2-5 幼女かよ

 翌日の放課後。


 食堂でネタ作りをしようと思い、放課後は食堂に直接来るように言っておいた。


「……なにをやってるんだ逸花は」


 一向に逸花の姿が見えない。最終コマの授業が終わってから、すでに三十分が経っていた。


 一回、怒ったほうがいいかもしれないぞ……。


 お笑い研究部のことも、そして俺のこともナメすぎてる。というか、森羅万象をナメている。


「おーい真白ー。私が来たよー。やっほー」


 ようやく来たかと思えば、逸花は信じられないほどふざけた態度で来やがった。安穏とした表情で、暢気に俺に手を振っている。


「どうして遅れたんだよ」


「授業中に寝ちゃって、起きたらもう放課後だった。遅れてごめんよー」


 少しも誠意のない謝罪をした逸花は、テーブルにバッグを置いた。


「今日は何して遊ぶの?」


「遊ばない。ネタを作るって約束しただろ」


「えー! ちょっとは遊ぼうよー」


「ダメだ。今日は絶対に遊ばない」


 俺が強い口調で返すと、


「急にやる気なくなった」


 逸花は糸が切れた操り人形のように脱力し、テーブルに突っ伏した。


「……あーあ。少しずつ気力が消えてく。こんなの、気力のリボ払いだよ」


 どういうこと?


「わけわかんねえこと言ってないで、ほら、やろうぜ」


「……そうしたいけど、体が言うことをきかない。めんどくさすぎて、死んじゃうかもしれない」


「そんなことじゃ人は死なないから安心してくれ」


 俺は昨日と同様、ルーズリーフを取り出した。


「あーん! めんどくさいよー!」


 逸花は駄々っ子の首を振る。


 そんな逸花に、俺はあえて明るく接することにした。


「まずはシチュエーションから決めていこう! 逸花が興味あるシチュエーションとかあるかな?」


「……ない」


「おい」


 心が折れかけるが、俺は気を取り直して続けた。


「やりたいシチュエーションが特にないなら、結構ベタなシチュエーションで作ってみる?」


「……なんでもいい」


「コンビニ店員と、お客さんとかどう?」


「……それでいい」


「じゃあ、オーソドックスに、店員さんがボケで、お客さんがツッコミにしようか! な! そうしよう! この店員さんがボケまくって、お客さんがキレたり、呆れたりしながらツッコんでいく感じでどう?」


「……あんま面白くなさそう」


「…………」


 ポキ、と胸の中で何かが折れる音が聞こえた。


「なあ、逸花はお笑いが好きなんだよな?」


「……大好き」


 全然好きそうには見えないし、めちゃくちゃつまんなそうにしてるのはなぜ?


「……私がネタを作ったところで、全っ然面白くないのができるだけだもん。わかりきってるんだもん。見返りの少なさメガンテ級だよ」


「さっきから何わけわかないこと言ってんだよ」


「……やだー」


 テーブルに突っ伏す逸花はうだうだと首を振る。


 いったい、どうしたら逸花をヤル気にさせることができるのだろうか。


 このまま食堂にいても何も生まれなそうだし、思い切って外に出てみるか。


「逸花、気分変えるために、ちょっと外に出よう」


「どこ行くの?」


「ファミレスかどっか」


「……おんぶしてくれたらいく」


「…………」


 もう手段なんて選んでられない。


 俺は逸花に背を向けて、腰を屈めた。


「お~! ほんとにおんぶしてくれるの~? やったやった♪」


 逸花は俺の背中に飛び乗り、足をぶらぶらとさせた。


 ……おい。幼女かよ。何もかも幼すぎるだろ。


「あ、そういえば私、お菓子あったんだ」


 逸花は俺の背中に頬をくっつけたまま、もぐもぐと口を動かし始めた。


 ◇ ◇ ◇


 恥ずかしさなんてもんは、今日この日、この場所に俺は捨てたね。多くの生徒に笑われながら、逸花をおんぶして駐輪場まで行った。そんでその後は逸花を自転車の後ろに乗せて、コントの打ち上げでも行ったファミレスへと向かった。


「あ、私パフェ食べたい!」


「それ食ったら、ネタ作りするな?」


「する~!」


 絶っっ対にコントの台本を進めると約束させた後で、パフェの注文を許可したのだが……。


「お待たせいたしました~」


 店員さんがパフェを運んでくるなり、また心が折れそうになった。


 逸花が頼んだのは、とても二人では食べきれないほどの特大サイズだった。花瓶みたいな器に、溢れるほどアイスやら生クリームが盛り付けられている。


 もちろん、こんなでっけえパフェを頼むことがわかってたら俺は止めていた。だが俺がトイレに行った隙に逸花が注文したせいで、この事故を防げなかったのだ。


「わぁ~……!」


 逸花はパフェを見て、爛々と瞳を輝かせた。幼女かて。


「私、ずっとこれ頼むの夢だったんだ! でも食べきれないから、頼めなかったの!」


「そっかそっか、ってちょっと待てよ。どうして俺が食べられる前提なんだよ?」


「だって男の子だから」


 男が全員大食いファイターだと思ってんのか……?


「さ、一緒に食べよー♪」


 これをすべて食べきったら、逸花が一緒にコントを作ってくれる。


 そう信じて、俺はスプーンを手に取った。


 ◇ ◇ ◇


「……ねえ真白ー。もうムリしなくていいよー」


「……いやまだだ」


 すでに胃は限界を迎えている。だが、俺は諦めたくなかった。もはやただの意地だ。今さら食べきったとしても、コント作りをする時間なんて残されていない。


 層を成すコーンフレークに、チョコソースを絡めて口に運ぶ。ドを越えた強烈な甘さが、何度でも俺の脳を痺れさせる。


「あともう少しだよ! がんばれ、がんばれ!」


 吐き気が込み上げる。このまま時間をかけたら敗北するだろう。俺は器に直接口をつけ、一気にかきこんだ。


「わー! 真白すごい! すごいすごい♪」


 逸花は盛大に拍手して、底抜けに、純粋に喜んでいた。


「へへへ……」


 なんか知らんが、変な笑い声が出た。喋ると吐きそうだったから、俺はピースサインを逸花に返した。


 たぶん、俺は死に物狂いな姿を見せることで、逸花のヤル気を奮い立たせたかったんだろうな。逸花と一緒じゃなかったら、絶対に途中で投げ出してたと思う。


「店員さーん! 見てください! 私の友だちが全部食べたんです!」


 逸花は店員さんに自慢し、どころか店内にいる全員にまで自慢し始めた。


「みなさーん! 私の友だちが、特大ジャンボマックスパフェを食べましたー!」


 メンタル強いのか弱いのか、もはやわからないぞ。


「あとでみんなに自慢しよー!」


「……なあ逸花」


「ん?」


 空になった器をスマホで撮る逸花に、俺は心を込めて言った。


「俺も頑張った。だから逸花も頑張ろうぜ。俺は逸花の本気が見たいんだ」


 少しは心が動いてくれる――そう信じていたのだが、逸花はこれまでとまったく同じように、テーブルに突っ伏してしまった。


「……急にお腹痛くなった」


 ああ神様。


 どうか教えてください。


 俺がパフェを食った意味。恥を忍んでおんぶをした意味を。


 俺もテーブルに突っ伏した。

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