三章 スベり知らずの藍堂虎亜
3-1 どこにフォーカス当ててんだよ
1
商店街のまつりでのコント、演劇部との激闘と、立て続けにヘビーなイベントを消化した俺たちお笑い研究部は、さすがに疲れも溜まっているということで、本日月曜日はオフとなった。
ここ三週間、放課後も休日もお笑い研究部のメンバーと一緒にいたもんだから、オフと言われても何をしていいかわからないな。ま、久しぶりに家でゴロゴロするか。
……と、そんなことを考えつつ、コンビニで買ってきたパンを食べていた昼休み。
「おい、佐倉」
教室の外から、聞き覚えのある声がした。見ると、廊下から教室を覗く藍堂の姿があったのだが、どういうわけかすげえ恐い顔をしていた。
「ちょっと、ツラ貸してもらっていいか」
「お、おん」
なんだろう。
殺されるのかな俺。
藍堂は腕を組み、仁王立ちで俺を待ち構えている。とりあえず俺は廊下に出て、「よ、よう」と恐る恐る声をかけた。
「探したぞ、佐倉」
どういうルートで俺を探したかは知らないが、最初に来るべきはここだろ。
「実はちょっと相談があってな。一緒にメシ、食わないか」
藍堂は、別に怒っているわけではないらしい。
「ああ、うん、いいよ」
「ありがたい」
俺が答えるなり、藍堂はその場に腰を下ろし、地べたにあぐらをかいた。
いや何してんだよ。
「ここで食うって意味じゃねえよ」
「今のはボケだ」
すっと藍堂は立ちあがる。
「中庭にでも場所を移そう。ついてきてくれ。案内する」
「中庭の場所くらい知ってるわ」
叶川高校の中庭は、生徒たちがコミュニケーションを取りやすいよう屋根付きの四人がけのテーブルがいくつか置いてある。だいたい半分くらいしか埋まってなかったから、その一つを陣取るつもりだったが、
「佐倉、こっちだ」
藍堂は桜の木の下へと俺を誘導した。
すでに桜は散っている。日陰としてはそこそこ優秀そうだが、毛虫が落ちてきそうで若干怖いな。
「ところで藍堂、そのリュック、いったい何が入ってるんだ?」
藍堂は、なぜかクソでかいリュックを背負っていた。これから山登りでもすんのかってくらいのサイズだ。
「別に大したものは入ってないよ。弁当とレジャーシートだ」
レジャーシート?
「へぇ。意外とマメな部分があるんだな。てっきり地べたに座るもんだと思ってた」
「まさか、佐倉にそんなことはさせないよ。今広げるから、ちょっと待っててくれ」
そう言って藍堂がリュックから取り出したのは、ブルーシートだった。
「それはレジャーシートじゃない」
現場仕事の昼休みか。
「ツッコんでくれて、どうもありがとう。だが、欲を言えば、もう少し強めのツッコミが好みだったりする」
「強めって、具体的に言うとどんな感じだ?」
「私の腹を、本気で殴りながらツッコんで欲しい」
「頭イカれてんのか? 誰を対象にしたお笑いなんだよ」
こう見えてドMなのか?
