第44話 脱出

 荷物の上からデイジーに声をかけた。


(デイジー、聞こえるかい)

(ええ、聞こえる)


(これから、僕が猫の姿になって、足元にあらわれるから、少し足元を開けてくれないか)

(猫になれるの?)


(そうだよ。いいかい)

(ええ、ちょと待って)


 デイジーが膝をかかえ背中を丸めた。足元に少しのスペースができた。

 俺はまず、ハエにヘンゲして、下まで降り、ついで猫にヘンゲした。


 俺が予告通り現れたことを教えるため、胴体をデイジーの足にかるく押しつけた。俺が声をかける前にデイジーは猫である俺を抱えあげ抱きしめた。


 デイジーの高鳴る鼓動が聞こえた。手や体は震えていた。

 それはそうだろう。一番奥に隠れていたとはいえ、明らかに荷物をどかそうとする水夫たちの声が聞こえているのだから。


(デイジー、済まないが、ネックレスを外して僕の首に巻いてほしい)


 デイジーは俺の言う通りネックレスを俺の首に巻いた。


(それじゃ、目をつぶって)

(はい)


 デイジーをカクホした。

 後は逃げるだけだ。もと来た道を逆戻りする。途中で、船倉入口で腕組みしているルフの姿が思い浮かんだ。


 ネックレスをしたままルフの目の前を通り過ぎる勇気はない。

 しかし、ここにとどまることもできない。


 船体に裂け目ができたというのに、荷物をどける作業は続いていた。きっとコイツラの頭はイカれている。もしくは、ルフがそれほどまでに怖いのか?


 ルフの気をそらすことはできないだろうか。

 この船が沈没することが確定したのなら、きっとルフも船員たちも逃げる準備をするにちがいない。


 一番手っ取り早いのは船底に穴をあけることだ。

 だが、デイジーをカクホしたことにより、アイテムブックの保存数が上限に達したままだったのでこのままではカクホできなかった。


 まず、どれかアイテムを捨てなければならない。


 俺は今日何度目だろうか、どれをすてるかアイテムブックを睨んで考えた。


ヤシシ

上質毛布

ハナハチ

ゼラ草

ハナハエ

綿入れクッション

床板

トラカイ石

木の桶

ひしゃく

クス草

木のハシゴ

棍棒

虫取り編み

鉄板

マンヒ石

泥炭

湖の水

網袋

サンサイ草

ビテ草

クロー草

フー草

ブーリン草

ボルバ茸

レピ茸

エスカ茸

バジーナ茸

エイジ茸

カビー茸

プウスの実

ナサムの実

セフォー茸

グロバー犬

金貨

銀貨

銅貨

豚肉

ルリスズメ

ピヨンド

大黒蜘蛛の糸

ウライガイ

煮豆

アオヒトメクサ

虫除けの石

清光の石

ダイヤモネリ

カダヤシ魚

人族(トム)

シキノミ

イカスミ

ガラス瓶

釣り糸

釣針

漁網

鉛の錘

釣竿

熊よけの鈴

ナイフ

陶器のコップ

陶器の皿

魚の燻製

ソーセージ

ライ麦粉

黒パン

胡椒

唐辛子

果実酢

ろうそく

マッチ

魚油

ラード

火打ち石

蒸留酒

レイス

人族

人族

人族

人族

人族

人族

人族

人族

人族

麻袋

デゥサリミン猫

ネズミ

ペト猫

ワーウ鳥

人族(デイジー)


