第3話 身体検査
俺は両手を見つめた。
手は毛で覆われていた。
腕も毛で覆われていた。
手のひらには、こんもりと盛り上がった肉球がついていた。
大きな猫、いやライオンや豹のような大型の猫科のものだろうか。
鋭い爪も出し入れ出れ可能だった。
俺は、自分の姿を確認できるようなものがないか周りを見回した。
(ねえ、ミラさん、いますぐに自分の姿を確認したいんだけど。さっきからチラチラと見える自分の手が毛深いのだけれど、この際、はっきり自分の現状を確認しておいきたい)
(この神殿には、そのようなものはありません)
ふと、自分の正面にある黒光りする石碑が目に入った。あの石碑は、鏡に使える。
俺は、思わず、その場から飛び降りた。飛び降りながら、しまったと思った。自分がいた場所は、想像以上に高い場所にいたらしい。滞空時間が長い。自慢じゃないが運動は苦手だった。足を挫くかもしれない。目をつむり着地の衝撃や痛みに備えた。
着地したが驚いたことに衝撃や痛みは、全くというほどなかった。
驚くことは他にもあった。なんと、自分の手が先に地面に接地し、そのあと足が接地したのだ。普通の人間は足から着地する。手から着地するとこはほぼない。
どうしてだ?
ミラさんは、俺が人間じゃないと言っていた。
俺は、黒い石碑に駆け寄った。
黒い石碑は高さ40センチ、幅80センチほどの横長だった。表面には、光沢がある。文字や紋様などの装飾はまったくない。じっと見ているだけで吸い込まれそうになるほど表面は磨き込まれ、美しい。
石碑に写った自分の姿は、猫のように見えた。丸顔で、ヒゲがある。目は、クリクリとしたまんまるで、薄目にしたり、見開いたりしてみたが、猫の瞳孔のように変形したりはしないようだ。
鼻も、犬というより、猫だ。
耳は、狐のように細長い。
足から頭までの高さは、30センチほど、胴体の長さも30センチほど。
今、気がついたが、尻尾もある。だいたい20センチぐらいか。振り返り、実物を確認した。尻尾の先は習字のときにつかう筆のようにふさふさとしていた。狐のような毛の色で、全身もこの色の毛で覆われているようだ。ただし、足先だけは白い。いいアクセントだ。
再び石碑に映る自分の姿を確認した。
太めのボディーで短足。
ニッと笑ってみた。犬歯が表れ、狼のように鋭い。
鎖状の首輪をしていた。
全体的には猫のようだが、耳だけは、狐のように見えた。
これがカーバンクル。
首輪に触ってみた。
(なんでこんなものが首にまかれているんだ)
(それが私です)
そうなのか、これが錬金術師が作ったアイテムなのか。
(こんなもの、とか言ってすみませんでした)
(問題ありません)
長く伸びた前髪をかき分けると、額に花びらの文様のような薄桃色の丸い石が埋め込まれていた。
(これが、額の宝珠、秘匿された魔王ですか?)
(左様でございます)
この中に世界を滅ぼす魔王が封じこめられていると思うと、触るのも気がとがめる。
(人じゃない。獣。ほんとうに神獣なのか)
(はい、とっても偉大な神獣でございます)
(神獣というと大きくて威厳のあるものと勝手に思っていたけど、それほどでもないな)
(はい、神獣としてはとっても小柄です。ですが、その偉大さと身体の大きさは必ずしも一致すつものではありません)
俺が偉大とか言われても、何の心当たりもない。
自分の欲望のために危ない人に借金して、店に火をつけられて、心配する幼馴染も巻き込んで、何が偉大なものか。そんなことを言われたら見るもの聞くものすべてが嘘くさく感じる。
誰かが気を失っている間に最先端技術でドッキリでもしかけたか。ヴァーチャルなゲームだろうか。ドッキリじゃないとしたら、それこそ俺が生み出した妄想、夢、悪い冗談だ。
(ミラさん、俺の目を覚まさせてください)
(夢はもう見終わったと思われます。カーバンクル様は完全に覚醒しておいでです)
俺は試しに自分の顔を爪をたててつついてみた。ただただ痛い。目は覚めない。夢ではないようだ。
バーチャルゲームか何かの可能性もある。ためしてみよう。
(ミラさん、ログアウトしたい)
(意味不明です)
(電源をおとしたい)
(電源の意味が不明です)
自分自身は、システムにアクセスできない仕様なのかもしれない。こういうときはたいてい、管理者権限なるものが必要なのだ。
(俺は、管理者権限をもっている?)
