第4話 Aさんの家
俺は馬鹿だったと思う。あらかじめAさんの家を見学するということをしていなかった。Aさんの家は芸能人の豪邸みたいに数億円もしそうな家じゃなくて、昔から住んでいて、気が付いたら、地価が上がって高額物件になっていたというタイプの家だった。
昔の家だから、ブロック塀に取り囲まれていて、家と塀の間にはちょっと余裕がった。そのわずかな土地に、手入れされていない木々が生い茂っていて、道路にはみ出していた。虫がいっぱいついていそうだが、薬剤散布なんかやっていないだろう。地面には葉っぱが落ちていて汚いが、掃除もされていない。近所から苦情が来るだろう。しかも、家は古い。築40年くらいだろうか。2階建てで、赤い屋根。”のび太君”の家みたいな感じだった。
きっと家の中は湿気があって、かび臭いんだろうな。俺は憂鬱だった。
古い建物だから、上がり框の段差が高い。左にげた箱が備え付けてある昭和の作りだ。友達の家を思い出した。
「大きな家ですね」
俺は適当に言う。
「まあ、昔は普通の家だったんですけどね。今は小さい家が増えてますから」
段差がない家にリフォームしたいなぁ、と勝手に思う。
「都内は戸建てが高いですからね」
「うちにも不動産屋が来ますよ。アパート建てませんかって。こんな狭いところに何部屋できるかって感じですけどね」
資産家はいいなぁと思う。俺だったらアパートを建てて、自分は1階に住むだろう。そして、家賃収入で老後を何とかしのぐ。Aさんの家は奥行きがあって、全部で80平米くらいだろうか。勝手に考えていた。
「キッチンはここです。昔の家なんで、リビングというか、居間は和室なんですよ」
「いいですね。昭和な感じで。うちの実家もそうでしたから」
「昔はフローリングなんてなかったですよね。板の間って呼んでましたからね」
そういえば、そうだなぁと俺も思っていた。Aさんとは話していて、同世代だなと感じる。
「キッチンは自由に使ってください。あと、冷蔵庫の物も食べていいですから」
「ありがとうございます。ヘルパーさんは毎日来るんですか?」
「いいえ、週三回です。1時間だけ来て、料理や掃除をやってくれます」
「え、もしかして、行政がやってるヘルパーさんですか?」
俺は気が付いた。彼は富裕層じゃない。
「いえ、民間ですけど、僕は精神障害者保健福祉手帳を持ってるんで」
「あ、じゃあ・・・安く来てもらえるんですね」
俺はてっきり、ダスキンとかに来てもらっているんだと思っていた。ダスキンとかだと、1時間2000円くらいだと思う。
「はい。1割負担です」
「ああ・・・もしかして・・・勤務先って、障がい者雇用ですか?」
「そうです」
「ああ・・・」
俺は大企業に勤めている人だと思って信用してしまったが、想像とはちょっと違っていた。収入は大したことないはずだし、本当に毎日5千円も払えるんだろうか。それに、金を請求するのが申し訳なくなるくらい困窮しているようにも見えた。部屋の雰囲気もお金がある人の設えには見えないし、洋服もかなり着古していた。
その日は、日曜日だった。俺は洋服や身の回りの物を入れたトランクを持って来ていた。その他の荷物は、事前に宅急便で送っていた。あまり家に帰れなくなると思ったからだ。
「部屋は2階なんですけど・・・ちょっと狭くて」
「はあ。僕の部屋はないんですか?」
「基本、一緒に過ごしていただきたいので・・・。荷物は1階に置いてください」
「はぁ・・・」
いつもAさんと一緒か・・・ずいぶん、窮屈な暮らしになりそうだった。
「日曜の今くらいはいつもどんな風にすごされてるんですか?」とAさんは尋ねる。ちょっと面倒臭い。
「掃除したり、ゴロゴロしてますね。本読んだりとか」
「ああ。じゃあ、好きなように過ごしてください」
「ここでですか?」
「はい。私もここでゴロゴロしますから」
うぁ・・・まじかよ。他人と雑魚寝していても落ち着かない。
しかし、疲れたので横になることにした。
座布団を枕にして、俺は本を読んでいたが、すぐに眠くなってしまった。Aさんも俺の真似をして本を読んでいる。まあいいか・・・不用心だがそのまま寝てしまった。
気が付いたらもう夕方だった。台所からカチャカチャいう音が聞こえてきた。Aさんが夕飯の準備をしてくれているようだった。
「手伝いますよ」俺は面倒だが立ち上がった。
「あ、お願いします」
Aさんは言った。
キッチンにはテーブルがあって、その上に、ヘルパーさんが作ったと思われる料理が置いてあったが、2人で食べるほどの量ではない。
「何か作りましょうか・・・目玉焼きとか」
俺は料理が下手でレパートリーが何もない。レシピを覚えられないからだ。
「あ、いいですね」
俺は冷蔵庫から卵を出してフライパンで焼く。家にいる時はこんな風にありあわせの物を食べている。卵かけご飯か納豆ご飯が定番。フライパンを洗うのが面倒だからだ。
「僕は料理が苦手で・・・」
「僕もですよ」Aさんは嬉しそうに言う。
「でも、作れるだけすごいですよ」
俺たちは、料理をお盆に乗せて和室に持って行った。台所に椅子を置いて食べればいいのに、と思うが人の家だから黙っている。
「やっぱりいいですね。人がいると」
Aさんはぽつりと言った。
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