第36話 地下へ



 俺は地獄耳で当たりの様子を伺った。

 犬笛はやんでいた。犬笛を吹いている奴も地震でそれどころではなくなったのだろう。


 揺れが小さくなり、やがて収まった。また耳障りな高音が辺りに鳴り響いた。

 犬の足音がした。犬たちが再び俺たちを探し始めたようだ。


 あの大揺れで、アズーがいる小屋や水車小屋が無事かどうか心配になるが、今は動けない。

 見つかる心配はないと思うが、じっと奴らが諦めるのを待つしかない。


 とっさに岩と岩の隙間に潜り込んだわけだが、わずかな空気が背後、いや足元から流れ出ていた。


 反響定位で探ってみた。

 先程の大揺れで、偶然細長い通り道ができたようだ。


 そうは言ってもノミのサイズを基準にしている感覚なので、人のサイズ感では隙間とも感じないだろう。

 奥の方は、光がほとんど届いていないので夜目でも見にくい。


 反響定位と併用して空気の流れてくる細い道に進んだ。

 道は次第に下へ下へと伸びていた。帰り道が心配になるぐらい深い。すると突然、広い空間に出た。


 壁の一部が崩落していた。どうもそれでできた割れ目から俺は出てきたようだ。


 床と壁の接合部に細い溝が掘られていて、そこに淡い光を放つ苔が生えていた。

 夜目が効く俺には十分な明るさになった。

 犬笛もここまでは聞こえて来なかった。


 耳を澄ましたが生き物の気配は感じなかった。

 俺はトムにヘンゲして周りを確認した。

 ノミの目線では、通路の全体像が把握できなかったからだ。


 坂道の途中に出てきたようだ。

 上りは、20歩も行かないところで行き止まりになっていた。

 下り方向に何があるのか?


 新しく取得したがまだ使っていなかった千里眼スキルを使ってみた。

 見たい方向に目を細めてみると、中心付近から周りの景色が後ろに流れていき、遠くにあるはずの景色が迫ってきた。


 驚いたことに、下りも行き止まりになっていた。

 つまりこの通路はどこにも通じていないことになる。

 下りの突き当り付近にも崩落箇所があった。


 コケ類で覆われた床で滑らないように気をつけながら下り方向の突き当りに向かった。


 デイジーに本当のことを打ち明けるべきか、それともこのまま、とぼけるべきか。

あの男の狙いは、デイジーであるのは間違いない。デイジーにある程度の話をしておくべきだが、魔族のことまで話していいものだろうか。


 それにしても魔族がどうしてデイジーを狙うのだろうか。

 突き当り近くの崩落箇所に近づいた。

 壁に亀裂が入っていて、裂け目から新たな空間が見えた。


 隠し部屋か?


 裂け目はそれほど大きくないので、ハエにヘンゲして通り抜けた。

 床一面に光苔が敷き詰められていた。くぐり抜けてきた裂け目のちょうど反対側には、何を祀る祭壇のようになっていた。


 壁に紋章が彫られていて、その前には石碑が設置されていた。さらに石碑の前には石棺が置かれていた。


 部屋の入り口はどこにもない。反響定位で壁をしらべたが、隠し扉もみあたらなかった。秘密の部屋というより、封印、封鎖された部屋のようだ。


 一番手前に置かれている石棺に近づいてみた。

 人が横になれるぐらいの大きさで、表面にはカビ類やコケ類は付着しておらず、今まさに磨き終わったと言わんばかりの光沢をたたえていた。石棺の蓋には、壁と同じ文様が彫られていた。


 先程の大揺れでずれたのだろうか、石棺の蓋は指の幅半本分ほどずれていた。


 トムにヘンゲして、蓋を動かそうと試みたが、トムの腕力では押しても引いてもびくともしなかった。


 石棺を目利きしてみると、光を発していなかった。

 もし、石棺自体の希少度が高い場合は、もちろん光らない。


 石棺の希少度が低いのにも関わらず光らないとすれば、それはこれまでの経験から中身に希少度の高いものが含まれている場合が考えられる。

 つまり、ここにはお宝がしまわれているということだ。


 デイジーと力を合わせれば、と考えが浮かんだ。

 いつまでも、アイテムブックに保存しておくわけにもいかないし、やはりデイジーに迫っている危機についても知っている範囲で説明するべきだろう。


 ここなら、犬たちやあの魔族に声を聞き取られる可能性はほぼない。

 俺は、デイジーをカイホした。


 デイジーをカクホしたとき、走っていたので、デイジーは走りつづけようとした。


「ちょっと、とまって、デイジー」


 俺は、デイジーの手を引き、デイジーの走りを止めた。


 デイジーは、あたりを見回し、ここはどこ、とつぶやいた。

 デイジーにしてみれば、森の中を走っていたのに突然暗い部屋の中にいるわけだから、混乱しないほうがおかしい。


 俺は、デイジーの様子を見ながらゆっくりと話しかけた。


「デイジー、順を追って話そう」

「トム、あなた、魔法を使ったの?」


 おれは、なんと答えるべきか迷ったが、一拍以上間をあけて、そう、魔法を使った、と答えた。


 どこまでちゃんと説明できるかはわからないし、嘘をつくことになるかもしれないが、やはりできるなら正体は隠して説明したい。

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