第8話 別れ話

 俺はAさんの家を出て、もう連絡が来ても返信しないことにした。ツイッターは削除しよう。家の住所は言ってないから、バレていないと思う。それでも、俺は家に帰って、電気を消して過ごしていた。彼が俺の財布の中の免許証を見ていないとも限らないからだ。


 その夜、AさんからLineが来た。

「今日は帰って来ないんですか?」

「ごめんなさい。僕のことは忘れてください」

「無理です。僕は愛してます」

 俺は放置した。すると、またAさんから、Lineが来た。

「江田さんがいないと僕ダメなんです。何でもしますから戻って来てもらえませんか」

「すみません。僕はもう〇んだと思ってください」

「じゃあ、僕ももう〇にます!」


 俺はそれに対して返信しなかった。本来は警察に言えばいいんだろうか。俺にはわからなかった。警察にAさん宅に行ってもらって、ぴんぴんしていたら、俺が謝らなくてはならないだろう。それに、ゲイだと思われてしまう。


 俺は普通に過ごしていたが、彼が本当に死んでしまったらどうしようと怖かった。さらにLineが届いた。薬の写真だ。掌に山盛りの薬が写っていた。


「今からオーバードーズします」


 俺はスルーする。


「飲みました。すごく気持ちが悪いです」


「今、手首を切りました」


 そして、手首が血だらけの写真が送られて来た。

 俺はスルーする。

 怖かった。俺はどうしたらいいんだろうか?

 彼の元に戻って抱きしめるべきか?


 俺はその夜、ずっとやめていた酒を飲んで寝た。

 やっぱり酒はおいしい。飲んでいる時だけは、現実を忘れられた。

 でも、その後が最悪で、悪夢にうなされた。

 Aさんが俺の家まで来て、3階のベランダから入って来るという夢だ。彼は1階に梯子をかけて、忍者みたいにするすると2階に登る。そして、2階の窓を壊して、階段を上がって俺の部屋に来る。


 廊下に人の気配がする。

 ミシ、ミシ、ぎ~っという音がした。

 誰かが入って来る。まるで現実みたいだ。

 俺は寝たふりを決め込む。


 誰かが俺の布団に入って来た。

 それが男だとわかる。ハアハア息をしている。

 俺は怖くてぎゅっと目を閉じた。


 怖い怖い怖い。


「好きだって言ってもらえませんか」

 Aさんの声がした。

「好き」

 俺はもう終わりだと思った。

「これからは、ここで2人で暮らしましょう」

「はい・・・」

 俺は断り切れず、頷いた。


 それから、俺はAさんの肌のぬくもりを感じながらいつの間にか眠りについた。朝起きると、もうAさんはいなかった。夢だったんだろうか。俺は不安になった。


 2階に降りて行っても、Aさんはいなかった。俺はほっとした。やっぱり夢だったんだ。


 俺は日曜日だから、もう一回寝なおすことにした。

 横になってうとうとすると、Aさんのことが頭の中にチラチラしてきた。あ、そうだ。Lineをチェックしてみよう。あの後、どうなっただろうか。


それにはこう書いてあった。


「これからは、そっちで一緒に暮らしましょう」


 俺は「無理ですよ」と書いて送った。すぐに既読になる。


「昨日、いいって言ってたから、もう来ました」


 俺はギョッとする。


「いいなんて言ってませんよ」

「いいえ。言いましたよ。もう、荷物も持って来てますから、よろしく」

 俺はびっくりして1階まで降りて行った。

 玄関には何もない。


「ごめんなさい。無理です」俺は送信した。


 すると、1階の部屋から、Lineを受信した時の”ピコン”という音がした。俺は怖くなってそのまま外に飛び出した。


 そして、交番まで必死になって走って行った。

「家の中に誰かいるんです。すごくご迷惑なんですけど一緒に見てもらえませんか?」

 警官は別に嫌な顔もせずについて来てくれた。30歳くらいの男だった。気が付いたら俺は随分年を取ったと思う。

「心当たりは?」と、警官が尋ねる。

「ネットで知り合った人から付きまとわれてて・・・男の人なんですけど」

「付きまとわれるような心当たりはあるんですか?」

「友達がいない人で、食事に行ったりはしましたが、僕に執着してて」

「はあ」

「友達と言うほどの関係じゃないんですが」

「そうですか・・・被害がない場合は、口頭で注意くらいしかできませんが」

「でも、不法侵入なんです。勝手に家に入って来て・・・」


 どうやって入ったんだろう。今となっては、もうどうでもいいのだが。


 俺は焦って玄関の鍵を開けっぱなしにして出て来てしまっていた。

 1階の部屋を開けても誰もいなかった。


「すみません。交番に行っている間にいなくなってしまったみたいです」


 俺は警察にとってはとんだ迷惑になってしまった。俺は謝って帰ってもらった。

 それが失敗だった。


 俺はもう一回、AさんにLineを送ってみた。

 すると、風呂場からピコンという音がした。俺はその場から動けなかった。

 もう一回、警察に行こう。そして、Aさんの家を見て来てもらおう。

 彼がまだ生きているのか、死んでいるのかはっきりさせたい。

 

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