3-2 それはもうボケじゃねえ。ただの嘘だ
つうわけで放課後、俺が少し遅れて待ち合わせ場所の校門前へ行くと、すでに藍堂は俺を待っていた。腕を組み、長い脚を地面に突き刺すがごとく、仁王立ちをして。
「待ったぞ、佐倉」
「あーごめんごめん、ちょっと授業が長引いて」
「もう来ないのではないかと思って、乳飲み子のごとく大泣きしていたところだ」
「平気で嘘をつくなよ」
もうそれはボケじゃねえ。ただの嘘だ。
「さて、どこへ行こう。せっかくだし、私の家に遊びにくるか?」
「え、いや、さすがに女の子の家に遊びに行くのは……」
「私のことは男だと思ってもらって構わない。男友だちの家に遊びにいくと考えたら、気兼ねなんてないだろ?」
藍堂はいいかもしれないけど、俺はムリよ。藍堂って変なヤツだけど、めちゃくちゃスタイルいいし、誰が見たって美人だからな。イヤでも異性として意識しちゃうって。
「私の実家は道場で、男性の出入りは普段から頻繁にある。だから何も気にせずに遊びに来てほしい」
「いや、そうは言ってもなぁ」
「……佐倉は私のことを、女として見てるのか?」
なんで悲しそうなんだ。逆だろ普通。ラブコメとして破綻するわ。
「そりゃそうだよ。とりあえずさ、駅前のマスバーガーに行かないか?」
「ああ、わかった」
藍堂は気を取り直したように、笑みを浮かべて頷いた。
「私は佐倉と一緒ならどこでもいいよ」
◇ ◇ ◇
というわけで俺たちは駅前のマスバーガー、通称マスバに入った。
「このお店はスポロンとマミーがないのか」
「だいたいの店が置いてねえよ」
それぞれハンバーガーセットを注文し、適当に席に座る。
「さて、何のボケを試してみようか……」
藍堂はハンバーガーには目もくれず、すぐにネタ帳を開いた。
「あ、その前に、ちょっと訊いていいか?」
「うん? なんだ?」
「さっきの話の続きなんだけどさ、藍堂の家って道場なのか?」
なんとなく、気になってしまった。
「ああ、そうだよ。私の父が完全自己流で編み出した武術――藍堂式心身武術を教える道場だよ。現在進行形で、三十人ほど生徒がいる」
「へぇ。そんなにいるのか。すごいんだな」
俺はそう褒めるが、藍堂は顔を歯噛みするように顔を歪めた。
「……幼い頃からその武術を厳しい修行とともに叩き込まれた身としては、少々うんざりする部分もある。藍堂式心身武術は、過酷な修行を積むことで、己の精神力を鍛えるものだ。肉体を強くするために肉体を鍛えるのではなく、精神を鍛えるために、肉体を鍛えるのだ」
何言ってるのかさっぱりわからん。
「師範である私の父は、十八の頃までは至って普通の人間だった。いや、普通ではないかな。いわゆる『ウドの大木』みたいな人で、図体だけでかくて何の取り柄もない人だった。運動も勉強もまるでダメで、おまけに内向的な性格で、友人もいなかった。そんな父は高校卒業後、地元のスーパーに就職したのだが、職場イジメに遭ってしまってね。精神を壊して仕事をやめたそうだ」
「……結構重い話だな」
「父は己の無力さ、非力さ、弱さを心底から呪った。そこで父は――アマゾンの奥地へと向かったのだ」
「なぜ!?」
「厳しい環境に身を置き、己の心身を鍛えるためだ。人工物が一切存在しないジャングルの中で、父は風土病に苦しみ、ジャガーなどの肉食獣と戦いながらも、十年そこで生活を続けた」
「ターザンよりターザンじゃん」
「十年後、父は日本へ帰った。そのときには、体つきや顔つきがすっかり変わっていたそうだ。なにより、以前までは人の目を気にして生きていたが、何事にも動じない精神力を手に入れた」
「そりゃジャングルで十年も一人で生活してたら、そうなるわ」
「父に教えを乞う者たちは、みな社会で不遇の扱いを受けている者ばかりだ。体を鍛えることで、何事にも動じない精神力を獲得する。それが藍堂式心身武術の神髄だ」
「なんとなくだけど理解できた」
「父は、精神力こそが人生でもっとも必要なものだという信条を持っている。私の精神力を鍛えるため、父は私が小学校一年生の頃、樹海に放牧したことがある」
「放牧って言わないぞ!?」
虐待だぞそれ。
「沢の水を飲み、野生動物を捕食し、一ヶ月後になんとか帰還したよ、はは」
藍堂は恥じるように笑った。
「子供の頃から、父には酷いことばかりさせられた。重石をつけられて、川に落とされたこともある」
藍堂の異常なメンタルの強さは、ちゃんと理由があったのか。
「藍堂は、お父さんのことどう思ってるんだ?」
「そりゃあ、大嫌いだよ」
藍堂は淀みなく答えた。
「父が職場イジメに遭い、辛い経験をもとに己を鍛えたことは理解できる。だが、そのやり方を、他人に強要するのは違うと思うんだ。父は精神さえ鍛えれば、この世の悲しみや苦しみから解放されるという思想を抱いている。だが私はそれに共感できない。悲しみや苦しみがあっても、それを乗り越える術はたくさんあるから」
藍堂にとって、悲しみや苦しみを乗り越える術の一つとして、お笑いがあるのだろう。そんな気がした。
「さあ、こんな面白くない話なんて、もういいだろう?」
藍堂は再びネタ帳に視線を戻した。
「私にたくさんツッコんでくれ」
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