第6話 外出

 もともとの話では、ヘルパーさんが夕飯を作ってくれるということだったが、少量しかないので、俺の分は自分で用意しなくてはいけなかった。ヘルパーさんは家族の分まで作ってはくれない。1時間2000円の家政婦とは違う。それに、冷蔵庫にはそもそも食材が入っていない。食材は隣の駅の激安スーパーに自転車で買いに行っているそうだ。何を食べたいかではなく、一番安いものを買うそうだ。


 俺は自宅で、無農薬野菜を食べていたから、慣行栽培の野菜を食べるのが嫌だった。米も島根県産など、こだわりがあった。俺1人だけ別に米を炊くわけにいかないから、夕飯はパン。昼は金がないからオートミールに豆乳をかけて食べるというワンパターンな食生活になってしまった。その他は、レンチン料理くらい。俺は基本電子レンジを使わないのだが、鍋を洗うのが面倒でそうなってしまった。


***


 ようやく金曜日になった。その夜は新宿で待ち合わせて、夕飯を食べ、風俗に行くことになっていた。俺は金ももらえるかと思って尋ねた。

「すいませんけど、日曜日からの報酬払ってもらえませんか?」

「今日はあまり現金下ろしてないので」

「じゃあ、風俗行かなくていいですよ」

「いやぁ・・・せっかく新宿まで来たんですから」

「お金がないんだったら、2丁目のハッテンバに行けばどうですか?安いとこなら1000円くらいからありますよ」

「江田さんも行きますか?」

「僕はいいです」

「僕、風俗に行ったことがなくて・・・」

「もしかして、童貞ですか?」

「はい・・・」

「ああ・・・じゃあ、せっかく行くならソープランドに行った方がいいんじゃないですか?僕はいいから一人で行って来たらどうですか?」

「え、でも・・・」

「いいですよ。お金のことは」

「じゃあ、どこがいいですか・・・いいお店があれば」

 俺は彼をある店に案内した。前に利用したが、良心的で手ごろな店だった。

「俺、買い物して来るんで、1時間後に。ここで。頑張って行って来てください」

 俺は何だかいいことをしたような気がして、金をもらっていないことをすっかり忘れていた。1時間後、店の前に立っていると、彼がニヤニヤしながら中から出て来たので、俺は笑ってしまった。


「お疲れさまでした。どうでしたか?」

「いや・・・すごいかわいい子で」

「よかったですね」

「はい。生まれて半世紀ですよ・・・」

「もったいないですね。今まで風俗に行ったことがないなんて」

「まあ。もともとは嫌いだったんで」

「風俗と恋愛は別ですよ。それぞれ良さがあるし」

「江田さんも風俗なんて行くんですね」

「僕も行くようになったのは、50過ぎてからですよ。もてなくなってきたし。同年代の女性とはその気になれなくて」

「いやぁ・・・いいもんですね。仕事だってわかってても、優しくされると嬉しいっていうか」

「じゃあ、お祝いに何かおごりますよ」

 俺たちはその後、夜食にラーメンを食べに行った。

 彼はずっとニヤニヤしていた。全然遊んで来なかったようで、かわいいとさえ思い始めていた。


「僕、江田さんのこと友達だと思ってもいいですか?」Aさんは恥ずかしそうに言った。

「もちろん」

「僕、友達が1人もいなくて」

「俺も友達はあまりいないですよ」

 でも、0ではない。

「〇〇〇(会社名)にはどのくらい勤めていたんですか?」

「1年です」

「短いですね」

「パワハラと嫌がらせがあって」

 みんなが知っているような大企業で、そんなことはないだろうと思うのだが、本人が思っているなら仕方がない。


「江田さんはパワハラに遭ったことありますか?」

「僕はないですね」

「雇用形態は正社員ですか」

「そうですよ」

「いいなぁ・・・同じ発達障害でも普通に勤められて」

「僕の場合も、20代の頃は何回も仕事を変わりましたよ。30過ぎて後がないと思って、1つの職場にしがみつくようになりましたけどね」

「僕はいつも人間関係がうまくいかなくて・・・」

「でも、家もあるし・・・そんなに一か所に固執しなくていいじゃないですか」

「でも、借金だけ残ってしまって」

「そうですね・・・」

「実は、利息を払うのもきついくらいなんです」

「銀行に事情を話して、猶予してもらったらどうですか?」

「そうですね・・・優しいですね。親身になってくれるなんて」

 俺の金でもあるし・・・。それに、彼が世間知らずで気の毒だからだ。 


 俺たちは11時くらいまで、新宿でぶらぶらしていた。俺のおごりで普段行かないスタバまで行ってしまった。スタバははっきり言って高すぎる。


「じゃあ、帰りましょうか」

「はい。楽しかったです。ありがとうございました」


 友達のいない彼と一緒に飯を食って、風俗に連れて行ってやって・・・。

 俺にとっては普通のことでも、彼にとっては初めて尽くしなのかもしれない。俺はしんみりした。


「江田さんの家に遊びに行ってもいいですか?」

「うちは散らかってるんで・・・人を入れたことないんです」

 俺は断った。何となく、Aさんを家に入れたくなかったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る