俺は藍堂が広げたクソデカブルーシートに、藍堂と向かい合って座った。周囲の生徒たちは、『何やってんだ?』と言いたげに眉を顰めていたが、俺自身も『何だこの状況』と思っている。
「こう見えても、私は毎日自分でお弁当を作っているのだ」
藍堂はステンレス製の、無機質な弁当箱をリュックから取り出した。蓋を外すと、恵方巻きかってくらい太い海苔巻きが、みっちりと詰まっていた。
「いただきます」
藍堂は手を合わせてから海苔巻きを食べ始めた。背筋をすっと伸ばし、大口を開けることなく、意外にも行儀が良い。
そんな姿だけを見ていると、めちゃくちゃ品の良いお嬢様に見えてくる。
「ところで佐倉は」
藍堂は俺のコンビニ袋を見やった。
「いつもコンビニのものを食べているのか?」
「ああ、そうだよ」
「それはよくないな。栄養が偏ってしまうし、何よりコンビニにはスポロンとマミーが売ってない」
「売ってても買わねえよ。っていうか、高校生にもなってそんなの飲むなよ。幼児が飲むやつだろ」
「私は幼少期から父親に厳しく育てられたから、充分に幼女としての時間を過ごしていない。だから私は未だにスポロンが好きだし、親指をしゃぶりながら寝ることがある。ようするに、私は赤ちゃんなのだ」
「最終的にその結論に落ち着いちゃうのが最高にバカだわ」
「それと、ヤクルトの蓋に小さい穴を空けて、寝ながらちゅーちゅー吸うのが好きだ」
「やめろそんなこと」
「なあ佐倉、そんな話はどうでもいいんだ」
「藍堂が勝手に喋ってるだけだぞ?」
「先ほども言ったが、私は佐倉に相談があるのだ」
ああ、そういえばそうだったな。
「で、相談っていうのは?」
「私のネタについて、佐倉からアドバイスがほしいのだ」
「なんだ、そんなことかよ」
相談っていうか、結構重い内容かと思ったじゃないか。
「もちろんいいよ」
「それは良かった!」
藍堂は制服の胸ポケットから小さなノートを取り出した。きっとネタ帳だろう。
「私が見せたいネタはこれだ。私なりに桃太郎をアレンジして、大爆笑の物語に作り替えたものだ」
自分からハードル上げるの、マジでやめたほうがいいぞ。
「では、読ませていただく。むかーしむかしあるところに、キジがいました」
「どこにフォーカス当ててんだよ」
結構最後のほうだぞ、キジ出てくんの。
「一方その頃、おじいさんは山へ芝刈りに行き、おばあさんは川で鬼退治をしていると、桃が流れてきました。桃は大きく、どんぶらこ、どんぶらこと流れています。川の流れの激しさを表すように、浮いては沈み、ときには激しく揉まれながら」
「桃はどうでもいい。今は桃じゃねえ。気になるのはおばあさんだよ。鬼と戦ってんじゃねえか」
「おばあさんは川に飛び込み、大きな桃にしがみつきました」
「だから今は桃じゃねえって」
「しかし、よくよく見てみると、それは桃ではなくおじいさんでした」
「山から流れてきたってこと!? 急に怖えよ!」
「おばあさんはおじいさんに、迅速にAEDを実施し、あれやこれやと適切な処置を行いました。おじいさんは無事に息を吹き返しましたとさ。めでたしめでたし」
「キジは!? そんで鬼はどうなったんだよ!」
ヤバい。マジで藍堂が志すお笑いのジャンルがわからない。
「今の私の作品は、どうだった?」
自分のボケのこと作品って呼ぶな。
「ごめん、ちょっとよくわかんないわ」
つまらないわけじゃないんだよな。ジャンルがわからんのよ。ジャンルが。
「別のネタも披露していいか?」
「もちろん、いいよ」
「ありがとう」
再び藍堂はネタ帳に視線を戻す。
「佐倉と一緒にいると、私はとても楽しいよ」
藍堂が俺を見て、はにかむように笑った。
おい、そういうのやめろよ。なんか、ギャップ萌えみたいなの感じちゃうだろ。
「よし、次はこのネタにしよう」
と藍堂が言うなり、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「も、もう終わりなのか……!? クソっ……!」
藍堂は己の膝を、拳で叩いた。
「私がグズグズしてるから、楽しい時間があっという間に終わってしまった……! クソぉおおおおおおお!」
「落ち着けって。ブロリーかよ」
「……すまない。取り乱してしまった」
藍堂は溜息をついた。
「実を言えば、私はブロリーではない」
「知ってるよ」
「また別の機会に、私にツッコんでもらえるか? ほんの少しの時間だったが、すごく楽しかったんだ」
「んな大げさな。いつでもツッコむよ」
なんなら、俺だって昼休みが終わったことを惜しんでいるくらいだ。藍堂のボケはよくわからないが、俺だって藍堂と一緒にいるのは楽しいからな。
「あ、そういえば、今日ってオフだよな? なんなら、放課後一緒に遊びにいく? 気が済むまでツッコむけど」
「いいのか!?」
藍堂は目を見開き、立ちあがった。
「それはまさに無上の喜び……! いやしかし、私みたいなゴミクズに、佐倉の貴重な時間を割いてもらうのはあまりにも申し訳が立たない」
「俺なんかに気を使うなって。俺が藍堂と遊びたいから、遊びに誘ってるだけだよ」
俺が返すと、藍堂は照れたように、下唇を噛んで頷いた。
「それなら……うん、お願いしたい」
「じゃ、放課後、校門前で待ち合わせしようか」
「ああ。よろしく頼むよ、佐倉」
と言って、藍堂は嬉しそうに笑った。
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