第27話 石垣の上

 夕日に向かって三台の馬車が連なり、牧草地の丘を通り過ぎていった。

 馬車の進む道の先は、緩やかに下っており、遠くまで見通すことができた。こんもりとした森、収穫の終わった畑があり、海が見えた。緩やかにカーブを描く海岸線の一番右端に街が見えた。


 街には、城があるのか、一段高い尖塔が夕日に染まる空に突き出ていた。

 馬から一匹のノミが飛び降りた。ノミが飛び降りたことなど馬も馭者も気づくはずもなく、馬車は一定の速度で通り過ぎた。


 ノミは、飛び跳ねながら、丘の上に残されている古い石垣を目指してジャンプした。そして、石垣の上に着地した瞬間にノミは男の子になった。


(見えるかい、トム。城と城下町だ。港もある。たくさんの船も沖に停泊している。眩しいぐらい輝いて見えるだろう。あそこに無数のアイテムが俺たちを待っている。希少品もあるだろうし、もしかしたら伝説品もあるかもしれない。昔、見たどの夜景や宝石よりもきれいだ。俺が保証するよ)


 トムとトムの両親との最後の別れがこんな結末でよかったのか、自問せずにはおれない。トムの命が消えかかっていたのは、彼らも知っていたはずだ。


 母親も父親の目も真っ赤に腫らしていたのは、今にして見れば一晩中泣きはらしていたからだったのだろう。


 だが、彼らはトムの鼓動がとまったことは知らない。ならば、彼らの中では、まだトムは死んでいない。


 彼らはまだ、息子が生きていると希望を持っていけるのではないだろうか。随分勝手な想像だ。


 それとも、死んだ証拠を探し求め彷徨い歩くことになるだろうか。

 ちゃんとした別れをしていれば、新しい一歩を彼らは歩めたのかもしれない。随分勝手なことをしたかもしれない。でも、俺はどうしてもトムに世界を見せてやりたかったのだ。


 これも随分勝手な思い込みだ。

 トムは、こんな親不孝をしてまで、こんな旅なんて望んでいなかったかもしれない。


 では、あのとき、トムの遺言をどうすれば、どう理解し、叶えてあげればよかったのか。こんなことになるなら、いっそ治療法がわかるまでトムをずっとアイテムブックに保存しておけばよかった。


 それなら、いつになるかわからないが、生きて再び会える日だってあったはずだ。容態が安定したからといって、伝説の花を求めに行くなんて馬鹿げていた。ずっとトムのそばにいてやればよかったのだ。そうすれば。


 すべては、後の祭りだ。神獣と言えど時間は巻き戻せない。頭ではそう理解している。

 でも、感情はそうはいかない。

 次々と後悔の念が湧き上がってくる。


 ごめんよ、トム。ごめん。

 俺は両手で顔を覆い声を上げて泣いた。

 服の袖で涙を拭いた。鼻水をすすった。

 それでも涙は溢れ出し、夕焼け空は滲んだ。


 今日も夕日が沈んだ。

 涙で滲んでいても世界は息を飲むほどに美しかった。


 トムに世界を見せると約束したし、アイテムを集めないといけないし、チロの足も直さないといけなし、古龍や水の精霊王も見つけ出さなければならないし、こんな弱気なところトムに見せてどうするつもりなのか。


 俺は、自分の頬にビンタして気合を入れた。


「よし、行こう」


 さらにもう一度、頬をビンタを入れた。

 拳を握り、胸を2回、叩いた。


「トム、行こう」


 俺は、小鳥にヘンゲして、街を目指して飛び立った。

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