2-4 表現が独特すぎる
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その日の帰宅後、夕食を食べて風呂に入ったあとで、妹から学校の課題を手伝って欲しいと泣きつかれた。普段は舐め腐った態度で、俺のことを根暗眼鏡だのと呼ぶくせに、こういうときだけ『お兄ちゃん』呼びしてきやがる。
そんな妹は絶賛厨二病の最中で、そのあまりの重篤っぷりに何度か家族会議が開かれたが、未だ改善の気配はなく、半ば諦めている。
で、その困った妹の課題を手伝っていると、俺のスマホが鳴った。
「もしもし」
『あ、私だよ。逸花だよ』
「おぉ! 逸花か!」
もしかして、コントのことで相談か? ついにヤル気を出したか。
『今何してるー?』
「妹の服を切り刻んでるよ」
『……もう友達やめるかも』
「待って。ごめん。俺の言い方が悪かった」
妹の家庭科の課題は、古くなった服をリメイクして、枕カバーを作るというものだった。
それを説明したあとで、
「じゃあ、コント作りやるか」
と俺は言うが、『えー、そうじゃなくてさー』と逸花は気の抜けた声で返す。
『暇なら、一緒に遊ぼうと思って電話したんだよ』
「あ、遊ぶ……?」
反射的に俺は時計に目をやる。すでに夜の九時を回っていた。
「……いやいや、何を言ってる?」
『ポンコツ勇者のグダグダ冒険記、一緒にやろーよー!』
「ああ、さっきのゲームか」
オンラインゲームの一種であるそれは、他のユーザーと協力して、ポンコツな勇者の旅を手助けするゲームだった。勇者が来る前にダンジョンに潜って看板立てたり、モンスターを極限まで弱らせておいたりする。ゲーム内には『ぐだぐだポイント』というものが存在し、勇者に目撃されたりすると増え、最終的に百を超えるとゲームオーバーになる仕組みだ。
難易度が上がるとタスクが増え、勇者がいる前で普通にモンスターと戦う羽目になったりし、グダグダになる。川を横断できず困っている勇者のために、遠くから丸太を流してみたりするけど、この勇者が信じられないくらいにアホで、全然気づかない。だから勇者の気を他の何かで釣っている隙に、大胆に丸太を両岸にかけたりして、なんとか勇者を導いてやる。そんなゲームだ。
で、このゲーム、面白いかどうかで言えば、面白い。めちゃくちゃ面白い。実を言うと、俺と逸花は放課後の食堂で、このゲームを下校時刻までやってしまった。
「あれだけやったのに、家でもやるつもりか」
『うんっ。やりたいっ!』
「明日はちゃんとコントのネタ、作るって約束してくれるか?」
『うんっ。する~』
「じゃあ、妹の課題が終わったら連絡するよ」
『わかったー! 待ってるー!』
◇ ◇ ◇
『ああーん、またぐだぐだポイントがマックスになっちゃった~』
「逸花はテキトーすぎるんだって。めんどくさがらずに、もっと慎重にいかないと」
『じゃあもう一回!』
「いや、さすがにそろそろ寝ようぜ」
俺と逸花はボイスチャットを繋ぎながらゲームをし続けていた。時刻はすでに深夜の二時。当然明日も学校だ。
『んー、そうだね。そろそろ寝よっかぁ。あ、ところでさ、真白って妹ちゃんがいたんだね?』
「うん。兄貴もいるよ。年が離れてるけど。逸花は?」
『私はお姉ちゃんが二人いる。どっちもめちゃ頭よくてさ、上のお姉ちゃんはお医者さんで、下のお姉ちゃんは弁護士さんを目指してるんだー』
「すごいな。ウチの兄妹とは大違いだ」
俺の兄ちゃんなんて行方不明で、妹は自分をサキュバスだと思い込んでるヤベぇヤツだぞ。
終わってんなウチの兄妹。
『真白は兄妹と仲が良い?』
「うーん、どうだろうな。特別仲が良いわけじゃないけど、嫌いだと思ったことはないな」
『そっかー。私も二人のことは好きだな。逆に二人は私のこと、あまり好きじゃないだろうけど』
「それは逸花が、勝手にそう思ってるだけじゃないのか?」
『ううん、三姉妹の中で、私だけポンコツだったから、小さい頃から距離があったの。私はお姉ちゃんたちと違って、ピアノも絵画も水泳も、何一つ上手にできなくてさー。「どうしてあなただけ同じことができないの」って、お母さんとかお姉ちゃんに、いっつも怒られてた』
「……そうなのか」
俺はそういう経験、全然なかったな。
「逸花も色々と大変だったんだな」
『でも怒られ慣れちゃったから、全然平気だよ。あ、でもさすがに私でも怒られすぎて泣いたことはあるよ。小学校六年生のときのことなんだけど、先生の説教がほんっとに長くてさ、授業をまるまる二つも潰したんだけど、私はすっかり飽きちゃって、先生の怒ってる顔をコソコソとノートに描いてたんだ。これがもう傑作で、「怒ってる人の似顔絵選手権」みたいなのがあったら、間違いなく優勝するくらいの出来だったの! もうおかしくておかして、でもこんな状況で笑ったらヤバいからずっと我慢してたんだけど、ついに我慢できなくなって一人で大爆笑しちゃった』
「どうなったんだその後……」
『耳が取れるまで怒られた』
「表現が独特すぎる」
『そのときの絵は今も部屋に飾ってる』
「そんなもの過去の栄光にするな」
それにしても、意外と逸花って饒舌だな。一度話し始めると止まらないタイプだ。
この性格をコント作りに生かせないものか……。
『あ、ごめんごめん、変な話に付き合わせちゃって。今日のところは寝よっか。また明日も遊ぼうね』
「明日こそコントの台本!」
『あははー』
と脳天気に逸花は笑う。
「夏姫先輩からLINEがあって、月曜日までに完成させておいてくれだってさ」
『じゃあ、まだ一年もあるってことだね』
「いつの月曜日だと思ってんだよ。来週の月曜日だぞ……」
こんな調子で、俺たちはコントの台本を作り上げることができるのだろうか。
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