第34話 帝国の国宝
ひどく長い陰鬱な夜が明けた。
カーバンクルに転生してからというもの、睡眠が必要なくなったことを今夜ほど恨めしいと思うことはなかった。
天敵とも言うべき魔族が人の姿に化けて暮らしているなんて、知れてよかったとも思うが、知れたからと言って幸せとも思えなかった。
できることなら、あの男を捕まえてヘンゲできる魔族はどれくらいいるのか聞きだしたいぐらいだが、どう考えてもそんなことを聞き出す方法が思いつかなかった。
二人の足音がした。デイジーとアズーが目覚めて行動しはじめたようだ。
俺も部屋を出て、デイジーに挨拶した。
日はまだ昇っていない。
「何かお手伝いします」
「お客さんにそんなこと頼めないよ」
「少し、ここでお世話になれませんか」
自分でも驚く言葉がこぼれ出た。
「居候したいというわけ?」
「まあ、そうなります」
きっと、昨夜の魔族のせいだ。良質な小麦粉と油を得るためだと心のなかでつぶやいてみる。
実際、デイジーがあの男、魔族にさらわれたら良質な小麦粉と油は手に入らなくなる。そしたらチロの足も治らないかもしれない。まったく、魔族のやつめ。
「あたしは構わないけど、ジジイに聞いてみないと」
「宿代も払いますし、お手伝いもしますから」
「はあ、なんの魂胆があるの?」
「魂胆なんてないですよ。まあ、あるとすれば、少しでも早く、良質な小麦粉と油がほしい、ですかね」
デイジーはあはは、と笑った。
「それじゃ、直接ジジイに聞いてみてよ。ジジイは、水車小屋にいるから」
俺は言われた通り、水車小屋に向かった。ここで断れたら、どうしようか。正直に魔族がデイジーを狙っていると告げるべきか。水車小屋でアズーは小麦粉を袋に詰めていた。
「おはよう御座います、アズーさん」
「おはよう。起こしてしまったようだね」
「いいえ、十分眠れましたから」
あのう、実はですね、と俺は居候になる話を切り出した。
「わかったよ。人手があれば助かるし、トムくんに渡せるように多少やりくりもできるだろう」
「ありがとうございます」
とりあえず、難関は突破した。
「では何から手伝いましょうか」
俺は、アズーさんの指示に従い小麦粉の入った袋を荷台に積み込む。カーバンクルの体は、疲れを知らないが、ヘンゲしているトムのパワー不足は否めない。
アズーさんや、デイジーが見ていないところでは、マッチョな大人にヘンゲして手伝いたいところだが、アイテムブックの中身を厳選しなければならないという問題を思い出した。
あっちもこっちも問題だらけだ。
頭を切り替えよう。
「アズーさん、神聖帝国の話を聞かせてください」
アズーさんは、石臼からこぼれ出る小麦粉の品質を見ながら話しはじめた。
「そうだな、トムくんは神聖帝国の何を知りたい」
「なんにも知らないので、基礎的なことからお願いできますか」
「神聖帝国の正式名称は、神聖チェイロール帝国といって、初代皇帝チェイロール様が建国された国だ。そしてその北東に魔族の国モンドールがある。モンドールは三方を海で囲まれていて、南側だけは、神聖帝国とプレビア国で陸続きになって接している。モンドールの東側の海を挟んで、アロスという国が接している。モンドールと直接対峙しているのが、この三国だ。国境線の長さは、ブレビアより神聖帝国のほうが断然長いが、急峻な山脈が国境付近に横たわっている。というより、その山脈が国境なんだがな」
「魔族が国を抜け出して暴れることはないんですか」
「なくはないだろう」
「帝国との国境には急峻な山脈が横たわっていると話したが、越えられる魔族もいるし、長い国境線全部を四六時中監視できるものでもない。とは言っても俺も国をでて時間がたっているから今はどうだかわからない。ただ、魔族が他の国に出没すれば、どうしたって目立つわけだから、ほとんど無いと思ってい良いのではないだろうか。どうした、なにか心配かい」
「まあ、魔族のことが少しだけ気になります。たとえば、ここで魔族に襲われたら」
「まあ、普通の人間ではぜんぜん敵わない。遭遇したらとにかく逃げることだ。魔族がこのへんに現れることはまず無いだろう。それよりもモンスターのほうが怖い」
「アズーさんは、こんな森の中に一人で暮らしていて怖くないんですか」
「まあ、怖くないわけではないよ」
「でもこれでも少しは神聖魔法が使えるんでね」
「すごい」
「まあ、こうしてモンスターたちにも襲われず、食っていけるわけだし、競合他社との差別化ができているわけだ」
小麦粉の香りをかぎながら、アズーは笑った。
「神聖帝国のお宝、国宝ってどういうものなんです」
「やはり、気になるか」
アズーは、ニヤリと笑った。そういう意味で気になるわけではないのだが、本当の理由は言わずに照れ笑いをしてごまかした。
「そうだな、国宝と呼ばれるものが何点かあるかな」
「まずは、初代皇帝がご使用になられていたという言われる聖剣イクスカリバーだ」
「エクスカリバー?」
「ちがう、イクスカリバーだ」
これが神話級のアイテムだろうか。いや待てよ、建国の英雄が持っていたということは、古の森の秘宝ではないということか。
「他にも何かすごいものはあるんですか」
「そりゃあ、色々あるさ。神聖帝国は魔族からの防波堤の役割をになっているからな、各国から上納金が収められていて、カネには困ったことがない国なんだ。カネがカネをよぶんだな。結果、世界中の富と汚いものが全部集まってくる。ああ、そうそう、すごいお宝がいっぱいあるのに、なんでこれが宝なんだというものもある」
「へえ、どんなものなんですか」
「ただの六角形の木の板だ。一度だけ、見たこともある。宝物を管理する役人と知り合いでな。これらな見せてもいいというので、見せてもらった。ほんとに何の変哲もない木の板なんだが、一応国宝なんだ」
「不思議ですね」
やった。見つけた。
思わず笑みが溢れる。
アズーも俺の笑顔につられて笑っていた。
「まあ、歴史が長いから、その謂れが失われてしまったのかもしれないな。案外初代皇帝が愛用していた木の板なのかもしれない」
ちがう、ちがう。それは俺のものだ。
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