第42話 ネックレス

 俺がデイジーをカクホしようとすると、デイジーがちょっと待ってと言った。


(これから、この前、森の中を逃げていたときと同じことをやるのよね)

(そうだけど。大丈夫、命に別状はないから)


(できれは、その前に一言、合図をくれない?)

(どうして)


(あたしからするといきなり目の前の景色が変わるからとってもびっくりするの。だから目をつぶれというのはどうかしら)

(いいね。ルールその2、目をつぶれ、と僕が言ったら)


(私が、はい、と答える)

(それじゃいくよ、目をつぶれ)

(はい)


 呪文を唱える時間があるから、若干のタイムラグが生じるが、まあ仕方ない。俺は、なんとかデイジーをカクホした。


 これで最悪デイジーに危害が及ぶことはなくなった。ネックレスを諦めれば、今すぐにでも逃げ出せる。


 残ったネックレスを積荷の中に隠そうと部屋を出ようとしたら、扉に鍵がかかっていた。


 扉は簡単にカクホ可能だが、さすがに扉がなくなっていたら、逃げ出したことが簡単にばれてしまう。


 この船を沈没させるつもりなら床板をカクホしてしまうのも手だが、さすがにそんな度胸はない。


 残りは左右の隔壁か天井か。

 まずは、船の進行方向と逆の部屋の壁の一部をカクホした。


 部屋の外にも麻袋が高く積み上がっていた。このままでは先に進めない。

 ネックレスを一旦、床においてノミにヘンゲした。


 麻袋と麻袋の隙間を進んだ。

 船の最後尾まで進み、エイプ族の宝物殿近くでカクホした防虫効果のある草を捨てて麻袋を一括カクホした。麻袋をもう一つカクホしてみる。同じアイテムとして認識されたので、アイテムブックの保管数を増やさず、空きスペースを確保するのにちょうどいい。


 麻袋2列分をカクホした。ビルに囲まれた空き地という感じのスペースができた。荷崩れしないか不安だが、これ以上はやりようがない。


 そのスペースにデイジーをカイホした。


(目を開けていいよ)

(どこ、ここ。真っ暗で何も見えない。トムくん、どこにいるの?)


 俺は、夜目スキルがあったので、そんなに気にならなかったが、船尾には魔法のランタンは吊り下げられていなかったため暗闇だ。


(落ち着いて、デイジー。僕はすぐそばにいるよ)

(ねえ、ここはどこなの)


(船尾近く。荷物が積まれているその一番奥だ。人が入ってこられる道はないから、じっとしていれば見つからない。今から、脱出の準備をしてくるから、ここでじっとしていて欲しい)

(ネックレスは?)


(今、持ってくるよ)


 頭上で黒猫が鳴いた。

 上を見ると、猫の目だけが暗闇でこちらを見下ろしていた。


 なるほど、人が入り込めるスペースはないが、猫が通れるスペースはあるのだろう。


 俺は、急いで駆け上がった。こういう時ノミのジャンプ力は頼りになる。猫に気づかれることなく、毛の中に潜り込み、猫をカクホした。


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デゥサリミン猫。

通常品。

特記事項 別名 黒猫。

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 またどれかアイテムを捨てなければならない。どのアイテムも持っておけば何かのときに役に立つと思えてくる。どれを捨てていいのか、判断するのが難しい。