 草やキノコ類は効果のあるものばかりだし、食料と水は供物のために獲っておきたい。


 お金も必要だし、生き物はヘンゲするときに便利すぎて手放す気にはなれない。


 釣り竿や網、ナイフなどもサバイバルするときに便利そうだ。

 酒や調味料はこれから料理するのに必要だし、希少品は捨てるに忍びない。


 悩んでいると気がついた。イカスミはいらないだろう。イカスミパスタなんて食べないだろうし、水の中で煙幕として使うこともきっとない。


 後は暴れまわるだけだ。

 周りの麻袋をさらにカクホし作業用のスペースを作った。


 船底の板をカクホした。驚いたことに石がでてきた。船の重しなのだろう。


 面倒くさいが、一つ一つ石を取り除くとやっと、底が見えてきた。太い一本木が船の背骨のように見えた。


 これが竜骨というものしれない。カクホしてみた。

 船全体がミシミシ音をたてた。


 恐ろしくなってすぐに竜骨をカイホしたが、もう元通りにはならなかった。

 海水が底の板の隙間から噴水のように海水が溢れでてきた。

 逃げなくては。


 俺は甲板目指して逃げ出した。

 水夫たちも荷物を移動させるのを止めて、船の出す不気味な軋み音に耳を傾けていた。


 水夫の誰かが、叫んだ。


「船底から浸水している」


 海水が自分達の足を濡らし、それが下から上がってくることに気がついたのだ。みんな大慌てで逃げ出した。


 船倉の入口には、ルフはいなかった。

 運が回ってきたかと思ったが、甲板にでるとそこにルフが立っていた。

 ルフの手が俺を捕まえようと迫ってきた。


「この泥棒猫、そのネックレスはなんだ」


 俺は爪を立て、その手を叩いて逃げた。


「だれか、その猫を捕まえろ」


 ルフは叫びながら追ってきた。

 だが、水夫たちは、だれも反応しなかった。


 猫なんか捕まえている場合ではない。みんな沈みゆく船から逃げるのに必死なのだ。


 俺は、全速で駆け出し、海に向かってダイブした。

 海面にぶつかる直前、ハエにヘンゲして船体にとりついた。

頭上にルフの顔が現れ、海面を凝視していた。


 ああ、しまった。ネックレスが海に沈んでいく。

 頭上で「ルフ様、早く逃げましょう」と声がした。

 ルフの顔が引っ込んだ。

俺は、急いで小石にヘンゲして海に飛び込んだ。


 千里眼スキルでネックレスを追った。しかし、その差は埋まるどころかどんどん開いていく。

 深度に比例して海はどんどん暗くなった。夜目スキルがなければもう見えない。アイテムブックを探す。小石よりも重くて呼吸しなくて済むものはなにかないだろうか。


 釣り用の錘か、エンプの里を抜け出すときにカクホした鉄板があった。

 錘は紡錘形で素早く水の中を潜っていけそうだ。鉄板は平べったい形状だが、錘よりも重い。


 どっちだ。どっちがいい?

 悩んでいる間にもどんどんネックレスは沈んでいった。

 俺は、より重い鉄板にヘンゲした。


 落下速度はどんどん増したが、コースがずれ始めた。平たい形状のため、水の抵抗をうけて真っ直ぐ落下しない。急いで錘にヘンゲした。今度は、まっすぐ下に落下した。


 少しネックレスを追い越したところで、トムにヘンゲした。

 水圧のせいか、水温のせいか、めまいがした。意識が遠のく。ぼやける視界の中、ネックレスを掴んだ。


 上を見上げてみても、海面は見えなかった。

 息ができない。

 海水の冷たさで感覚がなくなった。

 どうやって海面まで上がる?

 俺は、朦朧とする意識の中、エンプの宝物殿から頂戴した床板をカイホし、しがみついた。

 これ以外、浮力があるものが思いつかなかった。


(おめでとうございます。レベルアップしました)


 俺は、ミラさんの声を無視した。余裕がまったくない。


 ネックレスを床板の上に置いて、小魚にヘンゲした。

 海水の冷たさは気にならなくなった。息苦しいが、呼吸はできた。

 ネックレスが床板から落ちないように微調整をした。


 流石さすがに淡水魚では海の中は辛い。しかし、長時間でなければ活動できそうだ。

 おれは、小石と小魚を交互にヘンゲを繰り替えし、ゆっくりと水面へと上昇していった。

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