第3話 謎のバイト

 そもそも、なぜ俺はそんな人と夜にスカイプで話さなくてはならないんだろうか。途中であほらしくなって来た。Aさんは話題に乏しく、ユーモアのセンス0で、退屈な人物だった。内容がなくても、ネイティブスピーカーで英語を学べるというならともかく、彼と話しても、何のメリットもないじゃないか。


 まるで、お見合いの失敗例みたいだった。全然話題がないのに、「じゃあ次はいつ会いましょうか」なんて言われるようなものだ。


 彼は俺に何を求めてるんだろうか。ゲイなんだろうか?


「独身ですか?」Aさんは唐突に尋ねた。

「はい。そちらは?」俺は聞き返す。

 すごく嬉しそうだった。俺も結婚してると聞いたら落ち込んだだろう。

「もちろん独身ですよ。僕なんかに奥さんいるわけないですよ」と、Aさん。

「今まで結婚しようと思ったことは?」

 自分も独身のくせに、Aさんは独身ぽいなと思う。会話が噛み合わない。こんな風だとイケメン、ハイスペでも難しいだろう。

「45くらいまでは、結婚しようと思って婚活してたんですけど、毎回振られてしまって」

 大企業勤務なのに結婚できない。俺と同じじゃないか。

「今、彼女はいますか?」と、Aさんが踏み込んでくる。

「いないですよ」正直に俺は答える。

「もし、よかったらなんですけど、僕と一緒に住みませんか?」

「はあ!?」

 俺はびっくりして聞き返した。

「僕はけっこういい所に住んでるんです。自宅は親の残した家でして。部屋が余ってるので、よかったら。家賃はタダで、家事はヘルパーさんがやってくれますから」

「じゃあ、僕は何のためにそこに住むんですか?」

「一緒にいてくれればいいです。うつ病は1人になっちゃいけないっていうので。そういう人がいたら、もっとよくなるかなと思うんです。僕は天涯孤独で、見ててくれる人が誰もいなくて」

 俺は庶民で彼は資産家。なぜうつ病になるまで、無理をしたのか。働かなくても生活できるだろうに。


「お小遣いはあげますから」彼は必死に頼んでいた。

「はぁ。でも、日中は仕事も行っていいんですか?今もほとんど寝に帰るだけなので。帰りも遅いし」

 残業はほとんどないのだが、俺は嘘をつく。

「それでも構いません」

「いくらもらえるんですか?」

「月10万では?」

 微妙な金額だった。深夜のバイトをしてもそれくらいもらえる。


「もうちょっと何とかなりませんか」  

「15万」

「じゃあ、1日5000円現金でもらえるっていうのでどうですか?」

 やっぱり、ちょっと安すぎるなと思う。

「終日で5000円は安いので、土日は1日1万円でもいいですか?」

「わかりました」

 Aさんは口ではそう言いながら、ちょっときつそうだった。無理をしているのがわかる。

「でも、その前に何回か会ってからでないと」

 俺は思い出したように尋ねた。身体介護付きで5000円は無理だ。それなら、ウリ専のほうがましだ。

「それに、いつでもやめられるっていう条件で、いいですか?」

「はい、大丈夫です」


 俺ははっきり言って金がない。分不相応な一戸建てを買ってしまって、あと10年で定年なのにローンがまだかなり残っている。会社は副業禁止だから、まともなバイトはできないから、株やFXをやってみたけど上手くいかなかった。FXで数百万が数万円になってしまったほどだ。どちらも、素人は手を出すべきじゃない。


 月15万の副収入は魅力だった。うつ病の人の話し相手。こういうのは金と割り切らないとダメだ。変に同情したりすると、こちらがやられてしまう。


 俺たちは俺の会社の近くで初めて会った。Aさんの第一印象は感じのいい人。穏やかでよく笑い、アスペルガーの人にありがちな一方的に話すという特徴もない。


「全然、うつ病に見えませんね」

 俺は言った。

「最近使い始めた薬が合ってて」

 あ、そういうことか。俺は服薬してないから、薬の力がどれほどのものかわからない。その後は、Aさんは薬の話をしていた。合わない薬だと終日体調が悪くて、何もできないということだった。俺は基本的に薬が嫌いで、風邪薬さえ飲まないタイプだ。それに、薬の名前を聞いても覚えられないから、ちゃんと聞いていなかった。


 こういう姿勢は大事だ。一生懸命聞こうとしている時より、ただ相槌を打っているだけの方が相手はどんどん話しているものだ。


 俺は最後に、彼がゲイではなく、俺にベッド・パートナーとしての役割を求めていないことを確認して、その仕事を受けることにした。


 いわゆる、Aさんとのお世話係だ。

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