2-2 あんたはBPOか
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放課後、俺が部室へ向かうと、俺以外のメンバーはすでに揃っていたが、そのメンバーにくわえて、全然知らない人がいた。
「まったく、品行下劣とは、あなたたちのことを言うのですわね。やれやれ、ですわ」
縦巻きのパーマや、長い睫毛などが、どことなく高貴な印象を抱かせる。『やれやれ系お嬢様』だろうか。
それにしてもこの人、ちょっと髪巻き過ぎじゃないか? 巻きすぎてモーツァルトみたいになってる。それと制服も改造しているのか、異様にウエストがくびれていて――たぶんコルセット的なものを仕込んでいる――スカートが不自然に膨らんでいた。簡単に言うと、中世ヨーロッパの貴族みたいだった。
その高貴なる人は、夏姫先輩に冷たい視線を送っていた。
「あなたたちのような低俗な方々と、同じ文化部に分類されるのは屈辱も屈辱ですわね」
これどういう状況?
「なあ狐咲」
俺はすぐ近くにいた狐咲に耳打ちした。
「何が起こってんの? つうか、あの人は誰?」
「演劇部の部長、白鳥さんです」
演劇部?
「演劇部の部長が、何でキレてんの?」
「いやそれが、逸花先輩と桃世先輩が昼休みに部室でビニールプールで遊んで、下のフロアにある演劇部の部室を浸水したらしんですよ」
――なにやってんだよ逸花。
「それ……俺たちが百パーセント悪くないか?」
「まあ、そうなんですよ。それで夏姫先輩が謝罪してるんですけど、白鳥さんの気は済まないみたいで」
俺は元凶となった逸花と桃っちを見てみた。
部室の隅で、二人は正座をして、小さくなっている。反省しているみたいだが、であるなら最初からバカなことするなよ。
「演劇部とお笑い研究部は、どうも昔から仲が悪いみたいですよ? 文化祭で盛り上がるのは演劇部ではなく、お笑い研究部のコントなので、目の敵にしているみたいですね」
「それはタチ悪いな」
「ここぞとばかりに、私たちの悪口を言いに来たみたいです」
「そこ、聞こえてますわよ?」
ヒソヒソ話をしていた俺と狐咲を、白鳥さんが睨んだ。
「一つ言っておきますけど、わたくしはお笑い研究部を目の敵にしているわけではありませんわ。ただ、お笑いなどという低俗でマイナーな部と、演劇部を同列にしないで頂きたいと思っているのです。ですから、お笑い研究部は文化祭に出場しないでもらませんこと?」
横暴すぎるだろ。
「――先ほどから黙って聞いていれば、なんだ貴様は」
食ってかかったのは藍堂だった。相手はおそらく先輩だというのに、凍てつくような視線を向けている。
「私たちは演劇部を侮辱するつもりはないが、バカにされる言われもない」
と藍堂がめちゃくちゃカッコ良く言い放つなり、俺は『そうだそうだ』と合いの手を――しかも小声で――入れておいた。小物過ぎだろ俺。
そんな藍堂に対して、
「おっほほほ!」
何が面白いの演劇部の部長は高らかに、ちょっと奇妙な笑い声を上げた。
「わたくしは別に、あなた方をバカにしているわけではありませんの。ただ事実を言っているだけに過ぎませんわ」
わかりやすい悪役だなこの人。
「あなた方のくだらなくて低俗なコントを見せられるのは苦痛ですし、一般の生徒たちへの悪影響にしかなりません」
あんたはBPOか。
「あなた方は観客を笑わせているのではなく、笑われているのです。それをお気づきになられて?」
「お笑いを見くびるなよ」
藍堂は、白鳥先輩の目の前に仁王立ちした。
「私が貴様に、お笑いというものが、どれほど凄いのかを見せてやる」
藍堂は自信満々に言うが、これはマズい。ほんとにマズい。
「やめとけ藍堂!」
俺はすかさず止めに入った。
「大ケガする未来しか見えないぞ」
「心配はいらない。私たちの実力を見せるだけだ」
「じゃあ言葉選ばずに言うけどな、絶対にスベるからやめてくれ」
「心配はいらないと言ってるだろ。私が話すのは、定期試験のときの爆笑エピソードだ」
爆笑エピソードとか自分で言うなよ。
「試験前夜、私は一夜漬けで勉強していたのだが、午前二時頃に急激な睡魔に襲われた。たかだか深夜の二時に眠くなってしまった自分に腹が立ち、自らを奮い立たせるために、私は自分の頬を思いきり引っ叩いてやった。するとどうだろう――――。気づけば朝だった」
自分のビンタで気絶したのかよ。
「雀がチュンチュン鳴いていた」
その描写いるか!?
