第39話 デイジーの気持ち

「ここです」


 俺は、足元の地面を指差した。

 アズーがその地面を睨んだ。


 必死に叫んでいるアズーの目の前に出るときは緊張した。下手な言い訳をしたら殴られるかもしれないと思うほどにアズーの形相は差し迫るものがあったからだ。


「以前この辺も調べたんだが、」


 アズーは悔しそうに顎に手をやった。


「大揺れがおきましたね、そのとき少し地盤が緩んだのだと思います」

「なるほど、でも、こんなアリの穴のようなところ、どうやって入ったんだ」


「申し訳ないのですが、それは聞かないでほしいです」

「まあ、魔法を使ったのだろうけど、人に見せられないんだな」


「すみません」

「この穴が遺跡の通路に通じていて、その先の隠し部屋にデイジーが気を失っているのか」


「はい、そうです。できれば穴を掘って入りたいんです」

「もちろん、そうしよう。任せておけ」


 アズーは懐から短冊状の紙を出した。


「これは、東方の島国に伝わる魔道具でね。俺みたいに魔力の少ないものでも、少しずつ魔力をためておいて扱える便利なものなんだ」


 物欲しそうに、俺は短冊を見つめた。できれば一枚分けて欲しいぐらいだ。

 アズーは、呪符を地面に置いて、少し離れた。


「こういう穴掘りのために用意していた呪符の一つだ」


 アズーが気合を入れると土が泉のように吹き出した。アリの巣の出入り口のように穴の周りに同心円状に土が積み上がっていった。


 爆薬で土を吹き飛ばすより効率がよい。なにより、爆発音がしないのがいい。


「すごい」

「すごいだろう。何事も準備は必要だな。護身用のやつもあるし、岩を破壊するようのやつもある。水を汲み取るためのも、まあ、色々と用意はしてあったのだ」


 アズーはそう言って俺に笑いかけた。

 人が一人はいれるぐらいの穴ができた。その中を覗くと、通路の天井部分がむき出しになっていた。


「ほんとにあったんだ」


 アズーを見ると涙ぐんでいた。


「まさかこんな形で、見つかるとは夢にも思わなかった。ありがとう」


 アズーが俺の手を握った。


「さあ、行こう、この先にデイジーが気を失っているんだろう」


 アズーが穴に降りようとする前に、アズーの手を引いた。


「ちょっとまってください。実は、もう一つ大きな問題があります。デイジーには話してあるんですが。実は、魔族がデイジーを狙っています」

「どうして? そもそも本当の魔族か」


「はい、本物だと思います。頭に角が生えた有翼人でした」

「どうして君がそれを知っている」


 俺は、その質問には直接答えず、話を続けた。


「あの魔族は、街でデイジーを拉致しよとした男でした」

「話がわからない。魔族と人族は違うぞ」


「あの魔族は、人に化けていました。僕は、その瞬間をたまたま見かけてしまったのです。それに、そいつがこの森で知らない人を襲っているところも見ました」


 アズーは目をつむり人差し指を唇にあて考え込んだ。


「どうして、そいつがデイジーを狙う」

「それはわかりません。ですが、デイジーと初めてあった日も、今回も、狙いはデイジーのようでした」


 考え込むアズーの眉間のシワが深くなる。


「ただ、この森でも小屋とか水車小屋のあたりはさけているようなんです」

「結界か」

「以前言ってましたよね、あらゆるところにモンスター除けの護符が貼ってあると」

「たしかに、対魔族の結界を流用しているからかもしれない。よしトムくんの心配はわかった。まずはデイジーを助け出そう」


 隠し部屋にたどり着くと、デイジーはすでに目を覚ましていた。

 アズーの声を聞いて安心したのか、涙を流してアズーに抱きついた。アズーは優しくデイジーの頭をなでていたが、目は興味深げに部屋の中を観察していた。

 アズーの頰は紅潮し、興奮していることが手にとるようにわかった。


「とりあえず、ここを出ませんか」


 俺がそう提案すると、涙をふいてデイジーがうなずいた。

 アズーは、俺の顔を見て首を振った。


「外に出る前に、今後のことを話し合いたい」


 こんどは、デイジーが異論を唱えた。


「今、ここで?」

「ずっと考えていたことなんだが」


 アズーは言いにくそうに生唾を飲んだ。


「しばらく粉挽きと油売りの仕事を少ししぼって、遺跡調査に重点を置きたい。せっかく見つけた遺跡だ。心ゆくまで探索したい。ついでと言ってはなんだが、デイジーはしばらくこの街を離れたほうがいいと思う。できればトムくんにデイジーをお願いしたい」


