第33話 森の怪人



 俺は、部屋を抜け出し、森を彷徨い歩いた。夜目の性能が上がったので、ほんの少しの月明かりで、散歩するには十分な明るさだった。


 夜の森は、もしかしたら昼間よりも騒々しいかもしれない。もちろん昼間よりも意識的に地獄耳スキルを使って音を収集しているからかもしれないが、多くの夜行性動物の足音が聞こえてきた。


 新しいユニークスキル、反響定位を試してみよう。


(反響定位は、任意の音を出してその反射音を頼りに物質の位置関係などを把握することができる能力です)


 ミラさんの説明は、振りかえって思い出すと的確なのだけど、どうも実際試して見ないと理解できない。これは、俺の頭の問題だ。


(音を出すのはどんな音でも大丈夫?)

(大丈夫です。ただし、現在20歩の範囲内の位置関係しか把握できません)


 俺は軽く舌打ちしてみた。自分を中心に同心円状に青白く光る音の波が広がっていくのが見えた。それに伴い、そこにあるものたちの形が浮かび上がった。


 夜目で見にくい場所も、反響定位ならくっきりとそのもの大きさや形が見分けられた。


 音を自ら出すというのは、多少のリスクを伴いそうだが使い方によっては便利なスキルだ。


 唐突にアズーの夕食での会話が蘇った。


「俺の予想では、古代遺跡・・・・・・。3000年前だと予想している」


 俺の宝が盗まれたのと同じ時代の遺跡。もしかしたら、どこかでこの2つの事柄はつながっているかもしれないと想像しただけで、何か大きな手がかりを得たようで興奮してくる。


 さらに言えば、この地にもしかしたら、俺がかつて持っていたアイテムが眠っているかもしれない。可能性はゼロではない。


 これまでは、漠然と神話級のアイテムなら、国宝とかに指定されていて、だれも近づけない場所に保管されているに違いないと思い込んでいた。


 だが、俺が探しているお宝は、その重要性に反してだいぶお宝らしくない。


 黒光りしている木刀、複雑な網目の麻の服、六角形の木の板、革紐のついた砂時計、木目のきれいな木製の指輪、古代銅貨、左右の大きさの違う木靴、真っ白な革袋、縁の欠けた瑠璃色のお猪口なのだ。


 長い歴史の中で、滅亡した国もあるだろう。その時に、どこかに散逸してしまった宝だってあったはずだ。回り回ってどこかの好事家が趣味で集めている可能性だってある。


 それに、これらが国宝なら、きっと巷の噂に上がっているはずだ。

 そう考えると、色々な可能性があることに気付かされる。


 これからは街の人にいろいろな国の国宝について聞いて回ってみよう。

 帝国の司書をしていたのなら、そういう噂話だって知っているかもしれない。明日の朝、聞いてみよう。


 あんまりしつこく宝物なんかについて聞き回ると、不審に思われるだろうか。


 突然、何か、大きな生き物が下草をかき分けてこちらに向かってくる音がした。


 俺は、とっさにハエにヘンゲし、草の上にとまった。

 誰かが、争っている音がした。

 周りをうかがう。


 水車小屋の水音がずいぶん遠くで聞こえた。

 知らぬ間にずいぶん遠くに来てしまったようだ。

 さらに足音が近づいてきて止まった。


 目の前に見知らぬ男が立っていた。

 額に汗を浮かべていた。その表情には悲み、恐怖、焦りなどが混じり合っていた。呼吸は荒く、息を整えるのも忘れたように喘いでいた。


 左右を見回し、聞き耳を立てている。

 男は安心したためか、深呼吸した。

 でも、俺の耳には男の頭上から迫る風切り音を捕らえていた。

 それは、黒い塊で、男の頭上から急降下し、一瞬で男を包み込んでしまった。


 1、2秒の短い間、男のうめき声が聞こえたが、すぐに聞こえなくなった。

 その黒い塊が黒い翼を広げ、立ち上がった。

 額に角の生えた有翼人だった。


(あれが魔族です)とミラさんが言った。


 魔族の腕の中で男は、ミイラのように干からび、四肢を痙攣させていた。

 魔族は男を離し、空を見上げて声を立てずにっと笑った。


(どうしてここに魔族が)


 俺は念話で会話しているのに、声をひそめた。


(不明です)


 ミラさんは、いつもと変わらず返事を返してきた。俺は、魔族に気づかれるのではないかと気が気でなかった。


 風が吹いてきて草が揺れた。

 普通、こういう場合、ハエは草の上から飛び立つのだろうか。それともじっとしているのだろうか。


 ああ、草の上に止まるんじゃなかった。

 この魔族は、ハエが飛び立たないこと、もしくは飛び立つことに注意を向けるだろうか。


 何がハエとして自然な行動かわからず混乱していると、魔族は、黒い羽を折りたたみ、干からびた死体をもういちどつかみあげた。


 遠くに逃げたいという気持ちと、何をするのか見極めたいという気持ちが、ないまぜになっていた。


 魔族が死体を掴んだとき、思いきって草の上から飛び立ち、少し離れた木の幹に移動した。ここなら、ハエが止まっていても不自然に見えないだろう。ちょっと自意識過剰だろうか。ビビリすぎか?


 魔族は、人差し指で死体を指差し、何やら呪文を唱えた。

 死体が青白い炎に包まれた。

 その炎は、周りの草木には燃え移らなかった。

 青白い炎が消えると死体は跡形もなく消えていた。


 魔族がこちらに近づいてきた。

 俺は誰に祈っているのかも知らず、祈った。


(どうか見つかりませんように、お願いいたします)


 一瞬も目を離さず魔族を見つめた。もし、何かしてくるようなら、すぐに飛び立てるように。すると近づいてくる魔族は淡い光に包まれながら外見が少しずつ変化していった。


 角が消え、背中の羽根も消えた。

 いつの間にか服を着て、靴も履いていた。

 完全に男性の人族の姿に変化した。


 そいつは、俺の目の前を通り過ぎてから立ち止まった。


 「誰かに見られているような気がするが、きのせいか」


 そうつぶやくと、周りを入念に観察し始めた。


 俺と一瞬、目があった、と思う。


 なんとこの男は、昼間デイジーを白昼堂々拉致しようとした男だった。

 俺は、あまりの衝撃で池の鯉が水面の餌を求めるように、口、と言ってもハエの口だが、パクパクさせた。

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