第10話 ドライアード

 水路は溜池に続いていた。

 さらに溜池に流れ込む水路をみつけ、その水路をさらにさかのぼった。


 夜が開けたころ、川岸にたどりついた。

 自分の毛並みを整えながら陽の光の暖かさに感謝した。

 

 地獄耳で調べた限りでは、追っ手は迫っていないようだ。だが、安心はできない。彼らは森での狩りが得意のようだから、俺の足跡を追跡するなんて得意中の得意だろう。一刻も早く目の前の川を渡ってしまいたい。


 目の前を流れる川の幅は、船でもなければ途中で溺れてしまうのではないかというほど広い。岸から見える範囲では、所々川底の石によって白波が立っていた。水深は浅いようだが、川面から出ている巨石は見当たらなかった。飛び石の上を伝って川を渡るわけにはいかないようだ。


  追っ手の気配を少しでも感じれば、この川に飛び込むしかない。でも、できることなら毛を濡らさずに川を渡りたい。昨夜、堀に飛び込んで結果、毛にゴミはつくし、臭うし、何より毛が濡れている状態がとっても不快だったので、再び川に飛び込む気がしない。


 川上を見ても、川下を見ても、視界の範囲内には橋など見つからなかった。渡し船みないな物も見当たらない。俺を捕まえたヤツは、どうやってこの川を渡ったのだろうか。


 俺を抱えてこの川を泳ぎきったとは考えられない。俺が目を覚ました時、俺の毛は全く濡れていなかった。だから、きっとどこかに小舟を隠しているに違いない。


 船を探しだしたとして、それを操作して川を渡りきれるろうか。なんせ俺の体型は狐や猫に近い。手は人の手ほど自由に動かない。ただ船に乗っているだけで、川の流れに身を任せるしかない。最悪、エンプ族の支配地域により近づくだけかもしれない。


 レベルアップすれば川を濡れずに渡れるスキルを獲得するだろうか。


 森にもどれば、何かしらアイテムはカクホできるだろう。試してみるだけの価値はある。俺は、足元の川原にある真っ白な石をカクホしてみた。


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セキエイ石

通常品

特記事項 なし

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 レベルアップまで、あと6つ。


 森の中を川の上流に向かってアイテムを探すため歩き始めた。10歩も歩かないうちに空腹が胃を締め付けた。


 俺は、痛みが過ぎ去るのをその場にしゃがみこんでじっと待った。


 木の実が俺の頭の上に落ちてきた。


「馬鹿野郎、木の実まで俺を馬鹿にして」


 俺は苛立ち紛れで木の実をカクホした。


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カンの実

通常品

特記事項 苦味健胃

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「馬鹿にしておりませんよ」


 頭上から男の声がした。


 俺は、とっさに近くの草むらに身を隠し姿勢を低くした。


 地獄耳で警戒していたはずなのに、足音ひとつ聞こえなかった。エンプたちにしては、声が澄んでいて高かった。


 目の前の草むらをかき分けて男の顔が急に表れた。


 俺は、とっさに顔めがけてパンチを繰り出した。パンチはヒットしなかったが、空振りだと判断するよりも先に、全速力で逃げ出した。


 もう、大丈夫だと思えるまで走った。振り返ってもだれもいない。足音も聞こえない。息を整えながら毛並みを揃えた。


 また、声がした。


「さすが、カーバンクル様。危うくこの森で見失うところでした」

「だ、誰だ」


「申し遅れました。私、古龍の森の7部族の一つ、森の妖精族ドライアードのハンヌと申します」


 緑の薄衣を着た男性が目の前の空中からふんわりと舞い降りた。


「カーバンクル様とお呼びしてよろしいでしょうか」


 しらじらしい、俺が許可する前に、そう呼んでいるじゃないか。


「ああ、構わないよ」


「この度は、カーバンクル様のご復活、誠に喜ばしきことと存じ上げます」

「そんなおベッチャラはいいよ。わざと俺の頭に木の実を落としただろう」


「申し訳けございません。私達ドライアードも、森の管理者などと自称しておりますが、実際のカーバンクル様のお姿を知るものはもうおりません。ですので、ほんの少しだけ試させていただきました。平に平に、ご容赦ください」


 ハンヌは、左手を胸の中央に当てて、頭を下げた。


(ん? 待てよ。ミラさん、どうして会話だできるんだ)

(妖精族や一部の竜族、精霊たちなどの霊的高位者たちとは、直接会話可能です)


(つまり、彼は、霊的高位者ということ?)

(はい。そうだと考えられます)


 そんな霊的高位者が俺になんの用があるのだろう。これ以上、面倒事は勘弁だ。できるだけ冷たい声に聞こえるようにして要件を尋ねた。


「それで、何の用」

「ぜひ、我が長とお会いしていただきたく、お願いに参りました。本来なら、カーバンクル様の目覚めに真っ先に気付かなければならなかったと、長は自分を責めておいでです。誠に勝手なお願いではございますが、一度長に会っていただけないでしょうか」


 内心、俺は会っても意味がないと思ったが、空腹感が俺にアイデアをもたらした。


「よし、わかった」

「俺は、これから神殿に戻りたい。そこで、落ち合うことにしよう」


「ありがたき幸せ。それならばこれより、長に連絡を」

「ちょっと待て、ただで合うわけじゃない。俺に供物を捧げよ」


 ハンヌは、膝を折り頭を下げて、かしこまりましたと返事をした。


「それと、俺は神殿までの道がわからんから、道案内も頼む」

「もちろんでございます」


「それと俺は、川の水でぬれたくない、船かなにか手配してくれないか」

「お安い御用です」


「あとそれと」

「まだ何か」


「エンプ族が俺を追ってくるかもしれない、できるだけ急いでくれないか」


 ハンヌは微笑みをうかべ、かしこまりましたと答えた。

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