 まず、目に入ったのは、鍬と鋤だ。

 似たような道具だからどちらか一つ残せば十分のような気がする。

 今後必要になりそうなのはどっちだろう。畑仕事などしたことがないから、考えてもよくわからない。


 鍬と鋤をそれぞれ別個に取り出してみてた。眺めてみても、どちらがこれから有用なのかはわからなかった。俺は、えいやあで鋤を捨てることにした。


 猫にヘンゲして周りを見回すと、天井と積み上げられた荷物の間に猫が入り込めそうな隙間があちこちにあることがわかった。


 猫がねずみを捉えられるようにわざと猫が通れるぐらいの隙間をあけているかのようだ。


 次の問題は、どうやってネックレスをデイジーのもとまで届けるかだ。

 一度、監禁部屋に戻った。部屋から出入りするためには、ノミにヘンゲしなければならない。


 猫では体では部屋には入れない。

 ノミではネックレスは運べない。

 ノミよりも大きく、しかし猫より小さい生き物がいい。


 小動物が歩く足音がした。

 そうだ、ネズミだ。ネズミなら麻袋と麻袋の隙間を比較的簡単に移動できそうだ。


 俺は、さっそくネズミをカクホしオンディーヌ湖畔でひろった石を捨てた。

 思惑どおり、荷物の間も通れるし、ネックレスも運べる。

 ただし、ネックレスを手で持って運ぶわけではなかったし、比較的間隔の広い荷物と荷物の隙間を選んで通らなければならなかったので、いちいち曲がり角でネックレスが引っかかった。


 そのたびに、引っかかったところに戻り、引っ掛かりをなおさないといけない。猫にヘンゲできれば、もっと簡単に運べそうなのだが、猫にヘンゲできるスペースが無かった。コース取りを間違えた。もっと先を見通してコースを設定すればよかった。


 ネックレスを後ろ向きで引き、ネックレスが麻袋の角を曲がりきれず引っかかった。もう何度目かわからない。

ああ、もう、と怒りが爆発した時、いきなりお尻を何かで蹴り飛ばされた。


 俺は、転がった。何回転したかわからない。

 ミラさんが、緊迫した声で俺のHPを告げた。


(カーバンクル様、HP1です)


 腹から後ろ足にかけて痛みが走った。血が流れていた。

 元いた場所を見た。


 猫の目が光っていた。別の猫が待ち伏せしていたらし。猫は、トドメをさそうと飛びかかってきた。


 俺は、とっさに荷物の隙間に潜り込んだ。

 猫は、俺を引っ張り出そうと爪を立て隙間に手をいれて弄った。


 迂闊だった。この船には猫が一匹だけだと勝手に決めてかかっていた。

 俺は、猫の手から逃れるため、奥へ奥へと逃げた。血が止まらない。意識が朦朧とした。このままでは、出血で死んでしまう。


 他のアイテムにヘンゲすれば、傷は無かったことにならないだろうか。小石が出血しているなんて、変だ。一か八かノミにヘンゲしてみよう。うまく行けば、出血は止まるはずだ。


 俺は、ノミにヘンゲした。

 見事傷口はふさがった。ただし、HPは1のままだ。ちょっとした怪我でも死亡する。


 たしかHPを回復するアイテムがあったはずだ。アイテムブックを見ると、ボルバ茸がそれだった。ネズミにもう一度ヘンゲした。傷口も出血の跡も無かった。


 ボルバ茸をかじた。

 HPが2になった。


 ボルバ茸の在庫数はあと11個。

 完全回復も可能だが、ボルバ茸が少なくなくなると思うと不安だ。ケチ臭いが、もしもの場合にとっておきたい。


 俺は、さんざん迷って、もう2つだけボルバ茸を食べた。HPが4になった。


 二度あることは三度あるという。猫が二匹とは限らない。慎重に行動する必要がある。まず、地獄耳で他に猫がいないかどうか確認した。さらに、反響定位で待ち伏せしている猫がいないか確認した。辺りに三匹目はいないようだ。


 だが、三匹目の猫より悪い情報が聞こえてきた。


「おい、ガキどもが消えているぞ」


 水夫たちに女の子たちが逃げ出したことがバレてしまったようだ。デイジーが見つかる心配はほとんどないとは思うが、ゆっくりやっている場合でもなくなった。


 水夫たちの怒鳴り声が聞こえてきた。


「逃がすな。探せ、探し出せ」


 俺はノミにヘンゲした。

 猫に向かって全速力で近づいた。

 猫がこちらを見た。

 わかるのか?


 でも立ち止まっている暇はない。

 猫がノミの俺に向かって猫パンチを繰り出した。

 俺はそれをかいくぐった。

 猫の体の毛の中に潜り込んだ。

 よし、カクホカクホカクホカクホ。


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ペト猫。

通常品。

特記事項 なし。

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 猫二匹はいらないが、追い払う方法などすぐにはおもいつかなかったのだから仕方ない。

代わりに団扇をすて、アイテムブックを整理した。


 これでネックレスを安心して運べるというものだ。

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