第2話 Aさんという人

 俺は初めてツイートしてみた。

 昨日見たテレビの話題。


『世界の水が足りなくなった原因は、人口爆発。水不足に陥る割合は1995年には世界の 約1/3であったものが、2025年には約2/3になると予測されてる』


 俺は環境問題にも関心がある。今日日、誰だってそうだと思うけど。

 そしたら、彼からReplyがあった。

『日本は大丈夫でしょうか』

『日本も地球温暖化の影響で雨の降らない日数が増えているそうです』

 俺はわざわざネットで調べて答える。俺に聞くなと思いながらも、聞かれたら答えなくてはいけないような気がしてしまう。

『心配ですね。水道水を節約しないといけないですね』

『日本人は世界の2倍も水を使っているそうです。何故でしょうね』


 さすが発達障害同士。

 まるで、仕事で会った人のような会話になる。


 俺のツイッターにコメントをくれたから、俺もA氏のツイートに返信した。

 そうやって、お互い返信したり、いいねを押したりするようになった。俺がツイッターで交流しているのはその人だけだった。


 A氏からDMが届いた。

「もしかして、〇▲◇(俺のTwitterネーム)さんも、発達障害ですか?」

「実はそうなんです」

 何故分かったんだろうか。なんとなく、個人情報がさらされていく脅威を感じていた。

「もしかして、東京の方ですか?」

「そうです」

 俺は嘘がつけないから答える。

「僕もそうなんですよ。もしかして、勤務地はメジャーなオフィス街ですか?仕事関係で〇〇〇〇(チェーン店レストラン)の無料クーポンもらったんで、よかったら使いませんか?」

 俺はラッキーと思ってリンクを押してしまった。確かに無料クーポンの画面が出て来たが、▲〇◇株式会社の社員向け福利厚生と書いてある。大企業だった。

「部外者でも使って大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「ありがとうございます。使わせていただきます」


 俺はその日の昼にその店に食べに行った。タダでランチを食べられてラッキーだったのだが、レジでその紙を出すときに、住所と名前と電話番号を書かされた。俺はもやもやしたが、DMでAさんにお礼を言った。


「今日、昼に行って来ました。ありがとうございました」

「使っていただいてよかったです。私は今休職していて、オフィス街に行く機会がなくなったので」

 そんなに深刻なのかなとびっくりした。

「実はうつ病で今休職してるんです」

「知りませんでした。最近ですか?」

「先週からです。ちょっと朝起きれなくなってしまって。毎日、時間を持て余してます」

「ゆっくり休んでください」

 俺はありきたりなことを書く。頑張れというのは言ってはいけないらしいと聞いたことがあるが、言い方に気を使ってしまう。発達障害とうつ病は全然違う精神疾患なので、地雷を踏まないように慎重になる。正確には、発達障害の二次障害として、うつ病や統合失調症を患うケースもあるのだが。俺は今の所ない。いい加減で、嫌なことからは遠慮せず逃げるタイプだからだ。


「よかったら、今度、スカイプではなしませんか?」Aさんが提案した。俺は特別話したいことはなかったが、俺が断ることによって彼が落ち込んでしまうのが怖くて承諾した。俺は男だし、金もないから、犯罪に巻き込まれることもないだろう。


 俺がスカイプのアカウントを送ったら、Aさんはその日のうちにコンタクトしてきた。俺が独身だから暇だと思っているんだろう。それか、自分が悩んでいる時、相手は話を聞くべきだと思っているかだ。言っては失礼だが、メンタル系の人は自己中であることが多い。こういう気配りができるかは人によるのだが。


「こんばんは。お仕事お疲れ様です」

 まるでゲイバーにでもいるような気分になる。あちらはカメラをつけているが、眼鏡をかけた真面目そうな人だった。

「もし、よかったらカメラオンにしていただけませんか。顔が見えないっていうのもあれなので・・・」

 俺は仕方なくカメラをつける。

「わぁ。すごいイケメンですね」

 Aさんは笑顔になった。正直、顔は関係あるんだろうか。

「いやぁ・・・普通ですよ」

 まるでゲイの出会い系サイトをやってるみたいだ。もしかして、うつ病を理由にしたナンパではないかと思ったりする。


 Aさんと話していると朗らかで、とてもじゃないけどうつ病には見えない。

「意外とお元気そうでよかったです」

「いいえ。仕事以外は平気なんですよ。会社と相性が悪いっていうか・・・」

「そうですか・・・会社っていうのは難しいですよね。どうしようもなく、変な人がいますからね」

「私の場合は、上司のパワハラで」

 俺はパワハラに遭ったことがない。目上の人にはゴマをすり、へいこらしているからだ。俺は話を合わせる。

「直属の上司ですか?」

「いえ。営業の部長がものすごく激しい性格で・・・だから、うちの部署は5年で半分くらいやめました。他にもうつ病になった人がいて。私は事務方なんですけど、書類は滅茶苦茶だし、明日までに残業して仕上げてくださいって言ってくるんで参りました。それなのに、自分は先に帰って行くんですよ」


 この人は「できません」と言わないんだろうか・・・。俺は不思議だった。働き方改革で残業が減っているはずだ。勤務先は大企業なのに、いまだにそんなことがまかり通っているんだろうか。嘘なんじゃないか・・・。俺は疑問だった。



 


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