「なせか机には血飛沫が散っていた」
どこが爆笑エピソードだよ。ドン引きエピソードだよ。
「残念ながらテストは赤点だったよ。――血飛沫だけに、な」
お も ん な。
当然、藍堂の狂気じみた小咄では笑いは起きず、白鳥さんはまるで汚物を見るような目で藍堂を見た。
「……低俗ね」
と呟き、嫌味ったらしく鼻で笑う。
「興醒めですわ。これ以上話していても、わたくしの話などあなた方には理解できないでしょうから、そろそろお暇させて頂きますわ。あなた方が今年も文化祭に出て、わたくしたちと同じステージに立つと言うのなら、わたくしは文化祭実行委員に抗議します。ではごきげんよう」
白鳥さんは、優雅な足取りで部室の出口へと向かった。
ま、これで帰ってくれるのならば、大した問題じゃない。白鳥さんが帰ったあとに、白鳥さんのあだ名つけ大会でも開催して盛り上がろう――と、思っていたのだけど。
「ちょっと待ちなさいよ!」
夏姫先輩が、白鳥さんを引き止めた。
「なにかしら?」
「これだけコケにされたら黙っていられない」
「あら? そう? それで?」
「私たちと、正々堂々と勝負しなさい!」
あれー? 話が面倒くさい方向へと進んでいくぞー?
「私たちはコント。あなたたちは演劇。どちらがより生徒たちの支持を集めるかを、投票というはっきりとした形で白黒つけるのはどう?」
「イヤ」
一秒も検討することなく、白鳥さんは断った。
「誰があなたたちなんかと」
白鳥さんはどこからともなく、羽毛がついたフサフサと扇子を取り出した。
見下すように顎を逸らして、偉そうに扇子を仰いでいたが、
「……えっくちゅん」
羽毛に刺激されたのだろう。白鳥さんはくしゃみをした。二歳児みたいなくしゃみだった。
「何度も言うように、あなたたちがやってるコントと、わたくしたちがやっている演劇を、同列にしないでくださる? えっくちゅん」
どうでもいいけど、羽毛アレルギーならその扇子使うなよ。
「コントと演劇を比べるのは、カップラーメンとフランス料理を比べるようなものです」
「そうやって戦いもせずに逃げるんですか?」
と煽ったのは狐咲だった。
「私たちに負けるのが目に見えてるから、勝負したくないんですよね? 情けないですね。言うだけ言って勝負しないなんて。さすが『県内コンクール万年予選落ち』の演劇部さんです」
「……なっ! あなた、今わたくしを侮辱しましたね」
「侮辱なんてしてませんよ。心底からバカにしてるだけです」
「一度ならず二度までも! 許しません!」
「じゃあ、勝負してくれるんですね?」
「ええ。受けてたちますわ」
狐咲に挑発された白鳥さんは、結局は勝負に乗ってきてしまった。
めんどくせえことになった。
「詳しい日時や内容は、こちらから追って連絡します」
白鳥さんは、巻き過ぎてもはやドリル状態の髪を手の甲で払った。
「あなた方が負けたら、今年の文化祭には出ない。それでいいですわね?」
その問いに、なぜか藍堂が答えた。
「当然だ」
なんでスベったお前が偉そうに答えてんだよ。
もうアレだ。ここにいる全員アホだアホ。
ビニールプールで遊んだ逸花と桃っちも、勝負を申し出る夏姫先輩も、白鳥さんを煽った狐咲も、勝手に大スベりしておいて偉そうな藍堂も、言いがかりをつける白鳥さんも、ぜーんいんアホだ。
「わたくしをバカにしたことを、後悔させて差し上げますわ。それではごきげんよう」
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