第45話 別れ
夜明け前の朝もやがかかった森の中を九人の少女たちが進んでいく。
やがて、水車小屋とその隣の小屋が見えてきた。
少女たちの歩く速度が幾分早くなった。先頭を歩く少女が小屋のドアをノックした。
小屋にアズーがいることは確認済みだ。
しばらくしてアズーが出てきた。夜明け前から自分の家の玄関に九人もの少女があらわれたことに驚いていた。
それはそうだろう。
先頭の少女が、手紙とずっしりと重い革袋を渡した。
手紙には、デイジーと同じようにこの少女たちが人身売買の商品として捕まっていたこと、少女たちにもたせた袋には、遺跡から手に入れた古銭金貨が入っていること、そのカネでどうか少女たちの身の振り方を考えてほしいこと、デイジーは無事だが、すでに旅にでたこと、小麦粉と油は勝手ながらいただいたことなどを書き記されていた。
最後に、デイジーのサインが書かれていた。
アズーは手紙を読み終わると、笑顔で少女たちを家の中に招き入れた。
ドアを閉める前に、アズーは、森を見渡した。一瞬、俺と目が合った。
それでも、ハエにヘンゲしている俺にアズーが気づくはずはない。
俺はすぐさま木の幹から飛び立った。
長いは無用だ。
俺は、デイジーの待つ場所に向かいながら、海面に出たときのことを思い出した。
海面に出たときにはすっかり夜になっていた。
船は何処にも見当たらなかった。
漂流しているであろう乗組員たちのボートも見えなかった。
俺は、海鳥にヘンゲしネックレスを口で加え、波に揺られながら海の上に浮かんだ。
そういう状態になって、やっと思いがけず自分がレベルアップしてしまったことを認識した。後悔の念が湧き上がってきた。
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アイテムブック
保管数 94品
カイホ
距離 8歩以内
地獄耳
犬並み ( 5万ヘルツ、1km圏内 )
聞香
16歩
反響定位
80歩
千里眼
4000歩
レベルアップ条件
保管アイテム80品
希少品数12品
別格品5品
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希少品12品も、別格品5品もまだまだ余裕がある。これまで、四苦八苦したアイテム管理から少しの間、開放されそうだ。
波に揺られながら、レベルアップとは言うけれど、これが進歩なのか、それとも退化なのか、考えた。
考えたが、何も結論は得られなかった。ただはっきりしているのは、俺はうかつだということと、今ある能力で生き抜くしかないということだった。
森の隙間を縫って届いた朝日が目に入り、我に返った。
現在の保管数を確認した。少女達をカイホしたので、保管数は86品だった。
別格としてはレイスがあるが、希少品扱いの少女たちが9人が抜けたので、希少品数が5に減った。そのため、希少品数がレベルアップの条件を満たしていない。
これからしばらくは希少品の数に気を配っていけば、レベルアップは防げるだろう。
フード付きマントを羽織り、木によりかかっているデージーの姿が見えてきた。
俺はトムにヘンゲして、足音をわざと立てて近づいた。
デイジーが鼻をすすった。目も真っ赤だ。袖で、涙を拭った。
(終わったよ。これでいいのかい。お別れの挨拶ぐらいしてきたら)
(いやよ。今度、会うときは、ずっと成長した姿を見せると決めたらから)
(神獣様も準備は終わったの)
デイジーは、俺の正体が神獣カーバンクルだ教えてから神獣様と呼ぶようになった。
デイジーに正体を明かすのには勇気が必要だったが、これから一緒に旅をするにあたり、俺と旅する困難さと危険度に関して正確に知っておいたほうがいいと思ったし、もしもの場合、俺はデイジーを見殺しにするかもしれないということを心から納得してもらう必要もあった。後戻りできない覚悟を求めたと言っても良い。
デイジーは、それらの情報を知っても付いてくると言った。
