第5話 エンプ族

 しゃべり声が聞こえてきた。笑い声も聞こえる。宴会でもしているようだ。俺は、まどろみの中、会話に聞き耳を立てた。


「今まで見たこともない神殿が森の中に表れたんだ」

「馬鹿な、あそこらへんはたしか、神殿どころか建物の跡もないぞ」


「俺が嘘をついているというのか」

「やめろ、やめろ、今は、喧嘩なんかしている場合か」


「それにしても、市長が幹部全員を集めるなんて、戦争でも始めるつもりか」


 俺は、薄目をあけて周りを観察した。外のようだ。焚き火が見えた。その炎の周りに車座になって話をしていたのは、服を着た猿たちだった。猿というよりもチンパンジーに似ていた。


 ポンチョのようなものをゆったりと羽織っている。下半身はズボンといよりスリットの深く入ったスカート、腰布のようで、布と布のあいだから、毛深い体毛がのぞいていた。


 猿人たちは、酒盛りでもしているのだろうか、それぞれのそばには徳利ぐらいの大きさの器と皿が置いてあり、火のそばには串に刺さった肉、なんの肉かはわからないが、火であぶられていた。


 猿人たちは話ながら、肉を少しかじっては徳利の中身を飲んでいた。

 まさか、次にあの串にさされるのは、俺じゃないよな。寒気が背中を駆け上がった。


 逃げなくては。ためしに手足に力を入れてみたが、何かで縛られていて1ミリも動かなかった。


「俺は、ヤシシに麻酔針を打ち込んだんだ」


 俺に背中を見せて座っている猿人が自慢気に話していた。

 こいつが俺の尻に麻酔をうったのか。


「手応えはあったから、ゆっくり眠るまであとをつけて待つつもりだった」

「そうりゃ、そうだ。あそこはドルイドたちの領地だ。血など流そうものなら、お前さんの首が飛ぶ」


「そんなことはわかっている」

「そしたら、ヤシシがその見知らぬ神殿の中に入っていって。そしたら、その中に、このキツネがいたんだ」


 俺は、薄目を閉じて寝たふりを続けた。自分的には少し大きな猫だとおもったが、キツネに見えるらしい。


「倒れたヤシシにこのキツネが触れた瞬間、ヤシシが消えた」

「消えた?」


「どうして」

「知るか、そんなの」


「お前、自分の尻に麻酔針を刺しちまったんじゃないか。それで夢でも見たか」

「俺が嘘を言っていないことは、お前達、今からその神殿にいけばわかる」


「やめとくよ。おまえみたいなバカじゃない限り、エベ川なんか渡って、ドルイド領に入るやつなんかいない」


「ふん、ただの弱虫なだけだろう」

「何を」


 足音が聞こえて来た。おしゃべりがやんだ。年老いた声だった。


「静粛に」


 俺は、薄目を開けて様子を伺った。腰の曲がった年老いた猿人と二周りぐらい体の大きいな猿人が立っていた。腰に剣を帯びていた。

 年老いた猿人が鋭い険のある声で話はじめた。


「ラドに聞きたい」


 俺を捕らえたと話していた猿人がそれまでの話し方を変え厳粛に答えた。


「はい、市長」

「禁止しているエベ川をわたりドルイド領に入ったのはまちがいないか」


 ラドは、一度、口ごもったが、胸を張り答えた


「ドルイドたちは、肉を食わん。だから、まるまる太った獲物を一頭ぐらい分けてもらってもバチは当たらんでしょう。もちろんドルイドたちが嫌う血が出ないように麻酔針をつかった」


