第35話 散策
デイジーとアズーにお世話になって3日目。俺とデイジーは、昼過ぎには街での配達を終えて、森の小屋へと帰ってきた。
仕事のコツを覚えてきて、仕事が早くなってきた。
町で買ってきた惣菜とパンで簡単なサンドイッチを作り、三人で食卓を囲んだ。
「トムくんのおかけで仕事が早く片付いたわ」
デイジーは、コップについである小川から汲んできた水を機嫌良く飲み干した。
「ジジイ、今日の仕事はもうないよね」
「ああ、俺の仕事もトムくんのお陰で終わってしまったから、ないよ。これで今日は、ゆっくりと文献調査ができる」
「ねえ、トム。これから一緒に森で遺跡を探しにいかない?」
「こころ当たりがあるの?」
「そんなのあるわけないでしょう」
「気分の赴くまま、天を運にませてみれば何か突破口が開くかもしれないわよ」
アズーをみると、手元においた書物を読みながらニヤニヤ笑っていた。
アズーが10年以上探して見つからないものが、そう簡単に見つかるわけがない。
俺としては、小麦粉を油を手にいれるため仕事をどんどん勧めたいわけだが、俺から提案できるわけがない。
「探してみる、かな」
「よし、行きましょう」
デイジーは、残りのパンを口に放り込むと、さっそく扉の前まで駆けていった。
アズーは、暗くなる前に帰っておいで、と言った。
俺も残りのパンを水で流し込んで、デイジーのあとを追った。
外に出ると、午前中は雲ひとつない晴天だったが、今は薄雲がところどころ空を覆っていた。
歩き始めてからデイジーのおしゃべりは、とまらなかった。
はじめから真剣に遺跡の手がかりなど探すつもりがなかったようだ。
森の小屋ではアズーとずっと喋っているし、街ではお得意様とおしゃべりを楽しんでいるように見えたが同年代の子供と話をする機会などなかったのだろう。
「ねえ、あたしの話し、聞いている?」
「うん。聞いているよ」
「トムは、お父さんを探しだしたらどうするの」
「どうするとは」
「その後の夢よ」
「夢か、今は考えられないな」
「あたしの夢はね。大金持ちになって、孤児になった子供たちの世話をするの。私も孤児だったけど、幸運にもジジイと巡り会えたけど、そうじゃない子供のほうがずっと多いから、それを変えたい」
「いいね。デイジーも一緒に遺跡をさがすことがあるの」
「ほんとにたまに。一緒に散歩みたいな感じで。私は、やはりどこか本気じゃなのかも。そんな上手い話が転がっているわけない、とも思う。でも夢は捨てきれない。乙女心は複雑なのよ」
アズーさんは、本気だ。だから、デイジーも夢だとは知りつつ、ついつい引き込まれてしまうのだろう。
「この辺は、あらかた調べ終ったんでしょう」
「そうね、だからジジイは、城の下辺りが怪しいって、このごろ言っているわ。でも、どうやって城の下なんて調べるのよね」
「普段はどうやって調べているの」
「普段は、鉄の棒を地面につきさして、なにやら呪文を唱えている。私にはさっぱりわからない」
「もし、本当に城の下辺りに財宝が眠っているとしても、もうとっくに誰かの手に渡っていると思うのよね」
開けた場所に出た。
中央に焚き火の跡があった。
風向きがかわり、なぜか嗅いだことのある匂いが鼻をかすめた。
背後に人の気配がして、振り返った。
俺の地獄耳スキルの欠点だが、集中してないと聞き逃す、いや、地獄耳のせいではないだろう。音が聞こえているのに、俺が聞き流してしまう悪い癖があるらしい。
そこに立っていたのは、人に化けているあの魔族だった。
そう、あの男の匂いだった。
背後のデイジーが息を飲んだ。
「あなたは、街でイチャモンつけてきた男」
「これはこれは、奇遇ですね、こんな森の中で再び出会うとは」
男は本当に嬉しそうに笑った。
偶然、森で出会うわけないだろう。お前は森のくまさんか!
この魔族がデイジーを狙っているは確実だが、でも理由はなんだろう。
「トム、行きましょう」
デイジーが俺の手をとり引っ張った。デイジーの手は震えていた。
俺の中に怒りがこみ上げてきた。
「お前は何者だ」
「勇敢な少年。私はルフと申します。いつぞやは大変お世話になりましたね」
さあ、とさらにデイジーが俺の手をさらに引いた。空いているもう一方の手は、胸の前で服の下に隠し持っている護符に握りしめているようだ。
「おふたりとも気をつけてくださいね、この森にはどんな危険が潜んでいるかわかりませんよ」
男の高笑いを振り切るようにしてデイジーと俺は小屋を目指した。
今回、男はそれ以上手出ししててこなかった。きっとアズーさんが張った護符による結界の中だったし、デイジーも護符を身に着けていたせいだろう。
「これからは、一人で行動しないほうがいい。あいつ、絶対頭おかしい」
「でも、そんなことできない。トムだっていつまでもここにいないでしょう」
俺は、言葉につまった。
突然、俺の耳に鼓膜を突き刺すような高音が鳴り響いた。
思わずデイジーの手を振りほどき、両手で耳を覆った。
鼓膜が破れそうだ。
「どうしたの、トム」
「音が」
「私には何も聞こえないけど」
俺は、ミラさんに地獄耳を止めてもらった。
高音がやんだ。
俺は、周りを見回した。
この周辺に地獄耳でしか探知できないような高音が鳴り響いている。
なぜだ?
森の下草をかき分ける音がした。
何かが迫ってきている。
地獄耳を
小屋につづく小道を塞ぐように大型の犬が表れた。デイジーの胸辺りまで背の高さがある。
「この辺に野犬なんていないのに。それに、コイツラよだれを垂らして、目が赤い」
あの音はもしかしたら犬笛。薬でも盛られたのか、様子がおかしい。
俺は舌打ちをして反響定位で当たりを探った。
ルフと名乗った魔族の姿は映らなかった。
野犬は、合計4匹だ。
前後左右に一匹ずつ。
絶えず動きながら、こちらの様子を探っている。野良犬じゃない。訓練された犬だ。訓練された犬は、簡単に人を噛み殺すことができる。
地響きがした。
今度は何だ。
足元が揺れた。
次第に揺れは大きくなった。縦揺れだ。デイジーは、立っていられなくなって、俺にしがみついた。
犬もしっぽを股の間に巻いて小さく鳴いた。さすがに、地震の際の訓練は受けていないようだ。
揺れはなかなか収まらない。
俺は、チャンスとばかりにデイジーの手を引いて小道を外れて森の中に分け入った。
手を引きながら声をだし、当たりを探った。もちろん頭上も丁寧に調べた。
近くにヤツはいない。これだけ草木で視界が遮られていれば見られる可能性もないだろう。
俺は、デイジーをカクホした。
ついで、ノミにヘンゲし、岩と岩の間に潜り込んだ。
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