(旅の準備は終わった)
デイジーと旅するにあたり、必要な道具や食料を買い揃えた。パン酵母、干し肉、干し柿、水、薪、風呂敷、さらに俺は今回海で苦労したので、海の魚なども買い揃えた。正確に言えば、代金を置いて、勝手に店からカクホしてきた。ルフという魔族が所属しているハーマン商会に、俺たちが街に戻ったことは知られたくなかったからだ。
風呂敷は、キラーアイテムになる可能性がある。すぐに使う必要のない、たとえば今回で言えば、小麦粉や油などは、風呂敷で包んでしまえば、保管数の節約になる。ただし、これも良し悪しだ。
たとえば、海の中でどれか一つアイテムを捨てる必要ができた場合、風呂敷しか選択肢がなければ、一気に多くのアイテムを失うことになる。さらに、風呂敷にしまったものはすぐには取り出せない。取り出すときの時間と場所も選ぶ必要がある。つまり、使い勝手が犠牲となる。だから、風呂敷に入れるアイテムはやはり慎重に選ぶ必要がある。
(ところで、神獣様と呼ぶのはやめてほしい)
(じゃあ、どう呼べばいいの)
(年齢差から言っても、呼び捨てでいいよ)
(でも、神獣様を呼び捨てにするのは、こっちの気持ちが落ち着かない。何か、バチがあたりそう)
(バチなんてあたるものか。今まで通りトムくんと呼ぶより、トムと呼び捨てのほうがいい。年齢的に言ったら、デイジーがお姉さんで、俺が弟だから。そのほうがより自然だ。顔が似てないと言われたら、母親が違うことにしよう)
(結構、すごい家庭ね)
(大丈夫。その線でいこう。細かいことは、その都度考えよう)
(わかった。トム、ところであの魔族は、死んだのかしら)
(たぶん、生きている)
(また襲ってくるかしら)
(さあ、わからないが、襲ってくると思っていたらいいと思う)
(そうよね。そのほうがいい。少しずつ少しずつ力が使えるようになっていきているの。こんど、ヤツに襲われたら、ギャフンと言わせてやる)
そういうと、デイジーは手のひらを広げて、6歩ぐらい先の木立に向かって手のひらから電撃を飛ばした。
電撃は木立に人差し指ほどの太さの穴を開けた。穴は貫通し、その表面は、黒く炭化していた。
魔法には詳しくないが、いつか古龍の森で出会った4人組の冒険者たちは、呪文を唱えていなかったか?
もしこの世界で魔法を使うのに、呪文が必要なら、いまデイジーがしてみせたことは、無詠唱魔法ということだ。きっと難度は高いにちがいない。
デイジーを見ると、小鼻を膨らまして自慢気にふんぞり返っていた。
(できれば、逃げよう)
(え、何?)
(魔族に襲われたら、全力で逃げよう。僕は、こうみえても平和主義者なんだ。争いは好まない)
(いいわ、それがトムの命令なら)
(僕としては、まずは危険な目に出会わないようにしたい。今回は、たまたまラッキーだっただけだ。次も同じようにうまく逃げられるとは限らない。つまり、コソコソ注意深く逃げ回りたい。だから目立つ行動はこれから謹んでほしい。声は小さく、態度も小さく、おしとやかで、物静かで。そして、今後、人前での電撃の使用は禁止だ)
(いろいろ、大変そう。でも頑張ってみる)
頑張るじゃない。あの電撃一発浴びたら、こっちがお陀仏だ。
(俺が使えというまで絶対使用禁止だ)
(わかりました。でも他の能力はどうするの)
(他にもあるのか)
(あるみたい)
(まあ、それはその都度、使えるようになってから考えよう)
(わかったわ。トム。さあ、それじゃ元気だして行きましょう)
デイジーは、一度アズーの住む小屋の方向をちらっと見てから歩き始めた。
(トム、ところで古龍の森ってどっち?)
まったく先が思いやられる。
俺は小鳥にヘンゲし、デイジーの肩の上にとまった。
(道も知らないのに、先に行くな。俺についこい)
俺はそう言って、朝もやがはれた空に向かって飛び立った。
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