第6話 レベルアップ

 宝物殿には、この一部屋しかないようだ。 

 天井は高い。ものが多いので広そうには一見見えないが、四方の壁の長さから推測するに、床面積は広い。博物館の展示スペースのようだ。


 入り口から奥に向かって棚が4列に置かれていて、それぞれの棚は、天井まで届くほどの高さだ。その棚に品物が整然と保管されていた。

 明り取りの窓や通風孔など外部に出れるようなものは何処にもなかった。出入り口は、光る石が置いてあった扉ひとつのようだ。


 もたもたしていられない。

 エンプ達の気が変わってしまうかも知れないし、最悪の場合、問題の本質、たぶん俺のことだが、それを証拠隠滅、たとえば炭火で焼いて食ってしまおうなどと考える輩が現れるかもしれない。


 俺は、焦る気持ちをなだめるように、尻尾の毛並みを整えた。

 まずは、自分の能力や持っているものを確認しておこう。神殿では、カクホを確認したところでおわってしまったから、次はカイホだ。


(カイホは、アイテムブックに保存されているアイテムを取り出すスキルです。呪文もアイテム名、個数、カイホです)

(ミラさん、集めたものを一覧できる?)

(了解いたしました)


 中空に表れた画面に一覧が表示された。タイル状に並べられた写真のサムネイルのようだ。その左上に一番はじめにカクホしたヤシシの縮小された画像が表示されていた。


(ヤシシは死んでいるのかな)

(いいえ、カクホした時の状態のままですので、死んではおりません)


(もし、このヤシシをカイホしたら、あの、寝ている状態で現れるということ)

(そのとおりです)


 こんな場所でヤシシをカイホして、目を覚ましたら大暴れするに違いない。それはそれで使いようかもしれないが、今はやめたほうがいいだろう。


 俺はカイホの練習として最も小さいものを選んだ。


(麻酔針一個カイホ)


 左前足の人差し指の指先に先程の麻酔針が転がった。どうやら、指先とは、左前足の人差し指のことらしい。


(縄一個カイホ)


 縄が、出現した。これを使って自分一人で自分の手足を元のように縛ることは、どう考えてもできない。

 つまり一度カクホしてしまったら元の場所に元の状態でカイホはできないということだ。


(カイホのところで、指先のみ、コントロール不能と表示されているけど、これはレベルアップすれば、変わるのかな?)

(現在のところ、それは不明です)


(かつての俺は?)

(はい、自由自在でした)


 レベルアップすればコントロール可能になるということだろう。ただ、ミラさんしてみれば、スキルが初期化されているから不明だと答えたわけだ。


 いずれにせよ、ヤツラが再び現れたら、俺が縄を解いて自由に歩き回れることはばれてしまう。なんとしても、その前に脱出する必要がある。

 しかし、どうやって?


 俺は、まだ扉を開けられるかどうか試していないことに気がついた。

 扉は引き戸だった。

 もしかしたら、もしかしたら、鍵などかかっていないかもしれない。


 俺は、速歩きで扉のところに近寄り、扉と壁の隙間に、爪を差し込んで、引いてみた。

 扉はピクリとも動かなかった。

 当たり前だが、扉には鍵がかかっているようだ。


 さて、次はどうするか。麻酔針と縄をもう一度カクホし直した。部屋を歩きながら考えつづけた。美術品収集でも料理でも壁にぶつかったら少しでも違うアプローチを常に模索する。そうすれば自ずと道は開ける。これは俺の信念、信条だ。経験に基づく知恵だ。


 そうして粘って得た結論は、今の俺のレベルで脱出する方法がないなら、レベルアップするしかないということだ。

 レベルアップの条件はステータス画面に表示されていた。


保管アイテム 10個


 なら、この部屋にあるアイテムをカクホしまくろう。俺は、まず手の届く棚に収められている品物を試してみた。しかし、どれもこれもカクホできなかった。


 現在、俺がカクホできるアイテムは通常品のみだ。よく考えてみれば宝物殿に収められている品が通常品なわけがない。宝物自体はだめでも、宝物を収めてい棚は、カクホできそうな雰囲気だ。


(ミラさん、棚だけをカクホすると、棚の宝物はどうなりますか?)

(棚の上の物は床に落ちるでしょう)


 床に落た品物はものすごい音を立てるだろう。そんな音をたてたら、捕まえてくれと宣伝してまわるようなものだ。却下だ。


 棚や部屋の壁に、一定の間隔で乾燥した草が吊るされていた。虫除けだろうか。よく見れば、葉っぱの形が異なる草が混じっていた。こういうときは個別カクホだ。


 俺は一番近くにある乾燥した草の束をカクホした。


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センテッド草

通常品

特記事項 防虫効果

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パインデ草

通常品

特記事項 防虫効果

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ハナハチ

通常品

特記事項 なし

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 やった。一気に3つもアイテムゲットした。カクホも使い分けが大切だ。

 あと3つでレベルアップだ。


 何処かにゴミとか落ちてないか探し回った。床の上はきれいに掃除が行き届いていた。他の乾燥した草をカクホして回れば、他の小動物がカクホ可能かもしれない。俺は、手の届く範囲の乾燥した草をカクホしていった。


 結果は予想以上の出来だった。


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ゼラ草

通常品

特記事項 防虫効果

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ハナハエ

通常品

特記事項 なし

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 こんどの小動物は、ハナハエだった。


(随分ややこしいな。ハナハエとハナハチ。アイテムが増えたら、名前も覚えきれないかもしれない)

(アイテムには、別名機能をつかってニックネームを作成することが可能です。別名をつけますか?)


(はい、つけます)

(どのアイテムに別名をつけますか?)


(ハナハチに、ハチ。ハナハエにハエ)

(了解しました)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ハナハチ

通常品

特記事項 別名 ハチ

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ハナハエ

通常品

特記事項 別名 ハエ

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 よし、あと一つだ。

 だが、カクホできそうなものはもう見当たらなかった。


 ここまでか。


 俺は、部屋の一番奥、はじめに女が俺をおろしたクッションの上に横になった。適度なクッション性があって居心地いい。こうなったら、できることは強行突破だ。ヤツラが扉を開けた瞬間に、入り口から飛び出す。後は、でたとこ勝負。俺は、クッションの上に立ち上がり、伸びをした。


 そのとき、突然ひらめいた。まだ俺にはカクホできるものがあった。

 俺は足元のクッションをカクホした。


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綿入れクッション

通常品

特記事項 なし

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(おめでとうございます、カーバンクル様、レベルアップいたしました)

(Yes! なせばなる)

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