第43話 脱出準備
猫にヘンゲして、荷物の上の隙間を使ってネックレスを運んだ。ネズミより断然効率がいい。
デイジーの頭上に到着した。
(デイジー、ネックレス持ってきたよ)
(トムくん、どこにいるの)
(デイジーの頭の上、これからネックレスを上から落とすから、拾って)
俺は、デイジーの返事を待たず、ネックレスを落とした。
ちょうどデイジーのスネ辺りにネックレスは落ちた。デイジーは、暗闇の中、手を動かし、ネックレスを受け取った。大事そうに抱きしめ、首から下げた。
(ありがとう)
(さて、これから逃げるための準備をするから、まだ、ここでじっとして動かないで)
(ほんとにありがとう、
(そんなことはないよ。しばらく時間がかかるかもしれないから、その間に、その雷獣の首輪を使いこなせるように頑張って)
(もちろん)
次の問題は、どうやってデイジーを陸地に運ぶかだ。
まずは甲板に向かおう。
猫の姿は便利だった。
船内ならどこでもフリーパスで移動できた。誰も猫のことなど気にしなかったし、不審にも思わなかった。
水夫たちは船中を駆け回り、消えた女の子達を探していた。水夫たちは苛立っており、お互いの苛立ちをぶつけ合って今にも喧嘩がはじまりそうな雰囲気だった。
いいぞ、もっとやれ。混乱すればするほど、こっちには都合がいい。
甲板に出た。
いつの間にか、日は傾き始めていた。陸地は見えなかった。
脱出用のボートが目に入る。
これにデイジーを載せるのはどうだろうか。
よく観察してみると、水夫が何人もオールを使って漕ぐような代物だ。二人で漕げるようなものではなかった。
頭上で海鳥が鳴いた。カモメかウミネコかは知識が乏しくて判別できない。こいつをカクホできればネックレスを首からぶら下げて、もしくは口に加えて陸地を目指せそうだ。
一歩、メインマストに向かって進むと海鳥は飛び立ってしまった。
しまった、自分が猫であることをすっかり忘れていた。
未練がましく海鳥の向かう先を見た。海面が一箇所だけ波立ち、そこに次々と海鳥たちが集まりだしていた。
水夫のだれかが、
のんびり釣りでもしたかなあ、とつぶやき、足早に去っていった。
海面を千里眼スキルで見てみると、魚が水面を飛び跳ねているように見えた。そのまま見ていると、今まさにその水面が盛り上がり、巨大な魚体が水面から飛び上がった。
シャチ、もしくは小型のクジラのような動物だった。
小魚の群れが、水面下では、大型の肉食魚に追われ、水面上ではカモメに狙われていたのだろう。
アイテムブックを眺めてみても、淡水魚しかストックがない。今見た海を泳ぐ動物でもカクホできれば陸地に近づける。
あの鳥山に小鳥や鳥にヘンゲして向かったら、変ではないだろうか。小鳥も鳥も森で暮らしている品種だ。それがいきなり、海の上で、鳥山に向かって行ったら、目立ちそうだ。また、ここでヘンゲするわけにも行かない。人の目がありすぎる。
躊躇している間にも、鳥山と船の距離がどんどん離れていった。
ラッキーなことに今度は何匹かの海鳥が再びメインマストに止まった。
今度は慎重にメインマストに向かう。
誰かが叫んだ。
「おい、船倉の荷物を動かすから捜索は終わりだ、手を貸せ」
まさか、デイジーの隠れ場所が見つかったのか。
でもどうやって。
可能性として一番考えられる原因は、ルフという魔族だ。あんな暗闇の、それも人が通れる道がないのに、あそこに隠れているなんて普通の人が気づけるわけがない。
どこまでも忌々しい奴だ。それにしつこい。
甲板上から人の気配が消えた。
俺は、思い切って小鳥にヘンゲし、マストにとまっている海鳥の隣に向かった。海鳥は、俺に注意を向けることなく、遠くの鳥山を見ていた。すかさず海鳥をカクホした。そして、今度はその海鳥にヘンゲした。
下に見える甲板を確認した。俺の技を見ているものは誰もいない。
海の上に出て、木の杭を捨ててた。
さすが海鳥。海の上での安定性がハンパない。
できれば、あの鳥山に近づいて、海の魚をカクホしておきたいが、そんな時間はなさそうだ。
船尾方向から船に近づく。
今から船倉に向かっても水夫たちが荷物を動かしているはずだ。今から救出に向かっても間に合わない可能性もある。何かひと手間掛ける必要がある。相手の戦力を分断する何かが必要だ。
デイジーが隠れいるのはどのへんだろうか。
きっと水面より下だ。
船底に穴を開けたとしたらものすごい勢いで海水が流入して、そこから外へは逃げられないだろう。最悪デイジーが溺れてしまう。
船の脇腹に穴を開けるのはどうだろうか。海水面より少し上の部分を少しだけカクホする。もちろん浸水するだろうが、急激に沈むことはないはずだ。水夫たちはその補修に追われることになるだろう。そうすれば、時間も稼げる。
よし、そうしよう。
現在のレベルでは、カクホできる距離は6歩以内だ。うまく船と並走する形で近づけばカクホできそうだ。
海面ギリギリまで近づき、水面近くの船の外装を一枚カクホした。
パックリと船の横に裂け目が口を開けた。思った以上に大きな穴だ。すぐさま板を捨てた。
我ながら無責任だと思うが、この穴は直せない。
その裂け目から次々と海水が波しぶきとともに船に入っていった。
船の中から叫び声が聞こえた。
「おおい、大変だ。側面に穴が開いて水が入ってくるぞ」
俺は、甲板に舞い降り、猫にヘンゲして、駆け足で船倉に向かった。
途中、水夫たちが割れ目を防ごうと悪戦苦闘していた。
船倉の入り口では、ルフが腕組みして進捗を見張っていた。
浸水していることなど眼中にないようだ。
ルフがぎろっと俺をにらんだ。
それはそうだろう。
猫の習性を知っていれば、こんな鉄火場みたいなところに猫がわざわざやってくることはないことは判断できる。
だが、ルフは何も言わなかった。猫に少しも興味がないのだろう。
俺は、素早く荷物の隙間に入って身を隠した。
海水はもちろん船倉にも溜まっていて、俺の足を濡らした。
まったくあの魔族も海水も忌々しい。
俺は猫だけが通れる場所を通ってデイジーの元にたどり着いた。
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