(カーバンクル様の命はカーバンクル様のものです)
(うーん。管理者と連絡が取りたい)
(この世界の管理者、つまり神だと推測しましたが、接触は、今の状態では不可能です)
お、なんか手応えがあったぞ。
(どういう状態なら管理者と連絡がとれる?)
(カーバンクル様の肉体の消失時、つまり死んだとき、魔王が復活した時に可能となるでしょう)
死んだら神様と連絡が取れるのか。
神様に一度あってみたい気がするが、今である必要性、緊急性は感じない。
これが望まない状況だったとしても、自分から死ぬことは、やはりかなりの抵抗を感じる。はっきり言えば死にたくない。
俺は、他に試すことが思い浮かばなかったので、神殿の端まで駆けてみた。昨日まで二本足出歩いていた俺が、獣となって四足で駆けていた。生まれてからずっと四本足をつかって走っているように自然で、意識せずスムーズに走ることはできた。
ひとまず、この現実が何であれ、受け入れるしかないようだ。
その場で何度かジャンプしてみた。体が軽い。しかし、気分はそれほど軽くない。
(これからどうなるのか。この世界で何をすればいいのか)
俺は目の前に広がる鬱蒼とした森を見つめた。生きる目的、せめてヒントが欲しい。魔王なるものを額に抱え、ただ生きているだけでいいのか?
(以前の俺から何かメッセージは受け取っていないのかな)
(はい、承っております)
(お、ほんとに。それで、なんて)
(それにお答えするには、条件がございます)
(どんな?)
(この神殿に配置されておりました9つの神話級品、これらは、カーバンクル様の選りすぐりの一品でしたが、それをみて、何も決められない時、というのが条件です)
俺は、神殿の中央に戻ってきたが、それらしき物は見当たらない。石柱の周りを回ってみた。石碑と同様に、ボタンとか、出っ張りととか文字紋様など一切ない。
(この神殿に配置されている9つの神話級品とはどこにあるの)
(はい、今から3000年ほど前、この神殿に、人族が一人、侵入し、その者に盗まれてしまいました)
(盗まれた? おかしいじゃない、ここは制限結界で厳重に守られていたはずでしょう)
(はい、どうやって侵入してきたは不明です。侵入をゆるしたのは、その者だけでございます)
(つまり、どういうことになるの)
(はい。まずは、この神殿から盗まれた9つの神話級品をここに配置し直す必要がございます)
俺は、深呼吸をして天井を見上げた。気持ちの整理と現状の確認が必要だ。
俺の額には世界を滅ぼそうとする魔王が秘匿されている。そう思うとバグ弾が額に埋め込まれているようで不安で仕方がない。
その上、魔王復活を目論む勢力が、俺の命を狙っているらしい。
かつての俺が残したメッセージはあるが、それを聞くためには、9つの神話級品を探し出し、奪い返し、ここに展示しなおす必要がある。
しかし、それよりもかつての俺が選びに選びぬいた宝物が盗まれていたという話に、内心衝撃を受けていた。
現代アートをこつこつと収集していた身から言わせてもらえば、泥棒なんて厨房を徘徊するゴキブリ以上の憎き天敵である。
その上、それらの宝物は、俺のものであったというのだ。
そう思ったら、何が何でも奪い返したという、どこから湧いてきたのか不明だが、使命感のようなものが心の奥底から湧き出てきた。
魔王のことはとりあえず置いておこう。まずは、盗まれた9個の宝物を奪い返したい。そして、かつての俺のメッセージを聞いてみたい。
でもどうやって見つけ出そうか。せめて、ここにあったものが何なのかわからないと奪い返しようがない。
(ミラさん、それはどんなアイテムなのですか)
(はい。黒光りしている木刀、複雑な網目の麻の服、木目のない六角形の木の板、革紐のついた手のひらサイズの砂時計、木目のきれいな木製の指輪、古代銅貨、左右の大きさの違う木靴、真っ白な革袋、縁の欠けた瑠璃色のお猪口です)
(それらが、宝物なの)
どう考えてもガラクタだ。
(はい、カーバンクル様によりますと、それらの品は、カーバンクル様がみればひと目でわかるそうです)
やれやれ、初代は、かなりの変わり者だったようだ。
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