第40話 拉致

 馬がいなないた。


 俺は、木枝にとまり、様子を伺った。昨夜の人に化けている魔族と、4人の水夫と思しき格好をした男たちが足元にいた。


 デイジーは気を失っていて、馬の背に括られていた。

 人に化けている魔族が命令した。


「丁重に運べよ」

「はい、ルフ様」

「出港まで、猿轡さるぐつわをかまして、逃げられないように船倉に閉じ込めておけ。俺は用事をすませるため、先に行く」


 デイジーを付け狙う魔族の男の名はルフというらしい。馬に鞭を入れ、手下とデイジーを置いて先に駆けていった。


 残された男たちは、こんな娘が好みなんかね、と囁き笑った。その碑やな笑い声が俺の神経をさかなでした。


 だが、迂闊に手は出せない。男たちはゆっくりと移動を始めた。俺は、男達のあとを追った。


 そうして今。俺は情けないことに海の上で波に揺られていた。


 小石となって、メインマストの中程にある見張り台のような場所にたたずんでいる。帆に風を受けて船は気持ちよさそうに海の上を進んでいく。海の青も空の青も澄んでいて深い色合いだ。


 もしこんな状況でないのなら、ずっとこの景色の変化を楽しんでいたい。出向直後は、下で慌ただしく働いていた水夫たちの動きも緩慢になり、のんびりとした雰囲気が漂っていた。


 デイジーは船の中に連れ込まれてしまった。

 するとそれが出港の合図だったかのように、水夫たちが慌ただしく働き始め、ルフが最後に乗り込み、船は出港してしまった。


 慎重に構えすぎて、デイジーを奪還するタイミングを完全に失ってしまったのだ。


 船に乗る直前、以前買い物をした露天のおばさんに、アズーへの言伝をなんとか頼むことができた。


 下手な言葉は、アズーを心配させてしまうだろうし、おばさんが信用できないわけじゃないが、詳しい説明は、やはり危険だと判断した。


 結局、すぐに帰ってきます、とだけ伝えて欲しいと頼んだ。

 陸地は、どんどんに遠ざかっていく。どこに向かうのかもわからない。どうしたものか。


 下を見ると1匹の黒猫が昼寝をしていた。ネズミ捕り要員なのだろうが、小動物にヘンゲするのには気をつけなければならないだろう。


 いつまでものんびりと潮風に吹かれているわけにはいかない。

 黒猫を刺激しないように、甲板に降下し、ノミにヘンゲした。


 夜になれば、ホカクしたばかりのレイスで船内を探索するのが簡単そうだが、まだ、日は高い。

 そもそも船倉とか言っていたが、船倉の場所、船の構造などわからない。


 ちょうど俺の目の前を水夫が通りすぎたので、そいつの頭に乗っかった。しばらくこのように他人の頭に乗っかって船内の様子を探るのも手だ。


 張り付いた男が、部屋の前に立ち止まり扉をノックした。中から入れ、と声がして部屋の中にはいった。


「船長、お呼びですかい」


 部屋の中には、男が二人、椅子に座って話をしていてた。

 机の椅子に座っている男が船長だろう。机の反対側には足を組んだルフがいた。


 俺は、ルフを睨んだ。

 ノミに睨まれたところで、蚊に刺されたほども痛みは感じないだろうが。

 船長が口を開いた。


「給仕係には伝えてある。船倉に放り込んでいる娘たちに食事を持っていけ。売り物に手を出すなよ」

「へい」


 俺は、船長を見つめた。

 こいつはルフと同じ、魔族が化けているのだろうか。それとも人族か?

 水夫がドアを閉めた。


 まあいい。どうせこの船に乗っているのは全員敵だ。

 水夫は、食事を持って、とは言っても水差しと硬そうな黒いパン数個だが、階段を降りていった。


 船内には魔法のランタンがところどころに吊り下げラていているが、薄暗い。

 夜目が効く俺ににしてみれば、十分な明るさだから問題ない。


 気をつけなければならないのは、船員たちよりも船内を巡回している猫だ。下手に見つかると命取りになりかねない。今も水夫の後を先程寝ていた黒猫が付いてきていた


 ノミの俺と目が合った。

 こいつは、できる。


 一番下の階に到着したようだ。

 この階は何枚かの隔壁で仕切られていた。隔壁と隔壁の間の空間には、荷物がギュウギュウに積み込まれていた。


 水夫は、荷物の一部をどかして作ったような通路を進んでいった。

 船の進行方向から察するに、船尾に向かっているようだ。

 隔壁を2枚通り過ぎた。


 荷物で作られた通路が途切れた。正面には荷物が壁のように積み上げられていた。行き止まりだ。


 ここより奥の荷物を取り出すためには、他の荷物を搬出しなければならないだろう。


 その突き当りの右手側には荷物ではなく扉があった。

 鍵を開け、水夫が中に入った。


 部屋の中にもランタンが一つだけ吊り下げられていて、ここにだけ物がない空間に鳴っていた。そのため、余計薄暗く感じられた。


 部屋の中には女の子10人が膝を抱え身を寄せ合っていた。彼女たちは、みな壁に鎖で繋がれて、恐怖の表情をうかべていた。


 ただ一人、デイジーだけがネックレスを握りしめ水夫を睨みつけていた。

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