第7話 豹変

 俺たちはAさんの家に帰った。


 Aさんと住むようになって1週間。俺たちは親しくなったと言えるかもしれないが、俺は早く家に帰りたかった。Aさんが俺の彼氏だったら、一緒にいる意味があるかもしれないけど、同居のメリットが皆無だからだ。俺には家があって、貧乏学生のようにルームシェアする必要がない。俺は寂しがりではないし、一人が好きなタイプだ。それに、Aさんは面倒くさい。俺は発達障害だけど、随分、症状が軽いのかもしれないと思う。精神科に行っても、発達障害でないと言われるかもしれない。俺も色々苦労して生きづらい人生だったけど、自己流に工夫して、何とか乗り越えて来られた。しかも、実家に頼らず一人でだ。


 彼の場合は、学校でのいじめと不登校もあったようだ。発達障害はいじめに遭う確率が3倍にもなるそうだ。俺はいじめに遭ったこともあるけど、体が大きくて、かっとなりやすい性格だったから、怖がられてもいた。学校で物を壊したり、ジャイアンみたいな性格だった気がする。同時にみんなから相当嫌われていたと思う。今は大人しくなったし、自分を客観的に見られるようになった。俺が子どもの頃そんな風だったとは誰も思わないだろう。


 次の日の朝、俺はAさんに告げた。


「僕はもうそろそろ家に帰ります」

「え!そんな、帰らないでください。お願いします」

「でも、僕も家の掃除があるんで・・・閉め切ってると家が傷むので」

「そんな・・・また、帰って来てもらえますよね?」

「いいえ。僕は僕の家に帰ります。ごめんなさい」

「お願いします。帰らないでください」

 彼は俺にしがみついた。

 まるで別れ話をしているみたいだ。俺もそういう経験はないのだが。女性と付き合ったことがないから、別れたこともない。

「無理ですって・・・お互い大人なんだから、俺の意思を尊重してくださいよ」

「お願いします。あなたがいないと僕はダメなんです」

「そんな・・・出会ってまだ1週間ですよ」

 彼は泣きじゃくった。50代の小父さんの泣き顔。正直気持ち悪かった。

「好きなんです。何でもしますから」

 彼は土下座した。

「いや・・・そんな」

「僕の財産もすべてあげますから、捨てないでください。あなたのためなら死んでもかまいません」

「そんなこと言われても困りますよ。私たちはそんなに親しいわけじゃないし。恋人同士じゃないでしょう?」

「あなたがいないと生きていけない」

「そこまでの関係では・・・」

 俺たちはそうやって1時間くらい揉み合っていた。

 俺は荷物をまとめたかったが、彼が許してくれなかった。


「じゃあ、家の様子を見て帰ってきますから」俺はその場をごまかすために嘘を言った。そして、私物を全部まとめて、トランクに詰めた。彼はいじらしそうに俺を見ていた。

「ちょっと寒くなってきたので、もっと厚手の服と交換してきます。じゃあ、また」


 俺はそのバイトを引き受けたことを、全力で後悔していた。


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