2-9 ワインかよ

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 俺たちは翌日の日曜日も集合し、朝から晩までネタ作りに没頭した。ネタ作りと言っても、これまで散々遊んできたゲームがもとになっているから、別に難しいことない。いつも通り、わちゃわちゃと遊んでいたようなものだ。


 で、翌日の月曜日。俺たちが作ってきた台本を読んだ夏姫先輩は、吼えた。


「すっごくいい!! 正直これは期待以上だよ! 構成も見事だし、逸花ちゃんらしさがあるね!」


 と夏姫先輩は俺の肩を叩いた。喜んでもらえたみたいで何よりだが、俺はおやすみのチュウ事件、まだ根に持ってますからね? いつか何かで復讐しますから。


「逸っちゃんやるじゃん!」


 桃っちは逸花を、肘でつついた。


「これみんなでやったら、すんげえ楽しそうじゃん!」


「感服だ」


 藍堂は大げさに首を振った。


「あのめんどくさがり屋の逸花が、ここまでの台本を書くとは……」


「この台本、面白すぎませんか?」


 狐咲も賞賛してくれる。


「逸花さんの類い希なるお笑いセンスが光ってますねぇ」


「みんな褒めすぎだよー。もうやめてよー」


 普段、怒られることはあっても褒められることが少ない逸花は、机に突っ伏していた。結局そこが定位置なんかい。


「ふひ。珍しく逸っちゃん、照れてんやんの。や~い」


 と桃っちはからかい、逸花の背後から抱きしめるように被さった。


 なんだろう。


 百合百合するのやめてもらっていいですか?


「それじゃあ早速!」


 夏姫先輩は台本を広げて、ペンを手に取った。


「配役を決め――――ます!」


 その無意味な溜めはなんなんですかね。


「あー、俺と逸花が用意した配役は全部で五つです。ようするに、俺たちは六人なんで、一人余るんですよ。なんで、一人は裏方をやってもらいます」


 登場するキャラクターは、まずは勇者(ポンコツ)だ。二人目は、勇者を小さい頃からお世話してきたメイド(実はめちゃくちゃ強い)。三人目は、勇者に恋するお姫様(とんでもなく強い)。四人目に、執事(魔王城でキルムーブできるくらい強い)だ。その他には村人などのモブキャラやモンスター、魔王が登場するが、これはすべて一人が担当する。


 ストーリーをざっくりと説明すると、伝説の勇者の息子が魔王を一人で討伐しに行く話だ。しかしこの勇者がポンコツだから、メイドやお姫様や執事が黒子となって、勇者の旅路を助けるって話だ。


「モンスター及び魔王はツッコミ役なんで、これは俺がやります」


「じゃあ、私は裏方でもいいですか?」


 と狐咲が手を上げた。


「私はまだ見習いなので、勉強させてください」


 狐咲は遠慮しているわけではなく、今回は本当に裏方を経験してみたいようだった。


「それじゃあ、真白くんと律月ちゃんは決定ね」


 夏姫先輩は台本に配役を書き込んだ。


「私はメイドがいいっすわ!」と桃っち。「メイド服、一回着てみたかったんすよ!」


「私は執事役をやらせて頂きたい。魔王城でキルムーブできるくらい強いという、ぶっ壊れた設定が私の好みだ」


「じゃあ、メイドは桃ちゃん。執事は虎ちゃんで決定ね。残すは勇者とお姫様だけど、私が姫役で、逸花ちゃんが勇者役にしよっか」


「……え! 私が主役ですか!?」


「そりゃそうだよ。逸花ちゃんが作った台本だもの」


 先輩は台本を眺め、吹き出すように笑う。


「ラストのほうのシーンで、勇者の手と足をみんなで持って、操り人形みたいにして魔王と戦うシーンなんて、普通思いつかないよ」


 どうしても勇者に勝って欲しい仲間たちが、操り人形作戦を実行するシーンか。俺も逸花からアイデアを聞かされたときはめちゃくちゃ笑ったな。


 このとき勇者気絶してるから、普通に倒したほう早いんだよな。


 でもなんかこのシーン、謎の感動があるんだ。


「この勇者ってこんなにヤル気なくて適当なのに、色んな人が心配して、助けようとしてる。臆病だし、だらしがないかもしれないけど、きっと仲間思いの優しい子なんだろうね。だから色んな人に助けてもらえるんだと思う。逸花ちゃんに、ほんとにピッタリな役だね」


