2-6 どこの言葉だよ

 6


 月曜日に白鳥さんの襲撃があって、気づけばもう金曜日だ。


 もう一度言う。


 今日は金曜日だ。


 コントの台本の締め切りは月曜日。


 それにもかかわらず、ここまでの進捗率はゼロ。


 もう一度言う。


 ゼロだ。


 ぜろー。


 俺は逸花に、ネタを一緒に考えようと一億回くらい言った。それなのに、そのたびに、逸花は大げさに手と膝を地面につき、『世界が急に灰色になった』などという世迷い言を口にして、ボケの一つも考えようとしなかった。


 いったいどうしたらヤル気をだしてくれるんだと問う俺に、『一緒に遊んでくれたらヤル気出るかも!』と毎度のように答え、その度に俺は逸花に付き合うが、結局ヤル気を出してくれない。


 夏姫先輩からは、『二人がどんな台本を書き上げてくるか、楽しみで仕方がないよ』と毎日のようにラインが来る。当然、何も進んでないとは口が裂けても言えなかった。ぶっちゃけ、そこは俺のプライドもあったし、何よりも夏姫先輩を悲しませたくなかった。


 この状況に業を煮やした俺は、仕方なく一人でネタを書いた。五つくらい書いた。もちろん本気で。俺すごくね?


 だが問題は、絶望的に面白くないということだ。わかっていたが、俺にネタを書く才能は本当にない。自分の台本を読んで、あまりのおもんなさに腰を抜かして痙攣したくらいだ。


 そんな絶望的な状況だというのに、お笑い研究部と演劇部の対決の場は、着々と準備が進められている。夏姫先輩を中心にポスターを製作し、そしてそれらを学校中に貼りまくっていた。


 決戦は九日後の日曜日に決定した。わざわざ学校が休みの日に、体育館で行われる。観客は先着一〇〇名で、当日の入場は原則認められておらず、予め用意したチケットをもらう必要がある。チケットは来週から配布するらしいが、今の時点で結構な数の問い合わせがあると、夏姫先輩は嬉しそうに言っていた。


 まさかこんなでかいイベントになるとは思わなかったぞ。


 やるにしても、学校の隅の隅でやるもんだと思ってたが、俺は夏姫先輩をナメていた。あの人はいつだって全力だ。


 実は台本が何も進んでないと知ったら、夏姫先輩、泡吹いて倒れんじゃないか?


 それにしても、こんな状況になっても一向に焦る気配のない逸花の、心情がまったくわからない。この期に及んで『めんどくせー』と言える神経が理解できなかった。


「マジでやべえよ……」


 昼休み。パックジュースを買いに出た俺は、学校中に貼られたポスターを眺めて一人震えた。


『お笑い研究部VS演劇部 仁義なき戦いイベント』


 いったい、どうしたら逸花を本気にさせられるんだろうか。

 

「……うわ」


 ジュースを買い、教室へ戻る途中、廊下の向こうから白鳥さんが歩いてくるのが見えた。思わず俺は緊張した。白鳥さんは昼休みも練習をしていたのか、台本らしきものを手に持っている。


 白鳥さんは俺に気づいていない様子で、真っ直ぐと前だけを見ている。


 これ幸いと俺は気配を消して、廊下の柱の一部になった。


「あら、そこにいるのは、低俗で下品なお笑い研究部の方ではなくて?」


 ――バレていた。


「はぁ、どうも」


 俺が苦笑いしつつ頭を下げると、白鳥さんは鼻で笑った。


「あなた、何をコソコソとしているの?」


「いや別に……特に意味はありませんけど」


「わたくしに、おビビりになられてるのかしら」


 おビビりってなんだよ。どこの言葉だよ。


「あなたたちのおコントとやらは、完成したのかしら?」


「まあ、順調ですよ。今日勝負したって、余裕で勝てますね」


 と俺は嘘をついた。ここで白鳥さん心に、余裕を持たせたくなかった……わけではなく、ただの見栄だった。


「あら、それは楽しみね」


 白鳥さんはよほど自信があるのか、まったく怯まない。


「あのー、一つ訊いてもいいですか?」


「はぁ。なにかしら?」


「ウチの部員の逸花が、演劇部だったって聞いたんですけど、本当なんですか?」


 すっかり忘れていたが、逸花は演劇部だったと夏姫先輩が言っていたのを、俺は思い出した。


「いいえ。あの子は演劇部だったとは言えませんわ。たった二日で辞めたんですもの」


「あー。まあ、そうでしょうね」


 逸花の性格を思えば、白鳥さんがいる真面目な部活に耐えきれるわけがない。


「あの子みたいな足手まといがいて、果たしてわたくしたちに勝てるのかしら?」


「……逸花は足手まといなんかじゃないです」


「あなた、ほんとにそう思ってますの?」


「……思ってますよ。逸花を足手まといだと思うのは、あなたがただ逸花っていう逸材を、扱えなかっただけだと思います」


 それは精一杯の強がりだったが、なぜか俺自身の心に響いた。


 自分で言って、自分で納得した。


 俺はまったく逸花をコントロールできていないし、逸花の良さを引き出すことができていない。


「まあ、三流の集まりらしく、せいぜい頑張りなさい」


 白鳥さんはそう吐き捨て、俺のもとを去って行った。


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