 一気にそこまでいうと、俺に頭を下げた。

 デイジーがアズーの提案に噛み付いた。


「どうして、あたしがこの街を離れなければならないの。あたしがじゃまなのね。あたしがジジイの本当の娘じゃないから、もう邪魔なのね」

「いやそういうわけじゃない。遺跡の調査は、危険が伴う」


 俺は、墓守りレイスを思い浮かべた。たしかに他にも色々と墓泥棒から守る仕掛けがあってもおかしくない。


 デイジーは涙をぐっとこらえるのに必死だという形相をしていた。


 俺も、この案には賛成できかねる。


「僕と一緒なのはどうかと思います。たしかにデイジーがこの街を離れるのも手ではあるとおもいますが、アズーさんの護符は効くと思います」

「突然、こんなことを思いついたわけじゃないんだ。もし、遺跡が見つかったら遅かれ早かれこのようにしようとは考えていたんだ。娘に危ない仕事を手伝わせるわけにはいかないし、魔族の存在がやはり気になる。今は、守れているかもしれないけど、私がもし病気や怪我で倒れたら」


 デイジーは、話の途中で入り口に向かって駆け出した。

 俺はデイジーを呼び止めたが、振り返りもしなかった。


「大丈夫だ。デイジーも色々なことが一度に起こって心の整理がつかないんだろう。少し一人になったほうがいい」


 たしかに、一度に色々なことが起こった。ゆっくり一人で考える時間は必要だろう。


 俺とアズーは、ゆっくりと出口にむかった。アズーはところどころ興味深げに遺跡を観察した。


 俺は、壁の表面を確認しているアズーの背中に声をかけた。


「やはり、デイジーを旅に出すには無理があると思います」

「どうだろうか、無理を承知で頼めないだろうか」


 アズーも意見を曲げるつもりはないらしい。それほど真剣にデイジーのことを考えている証拠だとも言える。


 正直、これ以上魔族とあまり接触を持ちたくない。どうして魔族がデイジーを捕まえようと躍起になっていのか理由がわからないが、最悪、デイジーは俺にとって魔族を呼び寄せる撒き餌となりかねない。


 冷たい話かもしれないが、小麦粉と食用植物油脂をもらって、一刻もはやくココから離れたほうが俺にとってベストな選択だ。


 それに、俺の旅も決して安全な旅じゃない。今までが単にラッキーだっただけだ。


 でも待てよ。

 俺はデイジーに渡したネックレスのことを思い出した。

 あのアイテムは是非とも手に入れたい。


 何か良いアイデアはないだろうか。

 デイジーを古の森まで連れて行くというのはうだろうか。


 ドルイドたちの世話になり匿えば安心だし、彼らならデイジーが狙われる理由を知っているかもしれない。

 ネックレスもドルイドたちに保管をお願いできる。


「わかりました、デイジーが安心できる場所に心当たりがあります。そこまでなら」

「ほんとうか」


「でも、デイジーの気持ちは」

「大丈夫。私がちゃんと説明するから」


「そうですか。それでは図々しお願いなんですが、その代わり、小麦粉と食用植物油を今すぐに分けてくれませんか」

「もちろんお安い御用だよ。今ある在庫で準備するよ」


「ありがとうございます。デイジーの気持ちが固まったらすぐに街を離れます」

「ああ、そうしてくれ。私もデイジーを説得して彼女の旅の準備をしてあげないと」


「あと、今回のお宝のことなんですけど」

「もちろん、トムくんが見つけたものはトムくんが持っていっていいよ」

「ありがとうございます」


 俺とアズーは穴からはいでたが、デイジーの姿は見当たらなかった。

 地獄耳に言い争う声、そして悲鳴が聞こえた。


 俺は、鳥にヘンゲして音の方向に向かった。

 背後でアズーのつぶやいた。


「トム、君は一体何者なんだ」

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