「そう……ですか?」


 逸花は恥ずかしそうに唇をすぼめた。


「気楽に、気負わずに、楽しんでやってみよ!」


 と夏姫先輩に言われた逸花は、


「ふえーい。わかりましたー」


 といつものように間の抜けた声で、でも嬉しそうに答えた。


 ◇ ◇ ◇


 初夏は日曜日の昼過ぎ。俺たちお笑い研究部と、演劇部の合同イベントが開催された。


 たっぷり広報活動をしていたからか、一〇〇人以上の生徒が体育館に押し寄せた。いちいち投票してもらうのも面倒なので、最後に拍手という形で雌雄を決する。


「よく逃げなかったわね」


 体育館の袖は、西側が俺たちお笑い研究部、東側が演劇部の控え室として使っていたのだが、わざわざ白鳥さんは俺たちの控え室にやってきた。


「その蛮勇だけは褒めて差し上げますわ。おっほほほほ!」


 すごい自信だ。


 それだけ白鳥さんだって、練習してきたのだろう。演劇に対する理想や情熱もある。


 でも、それは俺たちも一緒なんだ。


「白鳥さん」


「なにかしら」


「俺たちは負けたら、文化祭には出ません。でも俺たちが勝ったときの場合については、何も言ってませんでしたよね」


「あら、そういえばそうだったわね。何を要求するのかしら」


「俺たちが勝ったら、また一緒にイベントをやってくださいよ」


 俺が言うと、白鳥さんは若干混乱したように首をかしげた。


「……そんなことでよろしいの?」


「ええ。俺たちは、切磋琢磨する関係にあるべきだと思うんです。憎み合うんじゃなくて、認め合う関係でいたいです」


「綺麗事を言っても無駄よ」


 白鳥さんはツンと顔を背けた。


「そんな同情作戦では心は動きません。わたくしたちは、決して手を抜きませんわ」


 ◇ ◇ ◇


 それにしても――ウケた。マジでウケた。一つのボケが起きるたびに、爆発じみた笑いが巻き起こった。俺たち自身も心から楽しみ、何度かこらえきれなくなて笑ってしまったくらいだ。


 勝負の行方は推して知るべし。結構なオーバーキルになってしまったが、演劇部も決して悪くはなかった。県大会レベルなら、充分に入賞できる力があると思う。


「これで勝ったとでも思っているのかしら」


 すべてが終わったあとで、白鳥さんはそんなことを俺たちに言ってきた。圧倒的な大差で負け、しかも元演劇部の逸花が大活躍したというのに、白鳥さんはまったく心が折れていなかった。


 一周回って、俺この人のこと好きかもしれない。


「また勝負してあげてもいいわよ」


「それ勝ったほうが言うセリフなんですけど」


「あなた、うるさいわね」


 俺のツッコミをうるせえ呼ばわりして、白鳥さんは撤収していった。後片付けもせずに。メンタルどうなってんだよ。あんたら負けたんだぞ。片付けくらいしろよ。


 と心の内で悪態をついたが、白鳥さんが体育館を出て行った直後、白鳥さんと思われる泣き声が響き渡った。


『わぁあああ~ん……!!』


 やっぱり、負けたのは相当悔しかったらしい。


『みなさん、ごめんなさい……! わたくしの力不足で……! 負けてしまいましたわ~……!』


 部員に謝る白鳥さんの声を聞いていると、彼女たちも彼女たちで、青春しているんだなと思う。やっぱ白鳥さんのこと、俺は嫌いになれないな。


 まあ、そんなわけで俺たちは衣装からジャージに着替え、後片付けをすることになった。延々と並べられたパイプ椅子を、何往復もして倉庫にしまい、体育館の端から端を、何往復もしてモップがけをした。黙々とやれば一時間程度で終わる作業だが、ふざけることに特化した精鋭の集まりだから、遊んでばかりで三時間もかかってしまった。


