第38話 墓守り

(デイジー、この石棺の蓋を開けたいんだけど、力をかしてくれない)

(何、この石棺?)


(わからないけど、すごいお宝が眠っているような気がしているんだ)

(へえ、ジジイ悔しがるだろうな)


(申し訳無いけど、ここを見つめたのは僕が先だったと諦めてくれないかな)


 デイジーは微笑んだ。


(冗談よ。ここを押せばいい?)


 デイジーが蓋に手を置いて軽く押しただけで、石棺の蓋は、まるで油でも塗っていたかのように滑り落ちた。


(え、どうして。僕が押してもびくともしなかったのに)

(押すところが悪かったのね、きっと)


 石棺を覗き込んだ。


 中には骸骨が横たわっていた。骨の半分ほどは朽ちかけていた。骸骨のまわりには金貨が敷き詰められていた。よく見れば、骸骨の下にも金貨が敷き詰められていた。骸骨は、金貨の山に埋没する形で葬られていた。


 デイジーは、金貨を手に取り、その質感やら重さを確認した。


(これは、今の私達が使っている金貨じゃない)


 目を輝かせ、金貨の表面の刻印を読み取ろうと必死だ。


 骸骨の胸元あたり、骨の朽ち果て方が最もひどいのだが、そこに古びたネックレスが置かれていた。


 俺の目は、ネックレスに注がれていた。


 それは、目利きスキルで見てみると光っていなかった。

 つまり、これが別格以上のアイテムだったのだ。


 ネックレスをよく見ると細い金属製ワイヤーのようなものをって作られていた。中央には黄色みがかった猛獣の爪を模したような形をしたペンダントが付いてた。


 大発見だが、今の俺にはカクホできない。


(ねえ、トムくん、これ金貨だよね)


 俺は、一枚金貨を手のひらに握り、カクホした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

金貨

通常品

特記事項 なし

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(金貨だ。多分、古銭なんだと思う)


 俺は、すぐに金貨をカイホし、デイジーに手渡した。


(今の金貨より高いと思う?)

(よくはわからないけど価値はあると思う)

(やった。これで大金持ちね)


 たしかに、魔族の男の問題が片付けば、これからは楽して暮らせそうなほどの金貨の量だ。


(デイジー、まだお願いがあるんだけど)

(何?)


(このネックレスは、デイジーがもっていてほしいんだ)


 デイジーはそれまでしげしげと眺めていた金貨を握りしめた。


(もちろん、金貨もデイジーと山分けでいいんだけどね。そのネックレスはとっても大切なものだから、デイジーに管理してほしいんだ)


 本来なら、俺が首から架けていたいが、ヘンゲのことを考えるとうまい方法だとは思えなかった。

 デイジーは、石棺の中からネックレスを取り出した。


(いいけど、ちょっと地味ね)


 確かに金貨の山を目の前にみると、大変地味に見える。実際の価値は、見ただけではわからないものだ。

 そうはいっても、デイジーは嬉しそうにネックレスを首から架けた。


(なんか、似合っているよ)


 俺はお世辞ではなく、そう思った。実際、ネックレスの輝きが増したように感じられた。


(ありがとう。ところで、この金貨どうやって持ちかえるの?)

(こっちは僕にアイデアがあるから任せて)


 俺は、上質毛布をカイホして取り出した。

 石棺の中の金貨をすべて毛布の上に置くと、丁寧に中身を包んだ。


 (こうやって毛布で金貨を包みます)


 デイジーにびっくりしないでね、と念をおし、カクホした。


(はい、このとおり)

(すごい、消えた)


(どうやったの)

(手品のネタは明かさないよ、飯の種なんだから。でも大丈夫、この金貨はあとで山分けしよう)


 アイテムブックには、上質毛布毛布とだけ表示されている。

 全くの思いつきだったが、うまくいった。何が入っているのか不明な点が問題だ。別名として金貨毛布と設定しておこう。


 問題点は残るとしても一括カクホの便利な裏技として使えるそうだ。

 すぐには必要ないアイテムを箱につめてカクホしておけば、保管数を圧迫しないでより多くのアイテムを手元においておける。


 俺は、なんだか大きな気がかりが一つ消えたようで嬉しくなった。


(どんな高貴な身分の人のお墓なのかしらね)

(この部屋には出入り口がないんだ)


(あら、ほんと。どいういうこと?)

