第26話 帰還
東に向かえばいい。
それはわかるが、村の正確な位置がわからないなんて、痛恨のミスだ。
(ミラさん、村の位置を教えてください)
(申し訳ございません、その件に関しましては、私の管理対象外でございます)
俺は、一旦、木の天辺に止まり辺りを見回した。
来るときは追い風だったらか、帰りは、逆風のはず。
でもよく考えてみたら大雑把すぎる。風向きが途中で変わったらどうする。もうすでに変わっているかも知れない。
太陽は、どんどん傾いて行く。考えろ、自分。
湖に来たときはウライガイを目印にした。その方法を利用できないだろうか。あの村に特有のアイテムはあっただろうか。
俺はアイテムブックを開きアイテムを確認した。村の近くで採取したアオヒトメクサが有力そうだった。探索スキルで表示してみた。今いる地点の東側にはなく、大森林の西側周辺部に光点があった。まだ距離がありすぎて、光点は重なり合い、光の帯のように見えてしまう。これでは村に位置を特定することはできない。
道に迷い時間をロスすることも恐ろしいが、ただ考えているだけで何もせずとどまっていることも恐ろしい。
俺は、じっとしていられなくなって飛び立った。
太陽の位置を参考に、とりあえず東の方向にむかった。一日分東に移動すれば、何かしらヒントを得られるかもしれない。見覚えのある風景に出くわすかもしれない。
太陽が夕日に変わり、地平線にどんどん沈んでいった。
昔、小学校低学年の頃、オヤジの車に乗せてもらい夕日と追いかけこしたことを不意に思い出した。
山間を縫うように走る高速道路を東に向かって走っていた。父が運転手、俺は助手席、母は同乗していたのか覚えていなかった。父が突然、目の前に見えた沈む夕日を追いかけようと言い出した。
追い越し車線に入り、スピードをあげた。エンジンがうなりをあげた。次々と車を追い越していくが、夕日は一刻一刻、確実に沈んでいった。夕日が山間に沈むと、空は切れ目ない赤、茜色、オレンジ色、黄色、水色、青、藍色、紫、黒に染まった。
美しかった。
その美しさが目の前に再現されていた。いや、人工物などで遮るものがまったくないし、空気はきれいだから、それ以上の鮮やかさ、美しさだ。
トムの命がかかっているのに、そんなことで一人感動しているなんて、なんて不謹慎なんだという思いと、この目の前に広がる美しさはトムの命とは関係なく、ただあるだけ、それを無視することは自分の気持を否定することで、それはできないという意識が交互に俺の胸に押し寄せてきた。
夕日が完全に地平線の下に沈んでしまった。
木の先端に再び止まった。
どこを目指して飛べばいいのかわかない。涙がこぼれてきた。なんで涙が溢れるのか自分でも理解できなかった。泣きたいのは、俺じゃない。トムの方だと思うと、泣いている自分が恥ずかしくなった。
何かアイデアがあったわけではなかったが、もう一度アイテムブックを開き、探索スキルで上から順にそれらの位置を表示させた。
ウライガイを選んだとき、一点だけ東の方角で光るものがみつかった。トムの部屋でチロとお芝居したときトムに渡したウライガイのことを思い出した。
あそこだ。間違いない。あれがトムの村だ。その一点をめがけて飛び出した。どうしてもっと早く気が付かなかったのか。
全速力で飛んだ。夜も朝も昼も関係なかった。そして再び夜が明けて、村が見えてきた。
トムの部屋のマドに近づいた。窓は開いていなかった。トム一人が寝ているのが見えた。今まで見たトムの寝顔で一番顔色が悪い。胸のあたりの毛布も上下に動いていなかった。まるで息をしていないように見えた。
地獄耳スキルを使い耳をそばだてた。トムの心音は弱々しい。
窓をトントンとくちばしで叩いて見たが、ピクリとも反応がなかった。
トムが起きるまで叩き続けるべきなのか、それとも、窓を割って侵入するべきなのか。
この村にとって、窓ガラスは、貴重品だ。それを割ったら、しばらく、もしかしたら何年も窓ガラスは割れたままだろう。
もう一度、トムの顔を見た。トム、と念話で呼びかけても、目を覚ます気配はなかった。先ほどと変わらぬ体制、みじろぎ一つせず横たわっていた。
村人が扉を開けて、お互いに朝の挨拶を交わす声が聞こえてきた。いつまでも、こうしてはいられない。俺は腹を決めた。
一度窓から飛び立ち、高度をとる。窓ガラス目掛けて急降下した。
トムの顔にガラスがかからないように、コースを微調整した。ガラスに当たる直前に、カーバンクルに戻り体当たりした。
薄氷を足で踏みつけて割るような音がして、ガラスが割れた。すぐさまトムの胸の上に飛び乗り、呼びかけた。
(おい、トム、あったぞ、伝説の花、見つけたぞ)
トムの反応はなかった。俺は、聞き耳を立ててトムの心音を確認した。
弱い。
(トム、この花の蜜を吸え、お前の病気もきっと良くなるはずだ)
花弁をトムの口元に持っていく。花の蜜がこぼれ落ちないか、少し花を振ってみるが、水滴ひとつも落ちてはくれなかった。
(だめだ。吸え、トム。いや、食え)
トムが念話で応じた。
(ああ、やっぱりきてくれたんだね。一人じゃ寂しかったよ)
念話なのに、トムの声は聞き取れないかと思うほど小さかった。
(もう、声を出すのも大変なんだよ)
(あったんだ、伝説の花。花の蜜、吸え)
口元に花を近づけた。トムの目も口もピクリとも動かなかった。
(伝説はホントだったんだね、匂いでわかるよ。僕も、見てみたかったな、花が咲いてるところ)
(そうだ、元気になったら、連れて行ってあげる。場所はもう覚えたから。あそこでは怪獣たちが大暴れしていたぞ。それだけじゃない、世界中、トムの行きたいところ、どこでも連れて行ってあげる、いっしょに旅をしよう)
(いいね、世界中を神獣さまと旅したい。連れて行って)
(連れていくよ、だから早くこれを食って、元気になれ)
(ありがとう、寂しくないよ、僕)
トム、ともう一度、声をかけた。
返事はもうなかった。
心臓は動きを止めていた。
背後で、悲鳴が上がった。部屋の入り口で、トムの母親がトムに馬乗りになっている俺を睨んでいた。
父親の足跡も近づいてきていた。トムの父親が、剣を片手に部屋の入り口に現れた。
両親の目は白目がないほど血走っていた。
俺は、彼らの気迫に負けないように、トムの両親を睨み返し、できるだけ低い声で犬のような威嚇声をあげた。
トムの父が、「息子から離れろ、この化け物め」と言った。
化け物といわれても、なんとも思わなかった。
父親が一歩間合いを詰めた。
俺は、両親に通じるかわからなかったが、念話で話しかけてみた。
(トムは、俺が借りていく)
両親が、はっ、と息を飲んだ。
俺の足元のトムが一瞬で消えた。
あっ、と両親が同時に声を漏らした。俺は、両親が考え始めるよりもはやく割れた窓から外に飛び出した。
「おい、待て」
父親が窓に駆け寄った時、そこに見つけたのは、化け物ではなく、一羽の小鳥が空へ舞い上がる姿だけだった。
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