第9話 供物

 城壁を近くで見ると、それは巨大な建造物に見えた。近くの平屋の屋根によじ登り城壁を観察した。


 城壁の表面は、円柱を縦に半分に割り、壁に貼り付けたような形状で、その表面は金属で覆われていた。巨大なかまぼこが壁に張り付いたような格好だ。表面に金属が巻かれているから、爪を立ててよじ登るわけには行かなかった。


 城壁の高さは、平屋の屋根の高さから目算して、3階分ぐらいの高さはあるだろう。


 城壁の上を始終見張りのエンプが巡回しており、見張り同士がすれ違うとき、道を譲り合う動作をしていないことから、城壁の厚みもだいぶあることがわかった。見張り台も等間隔に設置されていた。


 俺が登っている平屋の下を話しながら二人のエンプが近づいてきた。全身を防具で固め、手には槍を持っていた。


 俺は身を屈め、地獄耳で聞き耳をたてた。


「なんで、いきなり籠城の準備なんだ」

「不平をいうな、それが俺たちの仕事だろう」


「仕事だからだって、自分の頭で考えずにやるもんじゃない。ちょっと考えてみろ、この城塞都市は、魔王軍と戦うために作られている。川向うのドリアードやドルイドと戦うためじゃない」

「そんなことは、わかっている」


「じゃあ、どこに魔王軍がいるっていうんだ。ここ何十年、魔族をこの森で見かけることはねえぞ」

「噂だが、今日、貴重な動物が城に持ち運ばれたらしい。それが今回の籠城の命令につながったらしいんだ」


 道の反対側から一人のエンプが走ってやってきた。


「いいところにいた。追加の命令が出た」


 今までおしゃべりしていた二人の兵士は姿勢を正し、敬礼した。


「狐、犬、猫、たぬき、それに類する動物を見つけた場合、傷つけることなく捕獲し、城内にお連れするようにとのことだ。よろしいか」

「はっ」


 走ってやってきたエンプも敬礼し、再び違う場所に向かって走っていった。

 走り去るエンプを見送りながら、残されたエンプたちがまた話を始めた。


「それに類する動物ってなんだ」

「さあ、知らん」


「一体何が起こっているんだ」

「俺たちみたいな下っ端には考えてもわからんことがあるってことよ。とにかく見つけ次第、捕獲して丁重に扱うことということらしい」


「気を引き締めていこう」

「お前、やっぱり馬鹿だろう」


 おしゃべりな兵士たちが遠ざかっていった。

 やばい、きっと宝物殿から逃亡したことがバレのだろう。もたもたしてられない。


 幸い、城壁はカクホ可能であった。問題は、城壁のどこに穴をあけるかだ。


 見張りの目が届かないところがベストだが、流石にそんなところはなさそうだ。それならば、どこも同じようなものなら市内巡回の兵士が今通り過ぎた「ここ」がいいだろう。


 俺は屋根から飛び降りて、まず、金属を個別カクホした。一括カクホはしない。城壁の一部が丸々失くなったら嫌でも目立ってしまう。これぐらいなら、城壁の上の見張りにはまずバレない。


 すると、城壁の構造が見えてきた。蒲鉾型の膨らみは、いくつかの木材を加工し組み合わせ、鉄製の板で巻いてまとめている構造だった。

 これなら、自分が通り抜けられる分だけカクホすれば済む。


 次に通り抜けられる適当な大きさの木材だけをカクホした。木材の奥は、ボーリングの玉と同じかそれ以上の大きさの石とそれらの隙間をうめるように砂が敷き詰められていた。


 試しに目の前にある石を一つカクホした。できたスペースを埋めるかのように上から砂が流れ落ちてきた。岩盤の弱い土地にトンネルを掘削するようなもので、いつ生き埋めになるかわからないという恐怖が頭をよぎった。


 俺は、砂の流れが収まるまでじっと待った。流れが止まってから穴の奥の石をもう一個、カクホし、素早くその場を離れた。

 また、砂がこぼれ落ちただけで、他の石は動かなかった。


 もしかしたら、行けるかもしれない。


 俺は、奥の石をカクホしては、逃げ。様子を見ては奥の石をカクホするという行動を繰り返した。


 そして、ついに反対側の木材に行き着いた。

 ここまで来たら、もう後は前進のみだ。


 鉄板をカクホし、木材をカクホして反対側に出た。

 城壁の外側は空堀ではなかった。水を張った堀だった。


 俺は、自分の毛が濡れるのはイヤだと反射的に思ったが、いつ何時崩落するかもしれない穴の中でまごついているより毛が濡れたほうがましだと思い直し、一気に堀に向かってダイブした。


 水が跳ねる音がした。


 兵士たちが近寄ってくる足音が聞こえた。

 俺は、必死で泳いだ。

 岸にたどり着き、爪をたてよじ登った。


 城壁の上から、音源を探ろうと明かりが動きまわっていた。

 城壁の上から声がした。

 

「岸に何かいるぞ」


 俺は、逃げたいと思ったが、濡れた毛が気持ち悪くて、体を振って水滴を落とした。


 まだ気持ち悪い。

 明かりが俺を照らした。

 森のキツネか、という安堵を含んだ声が聞こえた。


 しめた、森のキツネが堀に落ちたと思われたようだ。城から逃げてきたことはまだバレずにすみそうだ。俺は、ひと目を避けたい野生動物のふりをして森に向かって走った。


 一旦、草むらに身を隠すと、濡れた毛を舐めて水分を拭い毛並みを整えた。


 いつまでもここらへんでうろちょろしているわけにはいかないが、まったく土地勘のないところで、いたずらに進んでも道に迷うだけだ。


 さっきの堀の水はどこから引き入れているのか。川が近くにあるなら、川の可能性が高い。溜池という可能性がもあるが、雨水だけで溜池を満たすというより、やはり川から引き入れている可能性が高いのではないだろうか。 

 俺は、堀の周り探索することにした。


 地獄耳と夜目を生かして、森の中を全速力でかけた。どんなに長く走っても息切れ一つしなかった。カーバンクルになってよかったことの一つは、どんなに動いても疲れを知らないとうことだ。これなら、マラソンで世界一になれそうだ。


 そんな馬鹿なことを考えていたら、水路を発見した。この水路は、堀の方に向かっていた。この水路を逆にたどれば、川もしくは溜池に着くはずだ。


 追っ手の足音は聞こえなかった。水路沿いを上流に向かって歩き始めた。このとき初めて空腹を感じた。


(ミラさん、俺、お腹がすいたんだけど、木の実とか見ても食べる気がしないんだよね)

(カーバンクル様の空腹をみたせるのは、供物のみでございます)


(なんですか、供物って)

(捧げ物でございます)


(誰かに捧げてもらうということ?)

(左様です)


(種類は?)

(何でも構いません。ただし、心がこもったものでなければカーバンクル様の空腹はみたされません)


(つまり、重要なのは、誰かにお礼とか、敬われなければばならないということ)

(左様です)


(このまま、何も供物が得られなければどうなるの)

(この世界に神獣として実態を持つことはできなくなります)


(消えてなくなる)

(左様です)


(封印され魔王は?)

(開放されると思われます)


 ああ、また嫌なことを聞いてしまった。こんなことなら宝物殿に残って、供物を貢いでもらえばよかったのかも。

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