪定され、雑草が取り除かれ管理されているためだろうか、それとも不意に襲い来るモンスターたちの心配をしなくてよいためだろうか。

 

 俺は、その森林公園内の木の天辺に羽を休め、朝日が登ってくるのを心待ちに待った。きっと、素晴らしい朝焼けが見れるに違いない。

 しばらくすると、俺の真下に誰かがやってきた。

 追って、別の誰かもやってきた。

 二人は、どうやらカップルのようだ。


 こんな真夜中に逢引とは、けしからん。

 幸せな二人の語らいなど聞きたくもないが、自然と耳に届いてしまう音は、防ぎようがない。


「会いたかった、エメ」

「私もです、カムディ王子」


「王子はやめてくれ、ここで会う時だけは、立場を抜きにして、一人の男として会いたい」

「はい、カムディ」


 いきなり、王子登場?

 ウルフマン族は、王政なのか。確か、エルフ族には王がいるとマオラが言っていたから、ウルフマン族が王政でも、おかしくない。それにしても、王族が、こんな辺鄙なところで、こそこそ逢引とは。これは、つまり、道ならぬ恋というものか。


「エメ。僕は、今夜、夜が明けたら、君の両親とコーム様に結婚の許しをもらいに行くつもりだ」

「私が、カムディ様と結婚」


「そうだ。どうしたエメ。うれしくないのか」

「うれしいです。とっても。でも、私はウルフマン族。人族とは結婚できません」


「僕は、君を愛している。君は、僕を愛してくれないのか」

「そんなことは、ございません。ですが、身分も、種族も、地位も、何もかもが釣り合いません。私は、こうして、たまにカムディ様とお会いできるだけで満足です」


「心配することはない。そのために、実質この街の支配をしているコーム様に揉め事にならぬように手を回しておくつもりだ」

「やはり、いけません。カムディ様。私のような女と結婚されても、なんの利益ももたらさないでしょう」


「もし、必要なら、僕はこの地にとどまるつもりだ。一生、この港街で生きていこう。どうせ僕は第二王子だ。父も凡庸な私に何も期待はかけていらっしゃらない」

「それでも、やはり、無理というものです。カムディがほんとに私との結婚を望むなら、私が里を出ます」


「それは、いけない。ウルフマンの里抜けは重罪だと聞いた」

「はい、ですが、ひとつだけ方法がございます」


「なんと。本当か」

「はい、それは、西の川を越えたリザードマンたちの領地に生える蓮の実を食べることです。そうすれば、私のウルフマンの血は封印されます。そして、その行為は我らにとって、禁忌。きっと里から追放されるでしょう」


「よし、それでは、僕がその蓮の実を取ってこよう」

「でも、やはり、それはいけません」


「もう、その話は終わりだ。これから、二人のバラ色の未来について、話し合おう」


 女性は十分、それまでも未来について話していたと思うが、王子さまには、受け止めきれなかったようだ。

 俺は、キョウコとの会話を思い出した。


「いつだって、キョウコは現実的だ」

「腕があるんだから、荷物を整理して別天地をさがすべきよ」


 確かに、今になって見れば、そうだったのかも知れない。俺は、いつだって馬鹿だ。


 俺は、いたたまれなくなって、声の聞こえないところを目指して飛び立った。

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