第8話 城下町

 地平線に日は沈みかけており、夜はもうすぐやってくるだろう。

 じっと草むらに身を隠し、夜陰に紛れ移動することも考えたが、今すぐ移動することにした。いつ俺の脱走がばれるかわからないからだ。


 草むらをかき分ける音に注意し、警備員から離れるように移動した。

 できれば籠城の準備が整う前に、この街を脱出したい。


 丸太で作った柵に行き当たった。杭が隙間なく壁となるように地面に埋められていて、その先端は焼鳥の串のように尖っていた。警備員の位置からは直接見えないことを確認して一本、杭をカクホした。


 その隙間から外を覗いた。宝物殿自体、街の中でもっとも高い山の頂上付近に建てられているようで、街の様子が一望できた。


 街のあちこちで煮炊きしているのだろう煙が立ち上っていた。

 ざっと煙の数を見て見るに、百軒ぐらいだろうか。それらの煙の先に城壁が見えた。さらにその先に真っ黒な森が広がっていた。城壁の上には一定の間隔で物見やぐらが立っていた。


 刻々と移り変わる夕暮れの光が照らし出す森や街の景色は、味わい深い一枚の風景画のようで郷愁をさそった。


 こんな景色は、今まで見たことなど無いはずなのに、なぜか以前もみたことがあるような気がしているのはなぜだろうか。

 デジャヴというものか、それとも心の奥のほうで共鳴する何かがあるのだろうか。


 俺は、突然、途方にくれた。

 脱出するのはいい。だけど、あの城壁の先に出たら、俺はどこに向かって逃げればいい?

 風にのって煮炊きする匂いが漂ってきた。


(ミラさん、俺はこれからどこに逃げたら良い?)

(不明です)


 そうだ、ミラさんは、俺の知らないこと、正解に言えば忘れていることを教えてくれたり、俺の体調の変化、主にレベルアップに関して教えてくれるが、この世界でどのように生きるべきかは答えてくれない。


 まあ、当たりまえだ。そんなことまで決められたら逆に窮屈だ。

 俺がここから逃げるということは、つまり、どのようにこれから生きるか、ということでもある。

 なんせ、この世界のことなど何もしらないし、親類縁者友人知人、だれひとりいない。


 自分の足元に大きな穴があいて、そこに吸い込まれてしまうような感覚におそわれ、地面に伏せて体を丸くした。ほんとに逃げて良いのかどうかも自信が失くなってきた。


 飛び降りてきた高床式の宝物殿を振り返った。もう、あのカクホしてできた穴を元に戻す方法はない。逃げ出したことをなかったことにはできない。前に進むしかない。

 でも前ってどこ?


 空を見上げた。

 前がわからないなら、後ろだ。

 前へ進むことが未来へ進むことなら、後ろへ戻ることは、知っている場所に立ち戻ることだろう。


 今、知っている場所は、あの神殿だけだ。

 神殿に戻ろう。

 そのあとのことは、その時考えればいい。 


 エンプたちの会話を思い出す。川を渡ったとか言っていた。街を出て、川を渡ろう。麻酔針で眠っていたが、何日も眠っていたわけはないだろう。ならば、そんなに遠いところじゃないはずだ。


 宝物殿は、三重の柵に囲まれていた。目の前の柵のすぐ外は、空堀だった。空堀の底から急勾配の石組みを登って宝物殿に忍び込むのは難しそうだが、宝物殿から出るのは急な勾配を駆け下りるだけで、簡単そうに見えた。


 俺は、周りに視線がないことを確認して斜面を駆け下り空堀を越えた。人間のときならきっと、足が途中でもつれ、転がり落ち、体中あざだらけになっていたことだろう。


(これだけ動ければオリンピック選手も夢じゃない)

(オリンピック選手、解析終了しました。カーバンクル様の運動能力は、どの生き物よりも優れております。実際、逃げ足だけなら、神獣一と謳われております)


 褒められているのに嬉しくない。

 すぐさま、次の柵の前に進んだ。今度は、後ろも気にしなければならない。さっと後ろを振り返り、だれも見ていないことを確認して、杭をカクホし、できた隙間から外を覗いた。また空堀だった。


 柵の外側にエンプたちの姿は見えなかった。城の防御を固めるため、城の中にエンプたちは出払っているのかもしれない。


 ここまで来たら一気に突破してしまおう。俺は、先程と同じ要領で空堀を越え、次の柵も空堀も越え、城下町にたどり着いた。


 日は地平線の下に沈み、暗闇に街は包まれていた。家々からは明かりと話し声が漏れてきていたが、外をうろつくものはいなかった。


 盗みは悪いと思いながらも俺は、外に置いてある生活雑貨をカクホしまくった。


 木の桶、杓、鋤、鍬、鎌、雑草、木の実。


 なんと、雑草だとおもった草は、クス草というもので、抗菌効果があった。カクホしてみるまで、そのもの価値はわからないものだ。


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クス草

通常品

特記事項 抗菌効果

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(おめでとうございます、カーバンクル様、レベルアップいたしました)


 俺は、小走りで城壁を目指しながら、ミラさんの声に耳を傾けた。


(アイテムブックの保管数が30に増加しました。新しいユークスキル地獄耳を習得しました)


(地獄耳?)

(半径30歩範囲の音を聞き取ることが可能となりました。この能力は指向性および選択性を持ちますので、聞き取りたい音だけを処理することが可能です)


(30歩って、どれくらいなの)

(翻訳完了しました。一歩は約30センチですので、約9メートルになります)


(じゃあ、エンプ達の足音とか聞き分けられる)

(はい、可能です)


 この地獄耳スキルのお陰で、途中、何度もエンプ達の足音がこちらに近づいてくるのに気づき脇道に入り、やり過ごした。


 道すがら木製のハシゴ、棍棒、虫取り編み、エンプ族の服、布切れ、雑巾、木製の皿、木製のコップ、わらじ、木製の靴を新たにカクホした。


(おめでとうございます、カーバンクル様、レベルアップいたしました。アイテムブックの保管数が40に増加しました。新しいユークスキル夜目と聞香<ききこう>を習得しました)


(それは、どんな能力ですか)

(夜目は、満月の光の下で、昼間と同等の視界をカクホできます)


(いいね。これから逃げるのにぴったりだ)

(聞香は、2歩以内の範囲で目的の匂いを嗅ぎ分けることが可能です)

(このスキルはいまのところ使い所がないな)


(では、ミラさん。夜目をつかってください)

(了解しました)


 月明かりの下、道も建物も昼間のようにくっきり見ることができた。逆に、建物から漏れ出る部屋の明かりが眩しすぎた。


 運が向いてきた。


 やがて、俺は誰にも見つかることなく城壁を見上げる位置にたどり着いた。

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