「ふう。やっと終わったね。みんなお疲れ!」


 夏姫さんが、額の汗を拭いながら俺たちを労う。


「準備も含めて、最高に楽しいイベントになったのはみんなのおかげだよ。改めて、みんなありがとう。お礼に、今日は私がみんなにアイス奢ってあげる! とりあえず、部室に戻ろっか!」


『はーい!』


 夏姫先輩が最初に体育館を出ていき、他のメンバーがそれに続く。


 体育館には、俺と逸花だけが残った。


 逸花はステージの上で、仰向けになって寝そべっていた。ちなみにコイツは、なんやかんやと言い訳をして後片付けを堂々とサボった。ふざけんなよ。やれよ。三時間もかかったんだぞ。


 でもまあ、今日だけは許そう。


「逸花、おつかれ」


 俺は逸花の顔を覗き込んだ。


「ふふ、真白もー」


 穏やかに微笑みながら逸花は答える。


 俺は逸花のすぐ横に腰を下ろした。


「私、もう少しここで寝てたい。あと五年くらい寝かせておいて」


「ワインかよ」


「今私、人生で一番幸せだよ」


「そりゃ、あんだけウケればなぁ」


「終わったあと、たくさん拍手もらったよ。しかも私が、ステージの真ん中に立ってたよ。私たちに拍手を送ってくれた人たち……みんな笑顔だった」


「長い長いリベンジマッチだったな」


「うん。なんか、呪いから解放されたような感じだよ」


 逸花は小学生の頃、ピアノの発表会で何もできずに動けなくなった。そのときの強烈なトラウマのせいで、逸花は頑張ることを辞めてしまっていた。


「お笑い研究部に入る前はさ、ただただぐーたらな生活してたよ。友達もいないから、ずーっとゲームするだけ」


 俺も同じようなもんだった。家に帰れば、寝っ転がってスマホを眺めるだけ。


「まさか高校生活が、こんなに楽しいものになるとは思わなかった。小学生のときのトラウマを、克服できるなんて思わなかった」


 まだ、ほんのりと熱気を残す体育館に、一瞬、涼しい風が吹き抜けた。逸花の長めの前髪が、さらりと流れた。


「自分のこと、ちょっとだけ好きになれた」


 逸花は起き上がり、数時間前の熱狂を思い出すように目をつむり、胸に手を当てた。


「私はお笑いも、みんなことも大好き。でも……」


 頬を赤らめた逸花が俺を見る。まっすぐで、純粋な瞳が俺を見つめていた。



「私、真白のことだけは、みんなのことよりも、ほんのちょっとだけ好き」



 そうして逸花は、俺の手を取った。


「みんな待ってるから、部室にいこ?」


「お、おう」


 逸花が俺の手を引きながら走り出す。思いの外強い力で、俺をぐんぐん引っ張ってゆく。


 だらしなくて、ヤル気がなくて、怠惰の塊で、自分に強い劣等感を抱いてはいるけど、逸花は決して恥ずかしがり屋ではない。自分が楽しいときは、ある種ゾーンに入り、羞恥心がなくなる。それを俺はファミレスの一件で知っていた。


 きっと逸花は大化けする。


 センターマイクの前で誰よりも輝ける逸材。


 そんな気がした。


(二章 めんどくさがり屋の休波逸花 了)

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