(たぶん隠し部屋だと思う。しかし、先程の大揺れでたまたま壁がくずれたから、見つけられたんだと思う)


(ねえ、こういうのを奇跡と呼ぶのよね)


 もし、これが何かに導かれた結果の必然なら、なんだか恐ろしい。


(そうだね。奇跡が起きたんだ)

(奇跡って起こるのね。このおカネで何を買おうかしら)


 デイジーの楽しそうな声に混じって、小さなうめき声が聞こえた。

 その声は次第に大きくなってきた。デイジーの耳にも届いたのだろう、明るい笑顔が一転し不安な表情に変わった。


(なに、この声。ま、まさか墓守りレイス?)

(墓守りレイス?)


(墓守りレイスよ、ジジイが言っていた。お宝が眠る古い墓にはいるんですって。逃げなきゃ)


 珍しくミラさんから、話しかけられた。


(カーバンクル様。もし本物のレイスなら、エナジードレインで、カーバンクル様のHPは一瞬で尽きてしまいます)


 エナジードレインがどういうものなのかは不明だが、事態は深刻のようだ。

 デイジーの手をとって入ってきた裂け目へと向かった。


 それまで曇ったようなうめき声が、突然明瞭なうめき声に変わった。

 振り返ると石棺の後ろの壁から幽霊が壁を通り抜け、現れた。


 きゃーと悲鳴をあげ、デイジーが失神した。

 幽霊の動きはそれほど素早くない。あの動きなら振り切れる。俺は、デイジーをカクホしようとしたが、できなかった


(なぜ?)

(カクホできるレベルではありません)


(でも、さっき、この部屋に入ってくるときはできたのに。あ、ネックレスか)


 この場所はまだ誰にも知られていない場所だ。さらに、俺以外の誰かがここを見つけだすことはできないだろうから、ネックレスをここにおいて逃げても誰かに横取りされる心配はない。


 俺は、デイジーの首からネックレスをはずそうとしたが、ネックレスは重く、一ミリも持ち上げることができなかった。


(どういうことだ)


 こんな重いものがデイジーの首にかかっているわけがない。

 ゆっくりといえど、幽霊は、もう部屋の半分を通り過ぎていた。


 デイジーをおいて逃げる?。

 そんなことはゆるされない。


 ふと、石棺の蓋を軽々とどかした姿が目に浮かんだ。

 もしかしたら、デイジーは、このネックレスや石棺から選ばれ存在なのかもしれない、そして俺は拒絶された存在だとしたら。


 それが正しいのであれればデイジーだけがこのネックレスを首から外すことができるということになる。

 そう考えれば辻褄は合う。


 俺は、デイジーの頰を叩き、肩をもって首をゆすった。


(デイジー起きてくれ)


 幽霊は進行を止め、俺たちをあざ笑った。

 逃げられない獲物を前に余裕をかましているのだろう。俺たちを見下しているのだ。


 俺は幽霊を睨んだ。

 よくよく見てみると、幽霊自身が淡くひかっていた。

 カクホ可能なのか?


 まさかと思い二度見したがやはりできそうだ。まさかこのネックレスよりも墓守が格下だとは。


 問題は距離だ。現在、カクホできる範囲は6歩以内だ。 

 少しでも距離が離れていたほうがありがたい。レベルアップしておいてよかった。

 それでも、6歩という距離は、命がかかっていると思うとかなり近い。

 距離を間違えば即死決定だ。

 幽霊が油断して立ち止まっている今がチャンスだ。勇気をだして一歩前へ出た。

 幽霊が再び、こちらに向かってきた。

 一瞬たりとも目を離さない。冷や汗がでる。デイジーが気を失ったのもうなずける威圧感だ。


 カクホ、カクホ、


 幽霊が俺に触れようと腕を伸ばした。一歩後ろに下がった。


 カクホ、カクホ。


 目の前の幽霊が消えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

レイス。

別格。

特記事項 エナジードレイン、日光禁忌

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ひえーー、危なかった。

 これで、ひとまず危機は去った。

 念の為、別のレイスが現れないか、しばらく様子を伺った。


 なんの変化もない。

 気を失っているデイジーを部屋に残して、外に出た。

 野犬たちの気配もあの男の気配も消えていた。

 遠くでアズーの叫ぶ声がした。

 俺は、ハエにヘンゲしてアズーの元へ向かった。

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