2.ルール説明

 “モンスター”は、これまでの研究によれば、人の恐怖を媒介にして生まれる。

 その唯一の天敵である“勇者”は、人間の勇気によって生まれるのだという。


 “モンスター”と同じく、“勇者”も自然発生する。そして「MOCOA」によればいま、“勇者”が発生したらしい。


 【“勇者”が発生しました。】

 【“勇者”は“スライム”と戦ってください】

 【一般モブの方は逃げてください。繰り返します。“勇者”は戦ってください。一般人モブは、逃げてください】


 「……助かるかもしれない」


 俊が言った。俺はうなずいた。“勇者”ならば“スライム”を倒せるだろう。

 だけどまだ、助かるかも「しれない」だ。


「MOCOA」が“勇者”が発生した範囲を表示する。ハンバーガー屋の店内。対象者は俺と俊を含めて、4名。

 

 「絶妙に役に立たないね、このアプリ……」


 “勇者”が発生した時、わずかにその場の質量が変化し、日本中に取り付けられたセンサーを通して「MOCOA」はそれを検知する。

 しかしその精度はあらく、“勇者”が発生した周囲数十メートルまでしか、絞り込むことができない。

 つまり、示された範囲内にいる、生きた人間4名のうち、一人が“勇者”、3人が“一般人モブ”。わかるのはそこまでで、それが誰かはわからない。

 そして厄介なことに、“勇者”は“モンスター”から逃げることは許されない。

 

 【“勇者”は戦ってください。】

 【“勇者”が逃げると、資格が失われ、“勇者”ではなくなります。逃げてはいけません。】

 【一般人の方は、お逃げください。】


 「そう言うなら、見分け方を教えてくれよ」

 

 俺はつぶやいた。“勇者”は“モンスター”から逃げた瞬間、その力を失う。だから、自分が“勇者”の可能性があるならば、逃げてはいけない。

 しかし当然、自分が“勇者”でない、ただの一般人であったならば、“モンスター”に立ち向かうことは死を意味する。

 そして自分が“勇者”かどうかは、“モンスター”に立ち向かってみるまで分からない。それが、この世界のルールだった。


「見分け方は、あるみたいだけれど」

「『勇気からの行動』ってやつか」


 研究によれば、“勇者”の行動は、例外なく勇気を動機にしている。

 俺は、そんな仮説はあてにならないと思った。だが。


「僕たちに渡されたヒントはそれしかない」


 俺はうなずいた。好もうと、好まざれど。

 この場に居る人間に、『勇気があるか』という、曖昧な動機探し。俺たちが直面している命がけのゲームは、要するにそういうたぐいのものだ。



 「一斉に“スライム”に飛び掛かったら、どうなるんだろうな」

 「僕、前にそれに近いことをやった人たちの新聞記事を読んだことがあるよ。“モンスター”は“勇者”以外の全員を瞬殺して、一気にレベルが上がって、その場で発生した“勇者”も喰われちゃったんだって」

 「ああ、そう」


 俺はハンバーガー屋の店内に目を走らせて、俺と俊以外の“勇者”候補の様子を探る。

 候補は二人。その二人をじっと観察して、俺は言った。


 「……なんか、二人とも、それっぽいな」


 候補その一。カウンターそばの柱に隠れている、中年の男。

 なんというかその男は、様になっていた。俺や俊のように、無様に物陰に身を押し込んでいるのではなく、柱に体重をあずけ、映画の主人公のように隠れている。

 男は武器を持っていた。小さなアーミーナイフ。それを握りしめ、男は“スライム”のスキを探している。


 「ただ、すっごいデブだな」

 「わからないよ。動ける太った方かも」


 候補その二。俺たちより後方の倒れたテーブルに隠れている、若い、警備員の男。

 この男はすでに一度、勇気を示していた。“スライム”の発生に驚いてテーブルごと倒れた老婆のもとに、食事中の“モンスター”が目の前にいるにもかかわらず、走り寄った。

 その老婆は、思ったよりも健康体で、警備員が到着する前に起き上がると、快足を飛ばして逃げていった。

 取り残される形になった男はやむを得ず老婆が倒していったテーブルに隠れ、その直後、“モンスター”は食事を終え、そのまま隠れている。

 彼は身を隠しながら、しきりに周囲をうかがっている。もしかしたら、“スライム”と戦うつもりなのかもしれない。


 「痩せてて、目つきが鋭いな」

 「機敏そうだよね……あのおばあちゃんはもっと、機敏だったけれど」

 

 そして残るは、俺と、小堺俊。ゴミ箱の陰に無様に隠れる、何のとりえもない学生二人。


 「……さっさと逃げよう。あの二人のどっちかだよ、“勇者”は」

 

 俺はもう一度柱に隠れている男のほうを見る。男は俺と目が合うと片目をつぶった。任せておけ。子供が出る幕じゃない。


 「あのおっさんが行ったら、逃げよう、俊」

 

 俺の言葉に、俊は少し考えこみ――そして首を振った。

 

 「だめだよ、山上君。きっと勇者は、あの二人じゃ、ない」

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