 体格良い猿人がすごんだ。


「質問にだけ答えろ」


 ラドは、不満げに答えた。


「はい。エベ川を渡りました」

「そこで、初めてみる神殿を見つけたのだな」


「はい。見つけました」

「その中に、その、生き物がおったのだな」


「はい。いました。このキツネモドキが私の獲物ヤシシに触れた途端、跡形もなく消えました」


 帯剣した猿人が恫喝した。


「質問にだけ答えろ、馬鹿者」

「もう、よい。今の話に偽りなしだな」

「はい」


「ラドに縄をかけろ。牢屋につないでおけ。私は、これから首都に赴き、このことを報告してくる。私の指示があるまで、何人もこの街から出てはならぬ。この件に関して、箝口令をしく。一切他言無用。これは我々エンプ族の運命を変えてしまうかもしれん。念の為、守りを固め籠城の準備をして、次の指示を待て。良いな」


 だれかが、大声で抗議の声を上げた。


「市長、そんなことをいきなり言われてもみんなが納得しない」


 そうだそうだと、他の者も気勢を上げた。市長は、ドスの利いた声で話した。


「もう一度いう。この件は他言無用。良いな。草木昆虫たちにも耳があると思え」


 だれかが声をあげた。


「この生き物はどうされますか」

「今は、見張りをつけて宝物殿に入れておくしかない。昼夜交代で宝物殿の見張りつけておくように」

「皆も至急準備にかかれ」


 会議の出席者は黙って席をたち散っていった。どうやら今すぐ食われることはなさそうだ。

 そのあと猿人、エンプ族と言っていたが、その女がやってきて俺をふかふかの毛布で包んだ。


 女がつぶやいた。


「なんてかわいいんでしょう。食べちゃいたいぐらい」


 やめてくれ、冗談に聞こえない。


 女は、きっと宝物殿という場所に移動するのだろう、俺を優しくかかえ、移動しはじめた。

 毛布から甘い花の香りがした。女は俺の頭をなでた。そこには、魔王を封印をした宝珠があるのだが、女はそれには気づかなかったようだ。


 もちろん眠ったフリを続けたが、不安と恐怖がないまぜになり湧き上がってくるのをぐっと心の奥に押し留めた。そこは、他人に触ってほしくないと初めて認識した。


 建物の中に入った。

 空気が少しひんやりとした。

 俺は、薄めを開けて辺りをうかがった。

 女は、俺を部屋の一番奥、入り口の正面に面した壁際におろした。板の上ではなく、座布団のようなクッション性のあるものの上に置かれたようだ。


 女が部屋を出ていき、静けさに包まれた。

 部屋のなかには、他に動くものの気配はなかった。

 部屋全体を照らすような光源はない。一箇所だけわずかな光りを放っていた。


 俺は、毛布をはねのけ、その光に向かおうとしたが、すぐに床に転んだ。手足は、まだ縄で縛られたままだった。体をくねらせ、もがいたが縄は解けそうになかった。


(えい、忌々しい。どうにかならないかなミラさん)

(はい、カクホすればよろしいかと)


 あ、そうだった。俺はアドバイスにしたがい、手足を縛っていた紐をカクホし、あっさりと問題は解決した。

 ついでに良い香りのする毛布もカクホしておく。カクホというユニークスキルは、使い方しだいで大変便利だ。


 俺は、無様に転げ回ったため乱れた毛並みを一通り整えてから、本来の目的である光源に近づいた。


 それは、光る小石で、入り口に邪魔にならないように置かれていた。非常灯のようなものだろうか。小石をカクホするため踏みつけて念じた。しかし、小石はその場で光ったままだった。


(カクホに失敗しました。このアイテムのレベルのほうが、カーバンクル様の現在のレベルよりも高いと思われます)

(そうすると、つまり、この光る石は、希少品、別格、伝説品、神話級品のどれかということだね)

(左様でございます)


 目が次第に暗さになれてきた。建物はログハウスのように丸太を積み重ねてつくらていた。もちろん隙間などはなく。少しかび臭いにおいがした。


(さて、どうやって逃げ出すか?)

(不明です)


(そうだよね)


 俺は光る小石を口に加え、部屋の中を見て回ることにした。